翌日、いつものように僕は朝ごはんを食べずに、朝の準備を進めた。この生活をし始めてから、どうしても食事に抵抗感がある。
魔力水ならいくらでも入るのに、真っ当な食事は昼以降。そんな身体になってしまった自分が、どうしても人とは思えない。
そっと左胸に触れる。ドクンドクン。鼓動だけはたしかに脈打っていた。今日もしっかり生きている。僕はここにいる。それを確かめるように。
怜音たちのいる食卓の前を横切る。そこにはしっかり僕の分の朝ごはんがあった。だけど、手が伸びない。
「優人くん。本当に食べなくていいの?」
「あ、はい。僕はいらないので、皆さんで取り分けてください」
「まあ、君はここに来たばかりだからね。わかった、じゃあこれは貰うね」
怜音は僕の朝ごはんを近くに引き寄せ食べ始める。トーストにサラダ。スープ。他にも見たことない料理。彼はそれをあっという間に食べ切った。
この前学食でラーメンを食べた時に言ってたこと。それに嘘はなかった。僕は麗華さんから送られてきたマップを見ながら、朝の訓練場に向かう。
第一部隊は精鋭揃い。その分訓練が休みの日は無い。まだ右も左もわからない僕だけど、『自分なら大丈夫』と言い聞かせる。
「見世瀬さん。おはようございます」
「おはようございます。麗華さん。麗華さんは朝ごはんは……」
「もちろん食べましたよ。それに調理は私の役割ですので」
麗華さんは左腕で力こぶを作って、右拳で叩く。それだけ自信があるということなのだろう。僕は彼女に申し訳ないことをしたんだと、内心後悔した。
「貴方は食べたんですか?」
「え? ぼ、僕は……まだというか……、お腹空いてなくて……」
「そうですか。ですけど、朝はしっかり食べた方がいいですよ」
そう言って、訓練場のある方向を向く。そこには人の力では開かなそうな大扉がある。
「ここの訓練は他の部隊とは一味もふた味も違う。まあ、貴方は半ば飛び級で第一部隊に配属されたわけですから、比較はできませんね」
「たしかにそうですけど……」
「では最初の訓練と行きましょうか……」
麗華さんは無言で歪みを作る。彼女はその中に入って消えた。だけど、僕を入れてくれる気配がない。再びゲートが開き、麗華さんが顔を出す。
「本日最初のミッションです。あの大扉を自分の力で開いて、訓練場の中に入ってください」
「えっ?」
「健闘を祈ります」
そうしてゲートが消える。僕は大扉に向かい、手を押し当てた。冷たい、これは鉄扉だ。取っ手がないということは押し扉。必死に押すがビクともしない。
「開かない……!」
――「おはよー優人。ちょっ、オマエ何してんだよ!」
ここでようやく蓮が起きた。だけど、今はそれどころじゃない。僕はひたすら押す。だけど結果は変わらない。
「麗華さんからこの扉開けて中に入ってって言われて……」
――「ふーん。そうか。まあ頑張れ……」
「ちょっと蓮! 手伝……って……よ……!」
連は僕のいる方向とは逆を向く。どうやら扉を開けることには興味がないらしい。後ろから足音。振り向くと、怜音と星咲先輩がいた。
――「俺がやったらオマエのためにはならない」
(だけど! それでも……!)
――「はぁ……。わかった。けど今回だけだぞ? 寝起きはあんま力出せねぇからな」
そのタイミングで僕は蓮と入れ替わる。すると、たったひと押しで扉が開いた。僕と蓮のどこが違うのだろうか?
彼はすぐに戻ってくる。僕が訓練場に入ると、そこではもう既に数人集まっていた。後方でゴゴゴという音が響く。直後衝突音が轟き、再び開いた。
「見世瀬さん。思ったより早かったですね」
「いえ、ちょっとズルしちゃって……」
「ズル?」
僕は正直に説明した。麗華さんは最初のうちはそれでもいいと言ってくれて、蓮に報告するとそっぽを向かれる。
だけど、このまま蓮を頼っていいのだろうか。 僕のことは自分で管理しないといけないのに……。
「では次のミッションです。これは蓮さんに……ですね。早速私と手合わせさせてください」
「ウォーミングアップは?」
「この第一部隊には不要です。早速ですがお願いできますか?」
麗華さんのその視線は本気だった。彼女は空間魔法使い。僕も初めて見るに近い属性だ。さっき蓮に助けて貰ったのに、今度も蓮の番。
僕は彼に事情を説明すると、やれやれとした顔で出てきてくれた。
『んで、対戦形式はどんな感じなんだ?』
『対戦形式は特にありません。好きなように行ってください。ただし、いくら貴方が新入りでも容赦はしませんからね』
『ふーん。面白ぇじゃねーか。まだ眠気で本調子ではないが……』
蓮も本気だ。訓練場の中心に立つ。審判は星咲先輩で、怜音や他メンバーが見守っていた。先輩が開始の合図をする。
途端、目の前が青く染まった。これは星咲先輩の時に蓮がやった行動。だけど、麗華さんは歪みを利用し、すぐ近くまで迫ってきた。
(蓮! 気をつけて)
『わかってるって……。クソッ! 相手チートかよ……』
蓮も手応えを感じていないようだ。加えて麗華さんの手には剣が握られている。僕は蓮に指示を出すが、彼は言うことを聞かない。
『スパーク・ブレイク……!』
蓮の近くに浮かぶシャボン玉。それは電流を纏って高速で飛んでいく。だけど、麗華さんに当たる予感すらしない。
見れば彼女の前に大量のゲートが開いていた。直後、上空の別ゲートから蓮が放った魔法が発射される。
スクリーンがぐらつく。衝撃が走る。よろよろと起き上がる身体。
『俺が自分の魔法をもろに受けるとはな……。燃えてきた……。ガチで燃えてきた……。盲視術・ブルーアウト』
蓮そう言った時。スクリーンが真っ青になった。戦いの様子が見えない。何かと何かがぶつかる音。風切り音。それだけを頼るしかない。
(蓮! 蓮!)
『……』
(蓮ってば!)
彼に声が届かない。だけど、麗華さんの悲鳴だけは、痛いくらいに響いている。
『もうやめろ!』
星咲先輩の声が聞こえた。だけど、対戦相手の苦しみの声は止まることを知らない。
(蓮! もうやめて!)
『……。わかった……。マジックオフ』
ゆっくりと視界が戻っていく。そこには血まみれになった麗華さんの姿。とても見ていられない状況に絶句した。
『と。こんなもんかな?』
『なーにがこんなもんだ。勝手に肉弾戦に持ち込んだテメェは馬鹿か! これは戦いとは言わねぇ。仲間を殺すとこだったんだぞ!』
『は? 自由に戦っていいっつったんはコイツだろ。俺はそれに従っただけだ!』
いきなり始める蓮と星咲先輩の喧嘩。今回は蓮の方が負けだ。だけど、それでも食い下がろうとしない彼は、状況を理解しきれていない。
『まあまあ。二人ともそこまでにして。僕は麗華の治療にあたるから。蓮は優人くんと交代してしっかり反省してねー』
『チッ……。あい……』
暴れに暴れた蓮が戻ってくる。僕が表に戻ると、全体の状況がよくわかった。地面には血が撒き散らされ、壁には激突したのだろう大きなへこみ。
そして、観戦していた人たちも負傷したらしい。どう戦えばこうなるのか。それがあまりわからなかった。
「麗華さん。大丈夫ですか?」
僕は治療中の麗華さんに声をかける。すると、怜音に介助されながら起き上がった。
「これが大丈夫だと思いますか? 正直に答えると、それどころではありませんね。蓮さんのあれはもはや人ではありませんでした」
「まあ。僕もそう思います。僕よりも自分をわかってないと感じるので……」
「たしかにそうですね。あの時彼は自分を制御できていなかった。見世瀬さん。蓮さんに、あの術式は以後使わないよう伝えてください。あれは危険すぎます」