お昼を食べ終え食堂を出た僕は、午後の授業に向かう。事前に届いたメールには、競技場で行うと書かれていた。
スマホを眺めながら、機能の使い方を再確認していると政府のニュースが目に入った。
この記事と言われるものは、文字が細かくてチカチカする。なんでスマホは人に優しくないんだ。
それでも興味が勝り目をこらして読み進めると、第二次魔生物暴走事件の懸念に関して書かれていた。
星咲先輩が言っていたことが、近く本格化するのでは……。そんなことを考えていると、競技場に着く。
「見世瀬。また歩きスマホしてましたよね?」
「あ、はい……。ちょっと気になったニュースがあったので」
「歩きスマホに言い訳をつけるなんて、いい度胸ね」
到着して早々、神代に注意され僕はポケットにしまう。競技場には、星咲先輩や怜音。そして、最上位クラスのメンバー全員が揃っていた。
どうやら僕は遅刻してしまったようだ。怜音から怒られると思ったが、そのような事はなかった。
「だけど、なんで星咲先輩?」
「は? お前オレに文句でもあんのか?」
「い、いえ……ないですけど……」
どうやら星咲先輩は機嫌が悪いようだ。学校内最強ランキング1位に加えて、悪評ランキング1位。
この性格があまりいい評価にはなってないと、学校の公式サイトに書かれていた。そんな彼と勝負する。勝てる気がしない……。
「よし。じゃあ優人くん。午前の時にやったように魔力水作って」
「え? 誰が飲むんですか?」
「それはもちろん」
怜音は星咲先輩の左腕を突っつく。どうやら彼が飲むようだ。だけど、それを飲んで何を考えるのかは不明。
いつの間にか氷像が完成していて、僕は言われた通り作る。割合は梨央たちに飲ませたのと一緒だ。
「かなり手際がいいんだな……」
「まあ、慣れてるんで……」
「ふーん……」
数秒で完成させると、星咲先輩に手渡す。それをまじまじと見つめる彼は、品評しているようだ。見た目も考えた方が良かったらしい。
5分ほど眺めたあと、星咲先輩は飲み始めた。一気に飲み干すとコップを返される。なのに彼の表情は変化しない。
「斬くん。どうだった?」
「普通だな……」
「普通ってどーゆー意味?」
また始まった昨日ぶりのやり取り。これは、放っておいた方が正解かもしれない。
「だーかーらー。普通ってどういう意味? ボクと優人くんの共作なのに、ノーコメなんてありえないんだけど」
「は?
どんどん怒りを加速させる星咲先輩。怜音もちょっとやり過ぎな気もする。だけど、この会話は止まることを知らない。
「たまには褒めてよー」
「んだと! テメェはオレより年上なんだから、媚びるな! いつまで子供ぶってんだよ!」
「別にいいでしょー」
この状況。ため息しか出ないのはどうしてだろうか。星咲先輩の怒りはどんどん加速していく。もうすでに噴火しそうな勢いだ。
「こうなったら……!」
「優人くん。今だよ!」
「え?」「はぁん?」
僕と星咲先輩の声が重なる。すると、先輩の身体がボワッと燃え上がった。他のメンバーは避難していて、ここには僕と先輩だけ。
怒り心頭状態の先輩と僕が戦ったって、僕が負ける。そんな未来しか見えない。
「優人くん頑張って」
「け、けど、怜音……」
あたふたしていると、相手の炎は僕のすぐ近くまで迫っていた。完全にロックオンされてる。
「氷ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ像ぉぉぉぉぉぉぉー!」
「あらたんパイセンが噴火しちゃったよぉー。動画撮らなきゃ……」
「永井。テメェも同罪にしてやる!」
攻撃対象が僕で、怒りの標的が怜音と永井。これは非常に怖い。僕はすぐに水の球を生成する。だけど、全く歯が立たない。
魔力を消費しながら無言で作っているが、それでも間に合わないくらいだ。星咲先輩の攻撃規模が広すぎる。
「斬くんの相手はボクでもないし、永井さんでもないよ」
「わーってるっつーの! 優人! 本気でかかってこい。ただし容赦はしねぇかんな!」
完全に怒りの対象が僕に向いた。途端、周囲に炎の渦が巻き起こる。僕は消火活動にあたるが、ビクともしない。もっと派手な魔法が使えれば。
そんな時にパチンと何かが弾ける。何も思いつかない。自分が自分ではなくなっていく感覚。気づけば、僕は大きなスクリーンの前に立っていた。
見えてる世界が違う? こんな場所、来たことがない。ここは一体どこ? 僕は誰かに閉じ込められたの?
僕が身体を動かそうとしても、違う方向へと向かう。これは僕が求めている動きじゃない!
「待って……! 待ってそっちじゃない……!」
僕は叫ぶ。だけど声が届かない。スクリーンが真っ青に染まる。これは僕の水魔法。だけど、規模が違う。
こんな大規模な魔法は使ったことがない。たしかに魔力を預けるために、巨大な球体を作った。けれどもそれと比べ物にならない大きさだ。
「テメェはそんなもんか!」
星咲先輩の声が轟く。だけど、こちらは主導権を持ってない。まるで操り人形のように動く身体。だんだん眠くなってきた……。
ゆっくりとまぶたを閉じる。そんな時、僕によく似た声で発せられたのは――。
「スパーク・ブレイク!」
それだけで、一気に意識を引っ張られる。気がつけばスクリーンは消え、広大な空間に移動した。
「優人くん。君の勝ちだよ」
「え?」
「だから、君が勝ったんだよ。おめでとう」
そう言われても、僕が動かした身体じゃないから嬉しくない。あれは誰だったのか。それすらも理解出来なかった。
「な、何があったんですか?」
「何がってさっきから……」
「僕……覚えてないんです……。本当に僕が勝ったんですか?」
その言葉に永井が駆け寄ってくる。彼女の手にはスマホが握られていた。画面を見させて貰うと、綺麗な映像が流れている。
「永井さん。これは」
「動画。一部始終ぜーんぶ撮ったから。確認してちょ!」
「は、はあ……」
僕は彼女が撮ったという動画を見る。たしかに僕(?)と星咲先輩が戦っていた。直後。氷の壁が生まれ、奥から津波が押し寄せる。
これが僕が放った魔法。信じられないくらいの迫力に恐怖を覚えた。やはり、自分が使えるようなものじゃない。
「本当に何も覚えてないの?」
梨央が言った。
「う、うん。特に一番最後の部分は全く記憶がなくて……」
「そうなんだね……。これで一つわかったよ」
「え?」
僕の右肩に肘を置く怜音。しばらくして、星咲先輩が歩いてきた。全身ボロボロで、大量の傷を受けている。それも重症レベルに……。
そんな彼の表情はとても暗く怒っていた時とは違う。だけど、そこには確信を持っているような眼差しがあった。
「さっきのお前。最初の動きと全くの別モンだった」
「別物?」
「ああ。まるで、オレの師匠と戦ってるみたいだった」
一瞬だけ彼の目が泳ぐ。たしか星咲先輩の師匠は、第一次魔生物暴走事件で総隊長を務めた大物。神話級の強さを誇っていると、小学生の時孤児院で教えられた。
そんな師匠と僕が同等? 僕自身に思い当たるところはない。
「あれは一体誰だ優人!」
「ッ!?」
「出せっつってんだから出しやがれ! カタをつけてやんねぇと気が済まないんだよ!」
そう言われても困るのはこちら側だ。自分ですら状況が掴めていないのに、星咲先輩は僕の胸ぐらを掴んで睨みつけてくる。
「だから。僕にはわからないんですって……」
「はぁん? 嘘つくんじゃねぇよ! あいつは誰なんだ!」
「だから――」
何度言っても、星咲先輩は止まらない。そこを怜音が止めた。ようやく束縛が解け、僕の身体が崩れ落ちる。
「斬くん。彼が本当に自分を理解できてると思う?」
「んあ? んなもん分かるわけねぇだろ!」
「そう。わからない。君はそのわからないことを無理やり聞き出そうとしていた。少しは状況を把握しきれてない優人くんのことも考えてあげて」
その言葉にしゅんと肩を撫で下ろす星咲先輩。どうやらようやく熱が冷めたようだ。
「わぁーったよ。しゃーねーなぁ……。優人。さっきはすまなかった……」
「い、いえ。僕は大丈夫です……。気にしないでください」
「……。まあいい」
あの自分は一体誰だったのか? これが今後に繋がる。怜音の勧めで魔力量を測る。その数値は、『0.00』。完全に枯渇していた。
梨央からの応急処置でほんの少しだけ回復させてもらい、自分で作った魔力水で全回復すると、今日の授業は終了。
僕は頭にモヤを浮かべたまま帰ることになった。空は茜色に染まっていて、ほんのり暖かい風。
そんな時僕のスマホが鳴る。そこには、魔生物討伐部隊本部という文字。怜音から色々説明されたが、最初見た時にはこの送り主の名前はなかった。
「魔生物討伐部隊本部……。えっ?!」
その文面には、星咲斬推薦での新人部隊参入候補生選出との表記。魔生物討伐部隊というのは、政府直属の防衛部隊。
第一次魔生物暴走事件を境に結成された、上級魔法使いの集まりだ。これが届いたということは、僕がそこに選ばれたということになる。
だけど、星咲先輩の推薦というのが、いまいちピント来なかった。僕はそこまで強くない。それなのに審査に通った。
「僕が……いつかはヒーローに……」
寮に到着し部屋に入ると、いつものように魔力水を飲む。お金を手に入れた分、弁当でも買えばいいのだろうが、入る余地がない。
今日だけで何杯飲んだだろうか。きっと20は飲んでいる。自分でも思うが、さすがに飲みすぎだ。
コップを片付け、就寝の準備をする。普段は私服で寝るが、今日は久しぶりにパジャマで寝たい気分だった。
「電気を消してっと。あれ? スマホに通知が……」
〝優人くん。入隊審査通過おめでとう。怜音より〟
「怜音……」
審査の情報は周辺の人物間で拡散されたらしい。実力不足の僕が、軍事的な場所で活躍できるのかすら不安だ。
スマホの画面を閉じ、布団の中で目を瞑る。しばらくして眠りに落ちたが、いつも見る夢とは違った。目の前にいるのは、僕?
「やっと気づいたか……」
「誰?」
「誰と言われても、俺はオマエだ」
彼が最初に言った言葉は、それだった。彼がもう一人の僕。見た目も容姿も違う。だけど、何故僕は彼を自分と認識したのか不明だ。
「君は……」
「名前はない。オマエがつけろ」
「じゃ、じゃあ……蓮で……」
僕はパッと思いついたことを伝える。すると、彼は顎を掻きながら頷いた。どうやら納得したようだ。
「蓮……か……。まあ悪くはないな……」
「ありがとう……」
「それと、オマエ。今まで俺が呼びかけてたのに何故気づかなかった」
それはどういう状況だったのか。これまでも呼びかけられてた気はしたが、ただの幻聴としか感じなかった。けど、昼間に見た動画……。もしかして……。
「蓮。星咲先輩と戦ってた時のあれって……」
「はぁ……。そこから説明しなければいけないんか……。あぁーメンド……」
「ご、ごめん……。僕なにも知らなくて……」
とにかく謝る。それしかできない自分が情けない。蓮が僕に近づく。すぐ隣に座ると『オマエも座れ』と催促された。
真横にしゃがみこみ、耳を傾ける。
「オマエが言ったように、主に斬と戦ったのは俺だ。昨日の戦闘も。小学生の時も」
「小学生の時?」
「ああ。あれは深夜だったな……。孤児院が襲われた夜。迫ってきた輩を倒したのが俺。あん時はキツかった」
蓮は僕の知らないところで戦っていた。そして、魔法行使のレベルでも彼が上。なんで気づけなかったんだ……。もっと早く知ってれば……。
「まあ、俺は孤児院の世話人に見つからないよう動いていたからな……。もし世話人の前で俺が魔法を使ったとしたら、確実に戦闘員になっていたはずだ」
「けど、そこを隠して僕本来を優先していた……」
「ま。そういうことだ」
僕は軍事施設配属が決まったことを、蓮に伝える。それに対して蓮は腑に落ちない表情を浮かべた。
彼も僕の実力でない状態での配属は満足できないようだ。きっと、星咲先輩に何かしら思惑があるだろう。そう言って、蓮は姿を消す。
目が覚めるともう朝で、優しい日差しが差し込んでいる。パジャマから制服に着替えると、インターホンが鳴った。
玄関の扉を開ける。そこにはスラリとした女性が立っている。手にはファイルを抱えていて、キリッとした顔。
「こちらが見世瀬優人様のご自宅で合ってますか?」
「は、はいそうですけど……。なんの用ですか?」
「初めまして、魔生物討伐部隊、第一部隊隊長、