バトルの緊迫とした空気が、まるでなかったかのようになくなり、僕と麗華さんは治療を受けた。怜音の治療を受けるのはこれが初めて――だと思う。
怜音が作る緑色をした氷。最初はキンキンに冷えてるのかと予想していたが、実際に触れてみると人肌くらいに温かい。
傷の深さは僕の方が浅かった。また麗華さんに大怪我させちゃったかなと反省しようとしたが、逆に褒められてしまった。
「優人くん。怪我の状態どう?」
怜音が問いかけてくる。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「ならよかった。麗華の方も回復したし。食堂に向かおうか。じゃ、麗華タクシーよろしくー!」
怜音の軽い要求に、麗華さんが『ハァ』と深いため息とついた。麗華さんは人だ。決してタクシーではない。
「お願い!」
「わかりました。今回は特別です。というよりも、怜音も空間魔法の訓練を受けてるのでは?」
「そうだけどー。ボクの安定しないからー!」
怜音の駄々っ子が炸裂し、景斗さんが逃げた時と同じ空気っが立ち込める。怜音と景斗さんは本当に似ていた――性格と態度が……。
「仕方ないですね……。あとでみっちり教えますから」
「ありがと!」
麗華さんがゲートを開く。僕たちはそのゲートをくぐって、食堂の入口に移動した。他の生徒はみんなお昼を食べているが、まだ席はまばらだ。
僕は空いてる席を探す。すると、梨央が手を挙げた。どうやら大人数で座れる席を見つけたらしい。
最上位クラスのメンバー全員を集めて、席に座ると、荷物を置いて料理を買いにいく。もちろん僕はこの前買ってハマった、とんこつラーメンだ。
「店員さん。とんこつラーメン一つと、替え玉2個お願いします」
『とんこつラーメンと替え玉2個ね。スマホはお持ちですか?』
「え? あ、拠点に置いてきちゃった……」
まだスマホの存在に慣れきれてない僕は、たった一つの端末だけでこんなにも不便になることを知った。
そこへ、怜音がやってくる。どうやら彼もとんこつラーメン目当てらしい。
「優人くんったら、スマホを常にカバンに入れればいいんじゃない?」
「そ、そうですね……。すみません……」
「えーと、とんこつラーメンと替え玉2個だっけ?」
怜音には最初から聞こえていたらしい。彼は、自分と同じメニューを頼み、僕の分まで支払ってくれた。
「それにしても、そんなに入るのかな?」
「何がですか?」
「だって、ほら、優人くんはこの前替え玉1個だけだったでしょ。だから、1人で2個入るのかなーって、ボク的に思っただけ」
そういえば、先週とんこつラーメンを食べた時。怜音の替え玉を一つもらった。その時はそれが限界のような気がしたけど、今日は2個頼んでしまった。
「た、多分食べきれます……。朝から量が多かったけど……」
「ふふ。それは言えてるかも。麗華の作る料理は手抜きゼロで標準的な豪華さだからね」
「標準的な豪華さ?」
意味のわからない言葉が出てきた。そもそも自分の標準が、まかないの少ないもの――だいたいが余りもの――だし。もっといえば魔力水程度が普通。
だから、一般家庭の標準が――普通がわからない。まあ、自分は今のままの認識で問題ないと思っているけど……。
「お。できたみたい。取りに行こう」
「と言っても、ここ店の前ですけどね」
「そうだったね。席に戻る前に完成って。好奇心旺盛の子供が調理過程を見学してるみたいだよね」
怜音の冗談はあまり面白くない。完全に僕は興味を失った。それよりもラーメンだ。トレーを持つと、かなりの重量。乗り切らない替え玉のお椀が落ちそうだ。
食堂での魔法行使は緊急時を除き禁止されている。だけど、今回ばかりは魔法を頼るしかない。
僕はシャボン玉を作り、その中にトレーごと入れた。手ぶらで運べちゃうのが、ちょっと嬉しい。
席に到着すると、それぞれが料理を持ってきていた。麗華さんは蕎麦を、梨央はパスタ。永井と飛鷹は仲良く大皿メニューを持ってきていた。
だけど神代の姿がない。僕は麺は伸び切る前に食べ始めると、彼女は遅れてやってきた。どうやらかなり悩んでいたようだ。
「これで全員だね」
怜音が全体をまとめる。麗華さんはまだ呆れている様子だった。バトル後なのにも関わらず利用されたことが、まだ納得できていないらしい。
「優人。今日もとんこつラーメンなんだね」
「うん。梨央のそれは何?」
「これ? 明太子パスタだよ。なんか気になって頼んじゃった」
梨央は楽しそうにフォークに麺を絡め、パクリと頬張る。本当に食べたかったようで、明るく微笑むその姿は天使のようだ。
そうしているうちに、最初から入っていた麺がなくなる。替え玉一つ目を投入し、ぐじゃぐじゃにさせてまた食べる。すると、今度は神代が問いかけてきた。
「見世瀬。あの魔法は何?」
「あの魔法? あ、盲視術のこと?」
「ええ。あの魔法を使用した直後。貴方の動きが別物のように変わったから」
神代は僕の魔法に興味が湧いたらしい。だけど、盲視術は僕自身説明が難しい。視界を奪われてる点で状況説明ができないからだ。
「あの魔法使うと、状況を理解しづらいんですよね……」
とりあえず、大雑把に答えてみる。
「そう? つまり、あれは勘で動いているということで合ってるかしら?」
「そうです」
やはり、理解力1位推測力1位の神代はすぐに言い当ててきた。おかげで、会話が途切れる。かと思いきや、再び梨央が話しかけてきた。
「あと、優人。他にも魔法を使ってたよね?」
「うん。幻水と水壁」
「そうそれ。たしか優人は高所恐怖症って話だけど、盲視術を使ってる間は関係ない感じ?」
タイミング悪く僕の口は麺だらけ。なので、大きめに首を動かし頷く。だけど、この行動は梨央にとって見当違いの反応らしく、顔を真っ赤に染めて『詳しく教えて』と訴えてきた。
急いで飲み込むと今度は喉に麺が引っかかり、むせそうになる。焦って食べるのはやってはいけないことを、今初めて知った。
「大丈夫? そんなに慌てなくていいから」
「だ、大丈夫……。梨央が言った通りだよ。盲視術と使ってる間は視覚を完全に失うから、どんな高さでも問題ない……かな? ただ、かなり冷えるけどね」
「まあ、そうだよね……」
ここでちょうど替え玉タイム。最後の1個を入れる時にはスープが冷たくなり、表面に脂が浮いていた。
それでも麺を解いて食べる。味も相当薄くなっていて、満足できるようなものではなくなっていた。それでも、お腹の方は大満足だ。
「それにしても、優人くん。昨日の訓練のおかげで攻撃に正確性が出てきたね」
「『昨日の訓練?』」
怜音の言葉に、僕と麗華さん以外のメンバーが口を揃える。
「うん。昨日優人くんは景斗くんと同じ訓練を受けたんだ。まあ、これは極秘訓練だから詳しく言えないけどね」
「私としては、まだ下っ端の彼にさせていいのかと思っていますね……」
「麗華。それでも優人くんは頑張ってた方だよ。 『元々のポテンシャルからして上々だ』って、景斗くんがいつも書いてる前日譚日記に書いてあったし」
前日譚日記っていうのがあるのか。今度探して読むことにしよう。その間に僕は完食をしていた。もうお腹がパンパンだ。これ以上入らない……。
対して梨央はこの前と同じように、パフェを持ってきていた。お腹の容量関係なく食べてしまう男子と違い、女子は計画的だ。
全員が食べ終わると、トレーを片付けた。1箇所に集合し再び競技場に向かう。その前に僕は怜音の勧めで拠点に一旦帰らせてもらい、スマホを回収した。
今度からは気をつけよう。思って午後の訓練が始まった。