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第17話

 競技場に向かうと、全生徒が揃っていた。みんな中央を見ている。人の波を掻き分けて、最前席に向かうと、そこには怜音と星咲先輩。


 これからなにかが行われるらしい。だけど、ここでは見づらい。一旦群れからが離れると、シャボン玉を作ってその中に入る。


 高いところは嫌いだ。だけど、安定して見れる場所は観客席の上空しかない。見つめ合う怜音と星咲先輩。2人の中央には麗華さんの姿。


 どうやらバトルが始まるみたいだ。そういえば、怜音と星咲先輩のバトルは見たことがない。だけど、なかなか始まらない。


 僕はできるだけ邪魔にならない位置まで近づく。目を凝らしてみると、両方とも傷だらけ。これはバトルが始まるのではなく終わったところらしい。


 僕がスマホをしっかり持ってきていれば、もしかしたら見れたかもしれない。出遅れ確定だ。


 生徒たちはどんどん離れていく。僕は競技場の中心に降りると、怜音と星咲先輩が互いに褒めあっていた。


「2人ともお疲れ様です。僕は見れなかったけど……」


「見れなかった? いや、オレたちは見せるもんやってねぇんだが……」


「え?」


 星咲先輩は汗をかきまくっっていた。もちろん反対に立つ怜音もそうだ。これはバトルのものではない……らしい。


「斬くん。やったの何年ぶりだっけ?」


(これ?)


「たしか……。2年ぶりか?。オレが高一だった時だったはずだ」


「2人とも何を話しているんですか?」


 星咲先輩が高一ということは、怜音は高二だった時。その時にもやったってことは一体何なのか。僕は彼らの話に耳を傾ける。


「そうか、今回見れなかったのに加えて。オレが高一だと、お前は中三。ここにはいねぇもんな。今回は怒ったりしねぇ。しょうがないことってのはわかってる」


「そうだね。簡単に説明すると、僕と斬くんは魔生物暴走事件以降。復興を兼ねて出張パフォーマンスをしてたんだ。まあ、最近は斬くんが忙しいから出張してーってのはできてないけどね」


「な、なるほどです……」


 出張パフォーマンス。そんなことも出来るのか……。僕はこの場に残ったメンバーの顔を見る。もちろん残っているのは最上位クラスの人だけで、他のクラスはいない。


 これから午後の訓練が本格化する。今回も僕が魔力水を作るのかと思うと、怜音と星咲先輩が顔を見合わせる。そして、怜音が先に切り出した。


「優人くんには指導係になってもらおうかな? 午前中の対人戦だと、君はオールラウンダー。どのタイプの戦闘もできる」


「たしかにそうかもしれないです……」


「ってことで。今回は飛鷹さんの担当をお願いしようかな? 初めて自己紹介した時に説明したけど、彼はシューター。遠距離攻撃を得意とするタイプでー」


 そこで星咲先輩が怜音の肩を叩いた。きっと『それくらいわかる』と止めたのだろう。たしかにそれ以上の説明はいらない。


 だけど、僕がどのように指導すればいいのか。物事を教えるのは蓮の方が得意だろうけど、早朝の訓練以降全く起きる気配がない。


 それよりも、今日はなんか蒸し暑く感じた。カレンダーだなんて、バイトのシフト表くらいでしか見たことがなかったが、今はスマホでいつでも確認できる。


 ロック画面を開くと表示される数字。そこには10月と書かれている。季節は秋。だけど、この照りつけるような暑さはどこから……。


「見世瀬……先生……。お、お願いします……!」


「う、うん。えーと、どこから始めようか……」


「え、えーと、その……。えと……。じ、自分はなんでもいいです……」


 この『なんでもいい』がどっちつかずで満足できない。だけど、そう言えるということは、どんなものでも対応できるだけの能力があるということなのだろう


「じゃあ、的当てから始めようか……。難易度を用意した方がいいかな?」


「は、はい。で、出来れば……中級……から。上級の範囲内で」


「了解!」


 なんとか道を切り開き、僕はシャボン玉をたくさん作る。サイズも20種類用意した。そして、ポイント制にもした。


 飛鷹がシャボン玉を割ると、そのポイントが数字のシャボン玉で表示される。ちょっと手の込んだ魔法だけど、仕方ない。


「見世瀬先生……。そんなことも……できるんだ――です……ね……」


「あはは、わざわざ言い直さなくても……」


「そ、そんな。わけには……いかないか……ら……」


 思ったよりもしっかり者の飛鷹に、僕も見習わないとって思う。早朝の訓練といい。午前中の戦闘といい。お昼とここに来る前に飲んだ魔力水で魔力は回復したけど、疲労は半端ない。


 だけど、魔法行使くらいは簡単だし。魔力制御も、なんとなくできていると思う。的を動かす。それだけで、少し集中力がいる。


「飛鷹さん。一番大きいのが1ポイント。一番小さいのが20ポイント。総合1000ポイントです。頑張ってください!」


「わわ、わかりました……! やってみます……!」


 飛鷹が魔法を唱え始める。必死に撃ち込む姿はどこか不器用だ。それでも、シャボン玉を正確に壊していくのはさすがだなと感じる。


 ここで、彼は一番小さい的を壊した。訓練のトータルは約20分間。全部の的を破壊した時には、彼は地面に崩れ落ちていた。


「お疲れ。少し休もうか」


「は、はい……」


 僕と飛鷹はベンチに向かう。あらかじめ用意しておいた魔力水を飛鷹に渡し、それぞれの魔力を回復。両肩が痛いと彼は言ったので、マッサージもする。


 そういえば、僕は身体の不調を抱えたことが一度もない。肩こりとかさすがに腰痛まではないけど、それすらも起こしたことがない。


「見世瀬先生は、つらくないんですか?」


「え?」


「そ、その……。第一部隊の。訓練……。つらくないのかな……って」


 言われてみればつらいと思ったことはあっただろうか。突然第一部隊に入れられて、翌日からの訓練。蓮がどう思ってるのかは知らないけど、つらいどころか楽しさまである。


 僕がこの世界で必要とされている。その嬉しさもあるのかもしれないけど、身体を動かしたり頭を使ったり、そういうことが好きだったのかもしれない……。


「つらい……か……」


「も、もしかして……。考えたこと……」


「うん。僕はないかな? もう一人の方がどう思ってるかは知らないけどね」


 飛鷹は僕の両目を見つめる。そういえば蓮のことをずっと不鮮明な説明だけをして、本当のことを伝えていなかった。


 今蓮のことを知ってるのは、第一部隊のメンバー。最悪梨央だけは勘づいているかもしれない。だけど、ここで話したら混乱させてしまう。


 そんな時、僕のスマホが鳴った。通知を確認すると、第一部隊の総合連絡メール。そこには、星咲副隊長と朝比奈隊長。そして怜音の名前が連なっている。


 僕は何度も見返し、自分の名前を探す。だけど、どこにも書かれていない。メールにはまだ続きがあり、最後の一文まで辿りつく。


 そこに自分の名前が書かれていた。


「見世瀬先生?」


「う、ううん。ちょっと呼び出しされたみたい。気にしなくていいよ」


「そ、そう……なんですね……」


〝見世瀬優人さんには僕の部屋に来て欲しい。君に伝えたい大事なことがある。あとは、僕の部屋で話そう。以上


 日本魔生物討伐部隊 総司令 宮鳥景斗〟


「つ、つまり……中断って……こと?」


「残念だけど、そうなるね。じゃあ行ってくる。景斗さんに合図送ってっと」


 メールを返信すると、すぐにゲートが開いた。そこへ入ると、昨日も行った黄金の部屋。景斗さんは濃縮魔力水を複数用意して待っている。


 ゲートの奥には飛鷹の姿。とても寂しげな表情だ。それでも優先しないといけないのは第一部隊の任務。それが先だ。


 ゲートが閉じる。僕は手を振り別れを告げる。景斗さんの前に座ると、彼は濃縮魔力水を渡してきた。


「さ、まずはこれを飲んで。あれから改良したんだ」


「そ、そうなんですね……」


(唐突すぎる)


「い、いただきます……」


 僕は濃縮魔力水を飲む。午前中に飲んだものよりもかなり濃く感じた。


「さすがに、自分は飲めない濃さになっちゃってるけどね」


「そうなんですね……。僕は大丈夫……だけど……」


「じゃ、本題に入ろうか。〝この世界に魔法がある理由〟と、〝魔生物暴走事件の真実〟を……」

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