「怜音さん。この前優人くんが気絶してた時あったでしょ。その時最初に僕の部屋へ運んで貰ったの覚えてる?」
「覚えています。ただ、その後ボクたちは立ち入り禁止になって……。彼に何かしたんですか?」
景斗くんはゲート。空間魔法界隈では亜空間と呼ばれる場所からパソコンを取り出す。電源を入れて、とあるデータを引っ張り出してきた。
「まずはこれを見て」
彼が見せた画像。それは人の心臓の画像だった。丸みを帯びた形はテレビなどでよく目にする見た目だ。景斗くんはそれを3D画像に切り替える。
かなりリアルに作られていて、非常に生々しい。だけど、どこもおかしな点はなかった。これが優人くんと何か関係が?
「総司令。これは……」
「正常な心臓。
******
「なんでお母さんがここに……」
目の前にいる女性。たしかに僕の母親だ。だけど、もうこの世にはいないはず。7年前に亡くなったはずなんだ……。
現実を受け入れられない。こんな状況で再会するなんてありえない。そもそもなんで生きているのか。そこが一番の疑問だった。
「お母さん……」
「優人。大きくなったね……。ママも嬉しい」
「あ、ありがとう……で、いいのかな?」
とても喜べる展開ではない。僕は心のどこかで身構えていた。蓮も心情を把握したらしく、押し黙っている。
今いる部屋はそれなりに広かった。香水が部屋中に漂い、酔ってしまいそうだ。きっと、薬品の臭いを消すためなのかもしれない。
奥の方にはパソコンが置かれている。画面は煌々とついているが、書かれている内容は不明だ。
天井には照明があるがついていない。薄暗い空間はほんのりと青くなっている。目が異様にチカチカしていて、スマホよりも悪そうだ。
僕は蓮と一時的に交代して、景斗さんへ報告を行う。その後すぐに元に戻る。ここで蓮を知られたら、きっとお母さんも驚くかもしれない。
お母さんはゆっくりと僕の方へと近づいてくる。そして、約3メートル離れたところで止まった。
「だけど、なんで……生きて……」
自分の声が震えている。それにお母さんは続けた。
「私がどうして生きているか――」
******
「お! 優人さんから報告来た」
「報告? なんて来たんですか?」
「えーとね。〝研究所にて、亡くなったはずの母親と遭遇しました〟だって」
亡くなった優人くんの母親。偽物とかそういうものなのだろうか。だけど、それなら癖とかも多少差があるはずだ。
景斗くんは『やっぱりか』というような表情をしている。どうやら全てが繋がったらしい。
次に彼が差し出した画像。それは、赤い心臓ではなく、紫がかった黒っぽいものだった。形も歪で、人間のものとは言い難い。
そして、景斗くんはこれが優人くんの心臓だと説明してくる。これを見るに、彼の異質さが伝わってきた。
斬くんも、3D画像をクルクル回転させて、じっくりと眺めている。彼も気になっているのだろう。
「優人さんからの情報と組み合わせると、仕組みは多分こうなんだと思う――」
******
「私の心臓は優人。あなたから移植してもらったもの。あなたの
「じゃ、じゃあ、なんで僕は――」
******
「優人さんの今の心臓は」
「『はい――』」
「魔生物から移植されたものだと思うんだ」
******
「優人の心臓は魔生物から移植したもの。あなたは最初の成功例なんです」
僕の心臓が魔生物のもの……。そんなのありえない。僕はこうして生きているんだ。僕の身体は僕のものだから、全て自分のもののはずなんだ。
自分が動揺しているのが全身に伝わってくる。この苛立ちは初めてかもしれない。今目の前にいる母親は、もう僕の母親ではない。行動が考えられない。
そもそも、僕は人じゃなかったことに、驚きと恐怖など様々な感情が込み上げてきた。人ではない人の形をした何か。僕が何者なのかという無限の迷宮に入ったようで……。
どこかで怒りの感情が込み上げてくる。僕が怒っている。母親に対して激怒している。だけど、それを表に出せない。
僕は無意識に手を正面にかざしていた。無詠唱でライトニングを放つ。しかし、母親には当たらない。当てられない。
「じゃあ、母さんは何のために僕を産んだの? なんで僕は人と掛け離れた存在にならないといけなかったの?」
「なんのため? 私は普通に産んで普通に育てた
「僕が……消え……た……」
どういうことなのかわからない。理解が追いつかない。自分の存在意義を否定されてるようで、世間から離れさせようとしているようで……。
こんな紛い物が生きていていいのか。それすらも満足できない。納得できない。今目の前にいる人が僕の身体の一部で生きていて、僕はただ生かされてるような状態。
ここで景斗さんが言った言葉が繋がった。景斗さん。正確には彼の両親が産んで、成長して増えて、大人になった中に裏切り者がいると。
きっとそれは、僕の両親だ。最初から僕を――。
「お母さんは僕を人間として育てなかったってこと? 博物館に行ってたくさん笑いあったり。一緒に団欒して楽しんでたのも! 全部僕をこんな状態にさせるためにした嘘の思い出だったの!」
「優人……」
「もう僕の名前を呼ばないで! お母さんは……。僕のお母さんは生きていちゃいけないんだ……。生きていたら、僕は――」
上手く言葉をとして表せない。反抗期すら味わったことがないのに、自分の立ち位置がわからない。お母さんを、彼女を認めることができない。
「たしかに、私は一度死んだ。その事実はしっかり理解している
「僕が言ってるのはそういう意味じゃないんだ。僕はみんなと同じ人間として生きたかった。それを奪ったのは僕の両親だ。お前たちだ! 僕の身体を実験台にして、成功したからと言ってエスカレートさせて。罪のない人間や動物たちを弄んで。さっきから『つもり……つもり……』と不確かな返答しかしないし。そんな人こそ生きていてはいけないんだ。その気持ちが今のお前にわかるわけがない。わかるはずがない!」
「――ッ!?」
目の前の彼女は沈黙した。僕もこんなに声を荒らげたのは初めてだ。だけど、言いたいことをしっかり言えた気がした。
心の中で僕の様子を見てくれている蓮も、静かに手を叩いている。まるで『よく言った』とでも言ってるかのように。
今の僕には味方がたくさんいる。彼女以上に信用できる。信頼できる人がいる。彼女は僕以上の紛い物だ。人の命を、生命を甘く見すぎている。
――『優人。もう決心はついたか?』
(もちろん。ここにいる母親は、もう僕の母親じゃない。僕の身体を利用したゾンビだ。だから、僕はやるよ。たとえ、僕の
――『そうか。ごめんな。巻き込んじまって……』
(大丈夫。蓮もこの人に言いたいこと――ある?)
――『まあな。オマエ以上に山積みだ。一旦身体借りるぜ!』
「了解」