部屋に戻ると、いつもより静かな空間が広がっていた。景斗さんから貰った注射器。ポケットから取り出し中身を見ると、黒い斑点のようなものが入っていた。
これは異物なのだろうか。でも、自分の身体はそれを欲するような感覚。どこに刺せばいいのかは教えて貰っていない。
だけど、本当にこれで蓮が起きるのなら。それなら怖くない。僕はカバーを外して、一滴だけ出す。
そして、自分の左袖をまくり上げて刺した。中身が体内に入っていく。中身が消えて行くのに連れて、僕と蓮の間にあった壁が崩れていく。
一人でいる時の2人の時間が戻ってくる気がした。だけど、蓮の顔は少し暗い。僕は意識間で彼に近づく。
「蓮。おはよう」
「……」
「蓮?」
彼は第一声すら発さない。そういえば、壁があっても僕と景斗さんが話してることは聞こえてるというのを思い出す。
「もしかして……」
「すまない……。俺ほんと隠してばっかだよな……」
「そんなことないよ! 今日ずっと、寂しかったんだ……」
これは僕の本音なのだろうか。意識を戻し備え付けの鏡を見ると、頬に涙が伝っている。
「蓮。隠してたって……」
「オマエ。景斗から全部聞いたんだろ?」
「うん……。三龍傑が今の人類を作ったことと、大昔の事件の残滓が今の魔生物を作ったってこと……」
僕の答えに蓮は暗い顔をする。僕はそっと隣に行き、座った。なんか、これが別れになるんじゃないか。そんな予感が脳裏によぎった。
「もしかして……景斗さんが言ってた
「そう。俺の意識はその残滓の一部。それも意識だけが残った存在なんだよ。ずっと、拠り所を探していた。そこで出会ったのが、両親の前で泣くオマエだった」
「そんな……、蓮が……魔生物……」
その事実に絶句した。僕は魔生物と人間が混ざった存在。だけど、蓮はずっと僕を支えてくれた。僕自身ものすごく頼れるパートナーだ。
「景斗から注射器貰っただろ? そこになにか入ってなかったか?」
「え? そういえば黒い異物みたいなのが……」
「そう、それだ。景斗は取っておいてくれたんだな……。本来の俺の一部を……」
そうか、蓮の本当の身体はもうない。意識だけが僕に乗り移った。それだけで、胸が痛くなる。
いくら作られた存在の魔生物でも、それ相応の命がある。蓮は魔生物として生きている時、仲間が人間に殺されていくのを、たくさん見てきたのだろう。
僕は親を失った。蓮は仲間を失った。失ったもの同士だから、気も合うしお互い楽しい。
「ほんとすまない……。もう俺が消えるしか……」
「ううん。その必要はないよ。だって、蓮がいて僕がいるんだから。僕は梨央みたいに心が強くない。だけど、蓮がいたから自分も強くなろうって思えてる」
「優人……」
ここで久しぶりに蓮が僕の名前を呼んだ。なんだか胸が熱くなる。彼が僕を呼ぶ時の大半が『オマエ』だ。こういうのはものすごく心配している時くらいだろう。
「優人……。魔生物として生まれた俺を……」
「もちろん、受け入れるつもりだよ。だって、蓮がいないと寂しいって、さっき言ったばかりでしょ」
「あはは、そうだったな。じゃあ俺はここに残る。オマエは一生俺のもの、そして、俺は一生オマエのものと約束する」
また、一緒にいられる。それが1番最初に感情の渦となってやってくる。もっと近くにいたい。もっと蓮を知りたい。
「うん……! 僕も、一生蓮のものでいるよ。もし僕の身体が蓮の意識に飲まれたとしても、僕として、自分であり続ける。覚悟もできてる」
「みたいだな。それに、俺たちには大事な任務がるんだろ? 俺の故郷を壊すってのが」
(え?)
「故郷を……壊す……」
「そんな深く考える必要はねぇよ。魔生物はいくらでも生み出せる。けど、人間の方は時間がかかる。儚さのレベルでいえば人間の方が儚い。俺ももう、人が消えるのは嫌なんだよ」
蓮はそんなことを言いながら天井を見上げる。そこには何もないけど、どこか悲しそうな目で眺めていた。
「本当に故郷を失ってもいいの?」
「もちろんだ。こんな戦争なんて、なんも利益は生まれないし。死骸を増やすだけだ。さっさと終わらせちまおうぜ」
「だね。行こう! 蓮の故郷の研究所に!」