あれからどれくらい寝ていただろうか。多分もう1日は経っている気がする。だんだんと聴覚が回復していく。
ここはどこなのだろうか。少しして、美味しそうな料理の匂いがしてきた。重い瞼を開ける。天井の照明が眩しい。
「あ、優人くん起きた?」
「……はい。怜音ここは……」
「ボクの部屋だよ。あの戦闘のあと、君は意識を失ってたからね。もちろん蓮くんも無事。景斗に確認してもらったから」
それなら良かった。僕は身体を起こそうと、上体を持ち上げる。だけど、なかなか座る体勢になれない。
非常に身体が重い。そして、だるい。こんなに疲れたことは今までなかった気がした。少しして、怜音の部屋に景斗さんが入ってくる。
その表情はとても呆れている様子だった。僕に――いや、蓮になにか問題でもあるのだろうか。
「やっと起きたみたいだね」
景斗さんの第一声。その声色はズンと重かった。
「君が……。いや、蓮さんが使った魔法は禁忌だよ」
「禁忌?」
「そう。あの魔法はかなり危険。失敗すれば記憶を失う。まあ、蓮さんが完成させたのは感心してるけどね」
そんな危険な魔法を――蓮が使ったということは、もしかしたら僕のことを忘れてしまっているかもしれない。
「じゃあ、蓮は……」
「うふふ。気になる?」
「え?」
景斗さんがキャラに合わないような微笑を浮かべた。
「魔法は――」
「はい……」
「問題なかったみたいだよ。蓮さんはすごいねぇ……。あんな巨大な魔法を正しい式で作っていた。僕の指導のおかげ……かな?」
そこで自画自賛するのかと思ったが、魔法は成功していたらしい。つまり、蓮は僕のことをしっかり覚えてくれている。記憶も喪失していない。
それだけで安心した。
「だけど、今はまた寝てるみたいだね……」
「ですね。でも、なんで景斗さんはわかるんですか?」
そうだ。景斗さんは蓮の状況を全部知っている。それも、全て当たっている。それだけでもすごいのに、景斗さんは僕の内側を見れないはずだ。
すると、景斗さんは右袖をまくり上げ始める。そこには紋章の刻印がたくさんついていた。なんだか痛そうにしか見えない。
「たしか……。この紋章だったかな……」
「すごい量ですね……」
「まあね、大半は自分でつけたものだけど……」
景斗さんが紋章を起動させる。すると、彼の瞳が緑色に変化した。
「うん。これだね……。蓮さんはー」
「だから寝てますって……」
「だと思う?」
「え?」
景斗さんは再び微笑を向ける。そして、僕の方へと近づいてきた。
「たしか、ここだったかな?」
彼は僕の目の前に立ち、首の付け根を引っ掻き始める。痛いのに気持ちいいのは何故なのだろうか。
すると、心の中でなにかが動いた。蓮の声が聞こえる――気がする。
「やっぱり、起きてたみたいだね」
「で、でもなんで……」
「それはね――、この紋章は優人さんが来た後につけたんだ。これは優人さんと蓮さんの健康を見守るための紋章。構築するのに時間かかったけどね」
軽くそう言う景斗さんはとても楽しそうだった。でも、これで蓮の意識も確認できたし、改めて一安心だ。
(蓮。聞こえる?)
――『ああ。けど、試作でもあれはキツかったわ。改良しねぇとな……』
(たしかに。もっと安全性を上げないとだね)
僕から見てあの魔法は凄かった。だけど、身体への負担は異常なくらい大きい。そこをなんとかする必要がありそうだ。
それでも、僕は蓮に憧れてしまう。だけど、彼はあくまでも魔生物の欠片。だから、もし僕が彼に近づきすぎたらどうなるかわからない。
でも、彼は僕に協力することを決めてくれた。だから、僕も蓮を信用している。信用し続けたい。いつまでもずっと。
そうしていると、景斗さんは『次は斬さんに用事があるから失礼するね』とだけ言って部屋を出る。
その後僕は怜音から治療を受けて自室へと戻った。