「こんなに魔物が……」
「もしかしたら、例の事件の前兆かもしれねぇ……。片っ端からやっつけろ! 死骸すらも消しされ!」
僕はそんな星咲副隊長の声に背筋が伸びる。魔力はもうない。だけど、この極限状態でも戦わないといけないのが、第一部隊なのだとわかった。
脳内で蓮の言葉が流れる。『魔力錬成』? そんなもの僕にできるのだろうか。体内で魔力を作る。蓮が言うには、これは多くの部隊で必須になることらしい。
「星咲副隊長。魔力錬成ってどうやるんですか?」
「はぁん。お前そんなんも知らねぇのか。けど、お前は必要ねぇだろ。オレよりも魔力量が多いんだからよ!」
「だ、だけど……。蓮がほとんど使ったみたいで……」
星咲副隊長は僕の言葉に対して「言い訳か?」とでも言うような顔をする。けれども、これは言い訳ではない事実だ。
僕は少ない魔力で作れる短剣を用意する。近接戦闘は非常に怖い。だけど、今自分ができるのは、この戦い方しかない。
「ッ!!」
魔物に近づき、一閃。たったそれだけの動作で身体が痛くなる。それにしてもかなりの数だ。目算でも100はいる。
敵を引き寄せ戦う怜音と星咲副隊長。遠くに散らばった敵を一体ずつ倒していく隊長。僕は足を引っ張ってる。
「こんな時に蓮がいれば……」
「優人くん。焦りかけてるよ」
「ごめん。怜音……」
「大丈夫」
この第一部隊は優しい人が多いのだろうか。僕の状況を理解してくれてるのかは知らない。だけど、僕も……!
そんな時。僕の中で何かが変わった。器から溢れていくような力。それに溺れてしまいそうだ。もっと……。もっと……。そう思うたびにこぼれ落ちそうになる。
「今なら! 蓮聞こえる?」
――『んにゃ……。うるさいから起きてたよ! 一体何が起こってんだ!』
「それなんだけど、今かなり大変なんだ。手伝ってくれる?」
――『んだから、寝起きは……』
今朝言われたばかりなのに忘れていた。彼は寝起きだと本来の力を出せない。やっぱりここは僕がやるしか。さっきの異変で回復した魔力は、危険な予感がする。
――『はぁ……。その魔力は俺がやった』
「え? 蓮が?」
――『ま、魔力操作くらいは手伝える。どうせ、あの女からは出禁指定だ。俺の出番はどこにもねぇよ』
だけど、たったそれだけでも嬉しい。僕はその魔力を使うことにした。短剣を長剣の長さまで伸ばす。蓮と一つになる。
「行動と攻撃方法の計算は任せる」
――『わかった。ミスったら許さないからな!』
「もちろん! あと、僕なら盲視術もいけるかもしれない。僕の方が気配を感じやすいと思う」
――『そうか。本当は使わせたくねぇが……。道開いといた。無理はすんなよ!』
「ありがとう」
僕は一度目を閉じる。ここにいる敵は全部で150体。増援予想ではあと300近く。孤児院の先生が言ってた魔物の最大数は5000以上。
これくらいの数なら……。蓮でなくてもいける。恐怖を押し殺し、盲視術を発動させる。視界が真っ暗になる。いや青だ。
スクリーンで見たものと一緒。どんどん理性が崩れていく。感覚任せの大勝負。これなら――もう怖くない……!
僕は理性が完全に途切れないうちに、怜音たちを避難させることにした。大きなシャボン玉を作る。それを彼らの方へと飛ばし、中に入れる。
「優人くん……!」
「僕は大丈夫です。僕が暴走する前に避難してください」
「避難って……。もしや君も盲視術を……」
どんどん正常な思考ができなくなっていく。感覚が研ぎ澄まされていく。完全に術式と一体化するまで残り数秒。
僕はさらにシャボン玉を生成し、飛ばした。これで全員分。移動基準は麗華さんの方向。ここは僕一人で片付ける。
「みんなは急いで逃げてください。僕が作ったシャボン玉の中に入って……!」
「わ、わかった。全員避難。見世瀬さんが作ったシャボン玉の中に入って移動開始してください」
「ありがとうございます。麗華さん……! まだまだ未熟者ですが……。この状態の僕ができることをしてきます!」
「わかった。ですけど無理はしないでください。貴方は食事をまともに摂ってないのですから」
ここで意識が完全に途切れた、周囲の音が聞こえなくなる。もうここにいるのは僕一人だけだ。最初の敵を探す。
勢いをつけて走り出す身体。制御が効かない。兵器並の最初からプログラムされたような動き。
これが盲視術無しで再現出来ればどれだけいいことか。身体が動く。音は聞こえない。いや聴こえてはいる。敵の……魔物の断末魔の叫びだけが……。
「……。ここだ!」
できるだけ理性が残るよう。意識のバランスを整える。これは蓮ができなかったことだ。僕ならいける。術と一体化して溶け合う中で、強くなれる。
底上げされた攻撃力は敵の身体をぶちぬいた。触覚と嗅覚は残っている。異質な臭いと、ドロドロとした液体。だけど、それに嫌悪感がない。
きっと直視すれば悲鳴をあげる。だけど、今はその必要が無い。蓮がこんな術式を作ってたなんて……。
シャボン玉を作りその上に乗る。上空の敵を一掃するためだ。もっと、もっと感覚に重きを置く。近づく気配。もっと、さらに近くまで……。
術を使ってる間は常に魔力を消費する。だから基本は近接戦闘。けれど空中では飛行魔法でなければ、それができない。
残念ながら僕はそんな魔法を持ってない。
あと少しで遠距離魔法の範囲内。そこで魔法を複数発動させた。急激な魔力消費による頭痛が襲ってくる。それでも残りの敵は200体。どうやら増援は既にきていたらしい。
――『優人。大丈夫か?』
「大丈夫……。今は蓮と敵の声しか聞こえないけど……」
――『そうか……。けど、俺以上に動きが正確だな。こうなったらこの術はオマエにくれてやる』
「ううん。大丈夫。蓮が使った方が喜ぶと思うし」
僕は自由が効かない身体を動かしながら、絶命の声を聞く。これで100体。あと半分だ。だけど、だんだん思考が限界に近づいていた。
これ以上使うと自分が自分ではなくなる。
「もう……続かない……。魔力不足が近い……」
――『無理すんな。オマエの方がこの術を使った回数が少ない。ただ単に身体が――』
とうとう蓮の声までもが消えた。これは彼が陥ったものと一緒だ。完全に身体が野生化する。もう止められない。止まらない。ただの戦闘人間と化した自分。
もう一度意識を繋げる。だけど、その道は途切れていた。術が自分を受け入れてくれない。どうすればこんな危険はものを作れるのだろうか?
(ここで術に負けるわけにはいかない……!)
――『――ッ! 優人!』
「蓮!」
なんとか蓮との道が繋がった。これなら安心できる。蓮が『マジックオフ』と唱える。それに倣って僕も声に出す。
すると、ゆっくりと感覚が戻っていった。視覚が回復すると、そこには魔物の死体。だけど、拒絶反応は出なかった。
戦闘慣れ……。したのだろうか……。初戦闘で活躍した自分が嘘のようだが、本当の力なのかもわからない。
しばらくして、スマホで麗華さんを呼ぶ。彼女はすぐにゲートを繋げてやってきた。緊張の糸が切れ、僕はその場に崩れ落ちる。
かなり身体が疲れている。無理と無茶をしすぎたようだ。
「その様子だと、午後の訓練は休んだ方がいいですね……。午後の訓練は午前よりもハードですから、過労状態になったら困りますので」
「わかりました。あと僕のわがままを聞いてくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ。貴方、蓮よりも盲視術を理解しているように見えましたからね。もっと練習を重ねれば、自然と身につくでしょう」
そうして、僕は拠点に戻った。最初に取った行動は、怪我の治療。特に手足などが傷だらけになっていて、怜音の凍結治療を受けた。
回復速度は非常に早く、魔力も少しだけ回復。自分の部屋に入るとそこでジョッキを取り出し、魔力水を注いで飲む。
ある程度落ち着いたら、ベッドに潜り込んだ。今日の僕の1日はこれで終了。ゆっくり休んで明日の学校に備えることにした。