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第15話

 お騒がせな景斗さんがいなくなり、場の空気は悪化した。みんな状況が掴めない状況に陥って、誰も切り出そうとしない。


 特に神代と麗華さんは、全く同じの表情で呆れている。2人はかなり似ている部分があって、感性も一緒なのかもしれない。


 景斗さんのあれは最近悪化しているらしく、昼間はいつもあんな感じらしい。だから、寄り付く人も少ないようだ。


「あの……景斗って人……」


「ええ、麗華さんもと言ってたわね……。あれが第一部隊やその他の部隊をまとめているなんて、信じられないわ……」


「う、うん……」


 神代と飛鷹が話している。梨央もと永井も同じような疑問を持ったようで、さらに空気が悪くなった。


 景斗さんの影響の強さは絶大だった。昨日の訓練場での訓練も、景斗さんがやってる間は……。


「さて、一旦忘れようか……」


「そうですね……。怜音の言う通りです。あの状況の景斗さんの噂話をしていても、来るはずないですからね。予定通り私と見世瀬さんで勝負しましょう」


「了解。審判はボクがやるよ」


 怜音が無理やり切り裂いて、グダグダだけど元の状態に戻る。それよりも、突然渡された魔法式。これをどうすればいいのだろうか?


「さ、麗華。優人くん。位置について」


「わかりました」


「は、はい……!」


 僕が競技場の中心へ向かう時。何故か麗華さんは僕と同じ方へ歩いてきた。突然顔を近づけて来て、小声で『蓮の手助けは禁じます』と告げられた。


 もちろんこちらもそのつもりで戦う。蓮の力を使ったら、完全にズルだ。僕と彼ではそもそもの実力が違う。


「両者準備が完了したら合図をお願いします」


「私はいつでもいけます」


 と麗華さん。それに続くように、


「僕も準備できました」


 自分も合図を送った。怜音が僕と麗華さんの間に立つ。梨央たちもかなり心配そうな顔で僕を見つめていた。


「見世瀬さん。容赦はしませんので」


「も、問題ないです……。わざわざ手加減しなくても、大丈夫……です」


「では始めましょう。怜音、開始の宣言を」


「了解。試合開始!」


 最初は様子見から入ろう。盲視術はまだ使わない。戦闘しながらもらった式を解析するのは、正直したくないが、きっと使える魔法かもしれない。


 昨日蓮が戦った時と同様、麗華さんは剣を取り出した。そこから一気に距離を詰めてくる。僕は頭を回転させながら、回避に専念した。


 右からの振り下ろし、そこからの切り返し。動きに無駄がなく隙も少ない。どこでどう鍛錬すれば、ここまで尖った剣を触れるのか……。


 まだ、まだ。視覚を封印する前に、相手の動きを把握する。いくら気配に敏感でも、観察力も極めないと……。


 自分で新しい訓練を構築する。それだけでいくらか違う。景斗さんはそこも見抜いていたのかもしれない。


「見世瀬さん。盲視術は使わないのですか?」


「もちろん使いますよ! ただ、今はそれどころ――」


「躊躇わずに使ってください。総司令と蓮が協力して調整したものは、まだ使ったことがないのでしょう?」


 たしかにそうだ。未だに未完成の盲視術。きっと蓮も僕からの意見を聞きたいはず。だけど、こんな至近距離で、相手の声が聞こえる声で使えるのだろうか?


 もっと距離をとって、出直した方が安全。だけど、麗華さんの動きを見ていく中で離れることは難しい。僕が下がれば秒で近づいてくる。


「見世瀬さん」


「は、はい! わかりました」


 昨日の訓練は盲視術を使ったあとからのもの。だけど、今回は戦闘中での使用。蓮が星咲先輩と戦ってた時のタイミングを思い出す。


 ここだというところで唱えると、視界は真っ青に染まった。ここからは感覚だけだ。僕は蓮ほど上手くないけど、感覚での行動は自信――あるわけないけど……。


 麗華さんが攻撃してこない。もしかして手加減を……。剣を振る風切り音がしないということは、そういうことだ。


 景斗さんと蓮が共同で組み換え直した式は、自分の感覚が深層部まで研ぎ澄まされている。使用して1分ほどで、遠く離れているはずの梨央の声が入ってくる。


(これなら!)


 足を地面に食い込ませ、ダッシュを開始する。今朝の麗華さんの香りはバラだった。それを頼りに位置を把握する。


 斬り出す際の素振り音が聞こえる。自分がいる場所からほんの少し離れた場所だ。とりあえず遠距離魔法を唱えて詳細の距離を探る。


『優人のあの動き……。見たことがない……』


 梨央の声が入ってくる。だけど、よそ見は厳禁だ。まあ、目は見えていないけど……。


 もうひとつ気づいたことがあった。この状態の自分は制限がかかっている。その分全てのことに対する集中が異常に高い。


 今のうちに魔法の解析を行う。ある意味でのマルチタスクだ。両立させるのはプロでも難しい。それをクリアする。


 風切り音が近くなる。調整前に感じていた聴覚の喪失は起こっていない。景斗さんにお礼を言った方がいいのだろうか?


 まだ、まだ遠い。僕と麗華さんの距離も。魔法式の解析も。もっと、もっと近くに、だけどちょうどいい距離に。


 両手に感覚が宿る。これは剣のつかだ。無意識に剣を生成して持っている。ここからは近距離戦闘。


 麗華さんの切っ先が右肩に当たる。だけど、掠れただけ。後方へ逃げずに、剣を振る。――カキンと互いの剣がぶつかった。


 彼女は目と鼻の先にいる。無闇に攻撃すれば、ダメージを受ける。鼻につくバラの香り。その匂いが強くなった時。


(今いるのは麗華さんの背後!)


 相手の音をもっと深く聞く。もっと、もっと大きく細かくなれ。どんどん深く、深く。自分の意識が沈んでいく。


 それと同時に魔法の解析が終わった。これで自分の魔法として使える。これに名付けるとしたら、幻の水と書いて幻水げんすい。そして、水壁すいへき


 早速使うことにする。まずは幻水からだ。その時には麗華さんの風切り音が激しくなっていた。意識せずに避け続けられている自分が不思議だ。


「幻水!」


 僕は叫ぶ。すると、まるで人魚にでもなったかのように身体が泳いだ。風が強いが、これは剣では無い。自然な風だ。


 今空中にいる。香りはかなり遠いが微かに触れる。改めて距離を測る。身体は地上へ近づいている。


「水壁!」


 次の魔法を唱えた時、ザバンという大きな音がした。自分の目の前が非常に涼しい。名前の通り水の壁。いわゆる、大波ができあがっているのかもしれない。


 位置を探って足をつく。歩ける。駆け上ると頭に血が上っていく。自分の天地が反転した。遠距離魔法を連発させる。


 ――カキン、カキン……。全部の攻撃が防がれた。だけど、ここからが本番だ。魔法の特性がわかれば応用が効く。


「幻水 陰速」


 途端背後にたくさんの気配を感じ取る。この状態から、〝ライトニング〟や〝スパーク・ブレイク〟を放てば……。


 そう思った頃にはもう身体は動いていた。全身に電流が走る。帯電している。轟音が鳴り響く。遠く、遥か遠くまで反響する。


「メインテレポート!」


 すると今度は砂を踏む音。気がつけば剣を振り切っていた。


「勝負あり。各自魔法使用停止」


 ようやくバトルが終わった。僕は『マジックオフ』と唱え、全ての魔法を解除する。視界が戻ると、僕の右手に握られた剣が麗華さんの横腹を直撃していた。


「優人が……。麗華さんに勝った……」


 真っ先に反応したのはやはり梨央だった。今回麗華さんに言われた通り、蓮の補助は使っていない。


 最初から最後まで自分の力で勝利した。疲れ果てた身体を力ませるが、なかなか回復しない。


「2人ともお疲れー。それと、優人くんの新技。かっこよかったよ!」


「ありがとう……。怜音……」


「じゃ、早速だけど、お昼食べながら反省会しようか。その前に2人の治療からだね」

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