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第5話

 今日のメニューはあまりにも簡単なものだった。それはただ単に魔力水を作るだけというもので、喜んで引き受けた。


 訓練場所は外で、メンバー全員競技場に集まる。どうやら僕はヒーラー枠での活動らしい。


 対して怜音は梨央たちに、二人ひと組で勝負するように指示を出した。ただそれを眺めるのは、かなり退屈だ。


 こちらは4人分のコップに魔力水を入れて待機するだけ。休憩時間に彼らが飲んで魔力を回復させる。


「優人くんは飲まなくていいの?」


 怜音からの質問。それに僕は首を縦に振る。魔力水を作るくらいなら魔力を消費していないのと一緒だ。


 普通に作るのも完全に慣れてる分、色々調整が効く。今は水と魔力の割合計算。自分は作れればいいと思っていた分、誰かに飲んでもらうことを考えてない。


 だけど怜音から、どんな状況にも対応できるようになった方がいいと言われ、ひたすら調合を繰り返した。


 試作は全部いくつだったか。魔力回復目的でない分計算に入れていない。だけど、梨央たちに飲ませた分は怜音が計算してくれていた。


「これで、君が作る魔力水は4周目……。本当に休み無しだけど……」


「大丈夫です……。ただ今日は乾燥してますね……」


「乾燥?」


「はい。乾燥しすぎると……。本当に魔力のみになってしまうので……」


 それを聞いて、怜音は僕の近くに氷像をいくつか作ってくれた。彼が言うには、この氷は純度が高く普通の水として飲めるらしい。


 つまり、魔法錬成ではやはり怜音の方が上。僕にはいい所がない。氷像はただ立ってるだけ、触れるとものすごく気持ちいい。


 これを使えばもっと良い魔力水が作れる。僕はその氷を使い、水と魔力を調合させた。割合は全体5として水4魔力1。これが一番安全な割合だ。


「みんな一旦休憩」


「「はい!」」


 怜音が梨央たちを呼ぶ。返事はいいが、みんな魔力と体力を消耗したようで、足取りが悪かった。飛鷹も永井も神代まで……。だけど、神代だけが浮かない顔をしていた。


「見世瀬は見てるだけでいいわね……」


「なんかすみません……」


「別に謝る必要はないわ。ただ……。もう少し魔力水を美味しくできないかしら? まるで苦い薬みたいで好きじゃなのよね……」


 神代は味にこだわりたいらしい。たしかに今までは空気中の水分を素に作っていた。きっとそのせいで苦味成分が生まれてしまったのだろう。


「でも今回は大丈夫だと思います。今回は怜音が作った氷を使ってみたので」


「そう」


「それと、魔力中毒防止のため、含ませる魔力量も調整しました。消費量を教えてくれれば変えられます」


 退屈だけど、それなりに楽しい。自分が作った魔力水が役立つ時がくるなんて。こんなに嬉しいことは他にない。


「自信はあるようね。皆さん頂きましょう」


「『はい!』」


 神代の合図で、みんなが一斉に魔力水を飲み始める。一番手に飲んだのは神代で、うんうんと頷いていた。


「たしかに今回のは苦味がないわね……。これなら飲めるわ」


「ありがとうございます」


 すると、神代は僕に同じものをとリクエストをしてくる。魔力のオーバーヒールは危険。だから一度は拒否しようとしたが、怜音が彼女の魔力測定をすると問題ないとのこと。


 すぐに全く同じ割合で作り提供する。


「見世瀬、ありがとう。中谷先生。次はなにをすればいいのかしら?」


「次ね……。えーと、じゃあ――優人くん。彼らの相手お願いできる?」


「え!? 僕がですか!?」


 ついに僕が対戦相手を……。魔力はまだ無限に近くある。なので可能だが、攻撃魔法ではない以上なにもできない。


「ふふ。ちょっと勘違いしてるみたいだね」


「勘違い?」


「うん。君は水の球を作ればいいだけ。彼らにはそれを壊してもらう」


 なるほど、そういうことか。


「わかりました。その前に僕自身の魔力を預けてもいいですか?」


「優人くんの魔力を預ける?」


「はい。今の状態だと無限に作れてしまうので……」


 とは言ったものの。預け方に悩んでいた。思いついたのは巨大な球体を作ること。もうそれでいいやと、駆け足で競技場の中心に移動する。


 自分が持つ魔力をかき集め、空気中の水分を含まない、魔力のみの塊を作り出した。


 それだけで疲労が溜まってしまうのは仕方ないが、これくらいしないと意味がない。


「なんて大きさなの……」


 神代が言った。


「デカすぎるんだけど……。ゆーちゃんどんだけ魔力量多いの……。不思議すぎて草生えるんだけど!」


 永井が大声を出して笑い出す。


「さ、さすがは……ぷろくらす……」


 最後に言ったのは飛鷹で、梨央は呆然と立ち尽くす。僕はその塊を専用の容器に入れた。これは、魔力暴走を防ぐ瓶だ。


「準備できました。その前に怜音。僕の今現在の魔力量測って貰えますか? ひと桁台が理想なんですけど……」


「ひ、ひと桁!?」


 一番驚いたらしい怜音は今にも取り乱しそうな顔をする。魔力量ひと桁で戦う人はそうそういないはず。


 というよりも、僕が使うのは唯一持ってる検査機。魔力を流すだけで数値を割り出してくれる。


「ちょっと待って……。ひと桁じゃ魔法行使が……」


「できますよ。僕、独自の魔力消費節約術を持ってるので」


 これは嘘だ。たしかに最小限の魔力で大型魔法を使う人もいる。もちろん僕もできるが、独自性はない。だけど納得させるにはこの説明が一番だ。


「ちょっと待ってて、測定器持ってくる」


 怜音がいなくなって数分後。ようやく戻ってきた。測定器は僕が発する魔力の波長を元に計測される。測ると0.5と表示された。


「かなり少ないけど大丈夫?」


 怜音が僕に問いかける。こくりと頷き肯定すると、早速訓練が再開された。


 競技場の中心。無詠唱で浮かぶ球体。魔力を預けたのにいくらでも作れてしまう、無限に近い数。


 梨央たちはその的を壊していく。出現させるスピードは変化させることができるが、このクラスのレベルからして2分に100個生みだせばいい。


 これは個人的に出した答えだ。


「何これ終わらないじゃない……!」


「ほんとうに……、魔力……預けた……?」


「飛鷹も気づいたようね……」


 彼女らは一体何に気づいたのだろうか。僕は継続して魔法を使う。だけど疲れという物すら感じられないまま約1時間。怜音が終了の合図をした。


 僕が作った球体は彼の魔法で凍り付き、一瞬で消える。こうしてくれるのはとてもありがたい。


「優人くんほんとすごいね……」


「いえ、それほどでも……。もう一度計測して貰ってもいいですか?」


「いいよー」


 僕は再び測定器に手をかける。残っている魔力を流すと、訓練前と全く同じ数字が出た。


「魔力が消費されてない……」


「ですね。これであれは魔法じゃな――」


「魔法じゃないですって!?」


 神代が大声をあげ、僕に近寄ってくる。胸ぐらを掴まれ、睨みつけてきた。別にこの状態からでも魔法を使えるが、校則違反になってしまう。


 だけど、昨日同様カチリとスイッチが入った。


「見世瀬の目付きが……」


「……」


「な、なによこの化け物。プロクラスとはいえ、異常すぎるわ……。勝てる気が……しない」


 神代の手が解け彼女は失神した。スイッチが元に戻ると、僕は後退る。そんな僕を見て梨央が駆け寄ってきた。


「優人。あれは演技?」


「演技って?」


「神代さんが倒れる前の目付き。ものすごく鋭かったから。もしかしてガチでああなったの?」


 わからない。わからないんだ……。


「自分覚えてない……」


「覚えてない?!」


「うん……」


 その声はお互い震えていた。怜音もノートを取り出し活動報告のようなものを書いている。


「怜音コップいいですか? 瓶に入ってる魔力はもう古いので……」


「氷のコップでもいい?」


「はい。大丈夫です」


 怜音は魔法でコップを作る。僕は魔力増幅魔法を通して、魔力水を作った。


「優人くん。その魔力水……」


「水を含まない魔力水です。僕はいつもこれですね……」


「魔力中毒は?」


「一度もありません」


 僕は魔力水を飲み干す。怜音の氷を使わない魔力水はたしかに苦かった。慣れてしまった僕の価値観は他人とは違うらしい。


 空を見上げると、羊雲。太陽は山頂まで登り終えたような高さ。真上から差し込む光は暖かい。


「じゃ。今日の訓練はここまでって……優人くんそれ何杯目?」


「え? 5杯目ですけど……」


 どうやら無意識に作っていたらしい。


「純度百なんだよね?」


「はい……」


「オーバーヒールは?」


 その質問に僕は首を横に振る。


「中毒症状は?」


「そもそもなったことないので……」


 気がつけば10杯飲み干し、お腹いっぱいになったところで解散。魔力は完全に回復したが、まだ物足りない。


 学校へ向かう帰り道。僕は怜音から別の質問をされた。


「そういえば優人くん。今朝早かったけど朝ごはんは?」


「食べてないです」


「ふむ……。食べてなくてあの実力……ねぇ……」


 彼は一体何を考えているのだろうか? 彼はこめかみを爪で引っ掻く仕草をする。小さく頷くと……。


「じゃあ、午後は斬くんも呼ぼう」


 と言われた。


「な、なんで星咲先輩!?」


「ふふ。君と戦ってもらうためだよ。プロ同士の本気のバトル。してみたくない?」


「いや、僕攻撃魔法は使えないですって……」


 何を勘違いしているのだろうか? 僕はどう受け止めればいいのかわからなくなる。その時背筋に汗が流れた。


「ッ!? ライトニング!」


「ちょっ。優人くん!?」


 ――グギャア……。


「ま、魔物!? 優人くんどうして……」


「あはは、なんとなく気配を感じたので」


「な、なんとなくって……。何故ボクは……」


 怜音は顔を暗くさせた。ちなみにさっきの魔法は覚えてない。むしろ毎回初使用だ。僕たちは学校内に入る。図書室に向かいスマホを回収すると、学食へ向かった。


「優人!」


「梨央。お待たせ……。えーと、今日はとんこつラーメンでも食べようかな?」


「とんこつラーメン?」


 僕は梨央からの問いかけに『うん』と言い続ける。


「怜音からおすすめされて。ここの学食で一番美味しいって」


「だけどあれ、1500円するよ?」


「大丈夫。怜音の通帳使っていいって言ってた……から……」


 その発言に梨央は顔を真っ赤にさせる。ぷっくり膨らんだ頬は可愛いが、それどころじゃないのは明らかだ。


「それ本当に許可取ってるんだよね?」


「う、うん……」


「他人の通帳だよ。自由に使って言いわけじゃないし……」


 そうすると、後方から手を叩く音がした。そうだ、怜音も一緒に来ているんだった。全部聞かれていたようなので、なんだか恥ずかしい。


「春日井さん。ボクのことは気にしないで」


「ですけど……!」


「あと、優人くん。とんこつラーメンに興味持ってくれたみたいだね」


 完全に梨央をスルーした怜音。相手を変えるのが非常に早い。僕は怜音に連れられラーメン屋に移動した。そこで、気になっていたとんこつラーメンを購入する。


「ここのラーメンは麺も手打ちだし、とんこつはスープ継ぎ足し。醤油ラーメンとか塩ラーメンとか、もちろん味噌ラーメンもあるけど……」


「けど……?」


「やっぱりボクのおすすめはとんこつ一択だね」


 本当に好きなんだ。そうしているうちに料理が完成した。なのに僕と怜音では麺の量が違う。どう見ても彼の麺が多かった。


 そして、一番気になったのは麺だけが入った器。同じバイト先で同じ量のまかないを食べているのに、実際にはこんなにも差がある。


「もしかして、優人くんも替え玉したい?」


「替え玉? 替え玉ってなんですか?」


「知らないの? じゃあ、教えてあげるよ」


 怜音は追加で1つ替え玉を購入した。やはり汁らしきものは入っていない。席につくと、彼は勢いよく麺をすすり出す。


 食べ始めて約5分。彼の器の麺は姿を消していた。そこで登場するのは、汁の入ってない麺だけの器。それをスープの中に入れ、ぐじゃぐじゃに絡ませた。


「替え玉って言うのはね。麺を食べ終わったあと足りない時に付け足すものなんだ。ボクはいつもひとつか、ふたつは入れるね」


「怜音ってたくさん食べるんですね。バイト先のまかないとか足りないんじゃないですか?」


「まあ、それはたしかに。ボクには全然足りないね……。だからバイト終わりは、早朝から営業してるステーキ店でステーキ食べてるよ」


 朝からステーキは重すぎるのではと思ったが、あえて突っ込まないことにした。僕もスープを飲んだあと麺をすする。


 スープは少しトロッとしていて、麺に味が乗っている。これは替え玉したくなると思った。ちょうど、怜音が追加で頼んだ替え玉があったので受け取ると、怜音の真似をしてほぐした。


「優人くん。腹八分目。だよ。朝ごはん食べてない分キツイだろうから」


「まあ、そうですね。だけど、こういう時こそやらせてください」


「ふふ。そういうところ好きかも。じゃあボクは午後の授業の準備があるから――」


 午後の授業。ということはまさか。


「星咲先輩を呼ぶんですか?」


「もちろん。火炙り覚悟で誘うつもりだよ」


「き、気をつけてください……」


「ハイハイ。あくまでもボクは斬くんの氷像なのでご心配なく〜」


 そう言って、怜音は食堂をあとにした。

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