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第9話

 麗華さんに注意され、そのことを蓮に報告すると、彼はあからさまに不満げな表情を見せた。彼が言うには、あの魔法はまだ試験段階のようで……。


 ――『まだ制御できてないのは確かだな……。俺もちゃんとわかってるんだ。盲視術の危険性を……』


(ならなんで使ったの?)


 ――『さあな……。ただ、あの麗華の魔法はチートだろ。俺の攻撃がほとんど当たらなかった』


 蓮の不満はどうやら盲視術を禁止されたことではなく、麗華さんの戦闘スタイルに対してのようだ。たしかに、蓮の攻撃を吸収され同じ魔法をまともに喰らったなら、怒りはあるだろう。


 僕も傷つく蓮に胸が痛くなった。さすがは第一部隊の隊長と言えるだけはある。僕もいつかはあの強さを身につけないといけない。


(僕なら、その盲視術使えるかな?)


 ――『は? 馬鹿か。あれは俺が作って俺が研究してる術だ。オマエに扱えるわけがねぇ』


(まあ、そうだよね……。僕がやったら、余計に制御できない……と思う……)


 でも、隊長と近い実力を持つ蓮が羨ましい。大怪我させたのは、蓮の方が悪いが……。


「おい! お前!」


「ッ!? あ、星咲先輩……。さっきはすみませんでした……!」


「ま、予想はついていたが……。あとここでは先輩ではなく、副隊長と呼べ!」


 今日の星咲先輩……。いや星咲副隊長は、少しだけ優しかった。なのに、張り詰めた空気は変わらない。


 遠くでは怜音が麗華さんを治療している最中。彼女の身体を氷で覆い、その中で治してるみたいだ。なんか寒そうに見えるが、氷は見たことないくらいの緑色。


「星咲副隊長。本当にあれで治るんですか?」


「氷像のやつならあと少しで隊長を全治させるだろう。心配はいらん」


「それならいいんですけど」


 そうしているうちに、治療が終わったようだ。麗華さんの身体を覆っていた氷は溶け、彼女はゆっくりと立ち上がる。


『ありがとう、怜音。貴方のヒールスキルには負けてしまいますね。流石です』


『どもども。ところで、蓮は今後どうするのかなー?』


『そうですね……。しばらくは訓練に参加させない方がいいと思います。まずは反省からですね』


 しばらく蓮を表に出せない。そうなったら、彼はどう思うのだろうか? 蓮は疲労でもう寝ている。多分夜まで起きないだろう。


 だけど、彼の中で未だ闘争心が燃えてることは、少しわかる。だから、また盲視術を使うのだろう。本当は僕が制限をかけないといけないのに……。


「今度はお前の番だ。オレが相手してやる」


「だ、だけど、僕が使える攻撃魔法はないです……」


「本当にそうか? 氷像から聞いた話によると、1つだけ持っていたらしいが……」


 僕はこれまでのことを思い出す。そこにはたしかに思い当たるところがあった。一昨日、食堂に移動する時のことだ。


 午前の訓練が終わり怜音と一緒に向かっていた際。僕は後方から迫ってくる敵を倒した。きっとそのことを星咲副隊長は言ってるのだろう。


「わかりました。相手します」


「それでいい。けど、お前と蓮では戦闘力の差が激しい。んでだ。お前はオレに攻撃魔法を5回当てろ」


「え、たったそれでいいんですか?」


 あまりにも極端すぎて、どう反応すればいいかわからなくなった。もっと難しいのが来ると思ったが、非常に簡単だ。


 僕は星咲副隊長の前に立つ。審判は回復したばかりの麗華さんが取り仕切ってくれるらしい。よく見ると破れた服の隙間にあった傷は全部治っていた。


 僕は星咲副隊長と向き合う。この緊張感は2度目だ。だけど、一回目とは少し違う。彼は怖い顔ではなく、少し柔らかい顔をしていた。


 きっとそれなりに手加減してくれるのだろう。彼にもこういうところがあったんだと思ってしまった。


「試合開始!」


 麗華さんが合図を送る。直後星咲副隊長の姿が消えた。僕は周囲を見回すがどこにもいない。むやみに攻撃すれば魔力消費で損をする。だから確実に当てていきたいが、姿が見えないなら意味がない。


「動きが鈍ってんぞ! 360度頭上までしっかり見ろ!」


 どこからか星咲副隊長の声が聞こえた。言われた通り真上を見ると、彼は天井に張り付いている。それも、手の力だけで。いつからそこにいたのだろうか。考えるだけで気が遠くなりそうだ。


 僕は上空に魔法を発動させる。かなりの速度で発射される雷光は、どんどん距離を詰め、当たると確信した時。星咲副隊長の姿は消えていた。


「速い……。これが星咲副隊長……」


「ボケっとしてねぇで撃ってこい! いつまでたっても終わんねぇぞ! こっちも別の訓練があんだよ!」


「は、はい!」


 星咲副隊長に指摘され、僕は魔法の発動回数を増やした。徐々に消費されていく魔力。僕の魔力は僕と蓮のものだ。蓮が使えば僕が使える分が減る。そのハンデを抱えながらも、撃ちこみ続ける。


 10回撃ったうちのひとつが副隊長の横腹を掠める。しかし麗華さんの判定はノーカウント。かすめただけでは集計されない。


 ひたすら撃つ。気づけば魔力は枯渇の一歩手前。もし僕が蓮だったとしたら、どう行動するだろう。


 僕と蓮はそもそもが違う。僕は戦闘経験がないが、蓮にはある。戦闘の知識もきっと彼の方が上だ。


「もう少し……。もう少しだけ魔力があれば……」


 さすがにここで魔力水は作れない。それを体内で作れるようになれば理想。だけど、魔法の基本は具現化だ。目に見えない場所で作るなんてできない。


 僕が今やるべきこと。それはどこまで効率よく魔法を使い星咲副隊長に当てるか。使用魔力を調整する。少ない魔力では速度も威力も出ない。


「もう終わりじゃねーよな!」


「は、はい……!」


「なら手止めんな! これが本物の魔物だったら逃げられっぞ! 逃がしたくねぇなら動け!」


「はい……!」


 思ったよりもスパルタで、ついていけない。必死に追いつこうとするが間に合わない。魔法を繰り出す。一発、また一発。当たるまで……。


 すると……。


「優人くん。もう一度あの時のことを思い出して!」


 怜音の声が訓練場内に響いた。ハッとした僕は意識を集中させる。目を瞑る。気配を見る。一昨日の自分を思い出す。


「ここだ、ライトニング……!」


 最後の魔力を振り絞り発射された閃光は、再び星咲副隊長の身体を掠めた。そこには浅い傷ができている。


「試合終了。両者意見交換を」


 麗華さんが試合を止め、僕は星咲副隊長の近くまで移動する。星咲副隊長はあまり満足してなさそうだが、諦めの表情が浮かんでいた。


 ちょうど怜音も他の負傷者の治療が終わったようで、こちら側に歩いてくる。


「初めてにしてはまずまずだ。ただ、これでは本格的な戦闘は難しい。蓮の方にも問題があるからな。ま、目標達成には至らなかったが……」


「すみません……。撃つのが下手で……」


「そんなことはねぇよ。オレに一発当てられたんだ。合格にしてやる」


「あ、ありがとうございます……」


 でも、そうは言われても納得いかない。5回中1回。たったの1回だ。それだけで合格を貰えるなんて……。そんな時、訓練場の大扉が勢いよく開いた。


「隊長! 副隊長! 大変です!」


「なんですか?」


「ん?」


 やってきた人は中年くらいの男性。その人は全身に大汗をかいて、かなり焦っているようだった。


「た、大変です。学校区周辺に魔物の群れが……!」


「なんですって!?」


「やべぇな……。みんな出動準備しろ! さっさと片付けねぇと危ない! いくら今日学校が休みとはいえ、怪我人出すわけいかねぇかんな!」


 隊長の反応に重ねるように、副隊長が指揮をとる。麗華さんが大きなゲートを作ると、みんなが飛び込んでいった。


 自分も一緒に向かうと、そこは僕が通っている学校のすぐ近く。これがもし、第二次魔生物暴走事件の幕開けだとしたら……。


(次回に続く)



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