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第16話

 バトルの緊迫とした空気が、まるでなかったかのようになくなり、僕と麗華さんは治療を受けた。怜音の治療を受けるのはこれが初めて――だと思う。


 怜音が作る緑色をした氷。最初はキンキンに冷えてるのかと予想していたが、実際に触れてみると人肌くらいに温かい。


 傷の深さは僕の方が浅かった。また麗華さんに大怪我させちゃったかなと反省しようとしたが、逆に褒められてしまった。


「優人くん。怪我の状態どう?」


 怜音が問いかけてくる。


「大丈夫です。ありがとうございます」


「ならよかった。麗華の方も回復したし。食堂に向かおうか。じゃ、麗華タクシーよろしくー!」


 怜音の軽い要求に、麗華さんが『ハァ』と深いため息とついた。麗華さんは人だ。決してタクシーではない。


「お願い!」


「わかりました。今回は特別です。というよりも、怜音も空間魔法の訓練を受けてるのでは?」


「そうだけどー。ボクの安定しないからー!」


 怜音の駄々っ子が炸裂し、景斗さんが逃げた時と同じ空気っが立ち込める。怜音と景斗さんは本当に似ていた――性格と態度が……。


「仕方ないですね……。あとでみっちり教えますから」


「ありがと!」


 麗華さんがゲートを開く。僕たちはそのゲートをくぐって、食堂の入口に移動した。他の生徒はみんなお昼を食べているが、まだ席はまばらだ。


 僕は空いてる席を探す。すると、梨央が手を挙げた。どうやら大人数で座れる席を見つけたらしい。


 最上位クラスのメンバー全員を集めて、席に座ると、荷物を置いて料理を買いにいく。もちろん僕はこの前買ってハマった、とんこつラーメンだ。


「店員さん。とんこつラーメン一つと、替え玉2個お願いします」


『とんこつラーメンと替え玉2個ね。スマホはお持ちですか?』


「え? あ、拠点に置いてきちゃった……」


 まだスマホの存在に慣れきれてない僕は、たった一つの端末だけでこんなにも不便になることを知った。


 そこへ、怜音がやってくる。どうやら彼もとんこつラーメン目当てらしい。


「優人くんったら、スマホを常にカバンに入れればいいんじゃない?」


「そ、そうですね……。すみません……」


「えーと、とんこつラーメンと替え玉2個だっけ?」


 怜音には最初から聞こえていたらしい。彼は、自分と同じメニューを頼み、僕の分まで支払ってくれた。


「それにしても、そんなに入るのかな?」


「何がですか?」


「だって、ほら、優人くんはこの前替え玉1個だけだったでしょ。だから、1人で2個入るのかなーって、ボク的に思っただけ」


 そういえば、先週とんこつラーメンを食べた時。怜音の替え玉を一つもらった。その時はそれが限界のような気がしたけど、今日は2個頼んでしまった。


「た、多分食べきれます……。朝から量が多かったけど……」


「ふふ。それは言えてるかも。麗華の作る料理は手抜きゼロで標準的な豪華さだからね」


「標準的な豪華さ?」


 意味のわからない言葉が出てきた。そもそも自分の標準が、まかないの少ないもの――だいたいが余りもの――だし。もっといえば魔力水程度が普通。


 だから、一般家庭の標準が――普通がわからない。まあ、自分は今のままの認識で問題ないと思っているけど……。


「お。できたみたい。取りに行こう」


「と言っても、ここ店の前ですけどね」


「そうだったね。席に戻る前に完成って。好奇心旺盛の子供が調理過程を見学してるみたいだよね」


 怜音の冗談はあまり面白くない。完全に僕は興味を失った。それよりもラーメンだ。トレーを持つと、かなりの重量。乗り切らない替え玉のお椀が落ちそうだ。


 食堂での魔法行使は緊急時を除き禁止されている。だけど、今回ばかりは魔法を頼るしかない。


 僕はシャボン玉を作り、その中にトレーごと入れた。手ぶらで運べちゃうのが、ちょっと嬉しい。


 席に到着すると、それぞれが料理を持ってきていた。麗華さんは蕎麦を、梨央はパスタ。永井と飛鷹は仲良く大皿メニューを持ってきていた。


 だけど神代の姿がない。僕は麺は伸び切る前に食べ始めると、彼女は遅れてやってきた。どうやらかなり悩んでいたようだ。


「これで全員だね」


 怜音が全体をまとめる。麗華さんはまだ呆れている様子だった。バトル後なのにも関わらず利用されたことが、まだ納得できていないらしい。


「優人。今日もとんこつラーメンなんだね」


「うん。梨央のそれは何?」


「これ? 明太子パスタだよ。なんか気になって頼んじゃった」


 梨央は楽しそうにフォークに麺を絡め、パクリと頬張る。本当に食べたかったようで、明るく微笑むその姿は天使のようだ。


 そうしているうちに、最初から入っていた麺がなくなる。替え玉一つ目を投入し、ぐじゃぐじゃにさせてまた食べる。すると、今度は神代が問いかけてきた。


「見世瀬。あの魔法は何?」


「あの魔法? あ、盲視術のこと?」


「ええ。あの魔法を使用した直後。貴方の動きが別物のように変わったから」


 神代は僕の魔法に興味が湧いたらしい。だけど、盲視術は僕自身説明が難しい。視界を奪われてる点で状況説明ができないからだ。


「あの魔法使うと、状況を理解しづらいんですよね……」


 とりあえず、大雑把に答えてみる。


「そう? つまり、あれは勘で動いているということで合ってるかしら?」


「そうです」


 やはり、理解力1位推測力1位の神代はすぐに言い当ててきた。おかげで、会話が途切れる。かと思いきや、再び梨央が話しかけてきた。


「あと、優人。他にも魔法を使ってたよね?」


「うん。幻水と水壁」


「そうそれ。たしか優人は高所恐怖症って話だけど、盲視術を使ってる間は関係ない感じ?」


 タイミング悪く僕の口は麺だらけ。なので、大きめに首を動かし頷く。だけど、この行動は梨央にとって見当違いの反応らしく、顔を真っ赤に染めて『詳しく教えて』と訴えてきた。


 急いで飲み込むと今度は喉に麺が引っかかり、むせそうになる。焦って食べるのはやってはいけないことを、今初めて知った。


「大丈夫? そんなに慌てなくていいから」


「だ、大丈夫……。梨央が言った通りだよ。盲視術と使ってる間は視覚を完全に失うから、どんな高さでも問題ない……かな? ただ、かなり冷えるけどね」


「まあ、そうだよね……」


 ここでちょうど替え玉タイム。最後の1個を入れる時にはスープが冷たくなり、表面に脂が浮いていた。


 それでも麺を解いて食べる。味も相当薄くなっていて、満足できるようなものではなくなっていた。それでも、お腹の方は大満足だ。


「それにしても、優人くん。昨日の訓練のおかげで攻撃に正確性が出てきたね」


「『昨日の訓練?』」


 怜音の言葉に、僕と麗華さん以外のメンバーが口を揃える。


「うん。昨日優人くんは景斗くんと同じ訓練を受けたんだ。まあ、これは極秘訓練だから詳しく言えないけどね」


「私としては、まだ下っ端の彼にさせていいのかと思っていますね……」


「麗華。それでも優人くんは頑張ってた方だよ。 『元々のポテンシャルからして上々だ』って、景斗くんがいつも書いてる前日譚日記に書いてあったし」


 前日譚日記っていうのがあるのか。今度探して読むことにしよう。その間に僕は完食をしていた。もうお腹がパンパンだ。これ以上入らない……。


 対して梨央はこの前と同じように、パフェを持ってきていた。お腹の容量関係なく食べてしまう男子と違い、女子は計画的だ。


 全員が食べ終わると、トレーを片付けた。1箇所に集合し再び競技場に向かう。その前に僕は怜音の勧めで拠点に一旦帰らせてもらい、スマホを回収した。


 今度からは気をつけよう。思って午後の訓練が始まった。

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