〝消える。消える。消えていく
僕の意識はどこへ
どこまでも沈んでいく
自分の意識が消えていく
これでいいんだ
でも良くない
どっちつかずの感情が
僕を迷宮へと連れ込む
消える。消える。消えていく
僕の存在が消えていく――……〟
「ゆ……と……く……」
(?)
「ゆう……と……くん……!」
(怜音……?)
途切れ途切れの言葉。はっきり聞き取ることができない。身体が動かない。力が入らない。そして、僕の中の何かが欠けていた。
「優人くん!」
「……は……はい……」
「やっと目を覚ました……。大丈夫?」
目を開いた先には、第一部隊と最上位クラスのメンバー全員が僕を見つめていた。僕の身体に何があったのかわからない。
「僕は……」
「戦闘中に倒れたんだ。そして龍の背中から落下した。治療はもう終わってるから安心していいよ」
「あ、ありがとうございます……」
怜音と梨央に支えられ、ゆっくりと起き上がる。長座の状態になると、胸がズキンと傷んだ。やっぱり何かがおかしい。
「怜音。蓮は?」
僕は怜音にそう尋ねた。彼は黙り込んだまま首を横に振る。そうだ。蓮が探していたもの。それを使えば……。
「それなんだけどね……。今、蓮くんが見つけたものを総司令が解析中だよ。彼によれば蓮は力を使い果たして昏睡状態。ただ、優人くんの中からは消えてないって」
「良かった……。少し……安心しました……」
僕は自分の手を見る。そこにはたくさんの傷跡。まだ皮膚の切れ目が見えていた。蓮が必死に探してたもの。
怜音の発言からして、しっかり見つけたようだ。龍は目の前で倒れている。バトルも無事に終わったらしい。
「中谷さん。さっきから優人に〝蓮〟って言ってるけど、蓮って誰なんですか?」
「春日井さん。最上位クラスのみんな。ボクから謝らないといけないことがある」
「『はい?』」
怜音は最初から謝ってばかりだ。僕がプロクラスと伝えた時のことを思い出す。あの時もひたすら謝っていた。
「蓮っていうのは、優人くんのもうひとつの人格。あと、景斗くんから特別に許可貰えたから伝えるけど、その蓮くんは元々魔生物だったんだ」
「蓮が――」
「――魔生物」
反応したのは、梨央と神代だった。2人は同時に顔を合わせたあと、僕の顔を見る。これはかなり危険だと、どこかで身構える自分。
梨央は僕の前で正座をする。そして、ポケットからハンカチを取り出した。対して、神代は鋭い目で僕を睨みつける。
僕を善と考える人と、悪と考える人の二極化。このままでは、最上位クラスのメンバーが分裂してしまう。
すると、夢乃さんが近づいて仲介に入り始めた。彼女は僕を中間の人として見ているのかもしれない。
「夢乃さん……ありがとうございます……」
「いいよー。わたしは気にしてないから。とりあえず、優人くんが無事でよかったって感じ? トドメも優人くんだったからね!」
「いや、多分それは蓮です……」
「あ、そっか、ごめーん!」
まだ整理が追いついてない人が多いみたいだ。神代の表情は変わっていない。喋ることもない。
すると、突然ゲートが開いた。出てきたのは景斗さんだ。彼は少し大きめの注射器を持っていて、とても嬉しそうな顔をしていた。
「お待たせ、優人さん。準備できたよ」
「準備?」
景斗さんは僕に注射器を手渡してくる。今回のは黒々とした液体が入っていた。それを手に取り自分に近づけると、身体が欲し始める。
「総司令お疲れ様」
「いえいえ。僕も蓮さんを失いたくないからね」
「そうだよね。ボクも同感。さ、優人くん」
その言葉で僕は注射器を自分の皮膚に向かってスライドさせた。しかし――。
「優人! 本当にそれ注射して大丈夫なの?」
梨央に注射器を持ってる手を掴まれ、止められた。
「実際のところ。大丈夫……ではないかな? だけど、蓮を起こすにはこれしかないんだ……」
「蓮を起こす?」
「うん。お母さんが言うには蓮はまだ不完全体。僕は蓮のためならなんでもするって決めたから。僕と蓮。『一つになる』って」
「お母さんって!」
「うん。詳しくは言えないけど、少し話せたんだ。もう二度と会えないけどね……」
梨央は僕の意見を聞いて手を離した。『今のうち』そう思って、自分の身体に注射器を刺す。
最初にやった時よりも痛い。黒い液体はどんどん体内に入っていく。全て入れ終わると、景斗さんが『まだあるよ』とさらに渡してきた。
「みなさん手伝ってもらえますか?」
僕の要求に動いたのは、第一部隊のメンバーだった。みんなが景斗さんから注射器を受け取り、僕の身体へと刺していく。
やはり痛い。かなり痛い。歯を食いしばってひたすら耐える。5分後全ての注射が終わった。
身体が少しだけ軽い。そして、少し彼の声が聞こえた気がした。
「ありがとうございます……! ッ!?」
「『優人くん!』」
「見世瀬先生……!」
突然のめまい。さっきは軽かったのに急に身体がだるい。余計に力が入らなくなり、意識が引きずり込まれていく。
目覚めた先は意識空間だった。ここに来るのは久しぶりな気がした。目の前にいるのは蓮だ。
「お疲れ」
『お疲れ様。まさかまた意識失うとはな……』
「それだけ頑張ったってことじゃない?」
「そうかもな……。ありがとう。優人」
(え?)
なんだろうこの空気は……。蓮の言葉が遠く聞こえてしまう。
「蓮……」
『もしや消えるんじゃないかって思ってんのか?』
「うん……なんとなく……」
『まあそうだよな……。今の俺は表に出られる状況じゃない。ちと無理し過ぎたかもな。俺の悪い癖だ……』
「悪い癖って……。僕はそう思わないけどね……」
蓮の身体が透けていく。本当に消えてしまうのか。失いたくない。本当の親がどこにもいない僕には、蓮しかいない。
小さい時から僕を見てくれたのは、彼しかいない。だから、消えて欲しくない……。
「蓮。どっか行っちゃうの?」
『行かないさ。ただ、今はとにかく眠いだけだ。話しかけてくれれば、できるだけ反応はする。勝負事はできないけどな』
「なら良かった。これからはできるだけ自分の力を頼るよ」
『そうしてくれ』
意識が引き戻される。再び目を覚ますと、元いた場所に戻っていた。倦怠感等はもうない。ゆっくりと立ち上がる。
「心配かけてごめん。ちょっと蓮と話してた」
「いいよいいよ。さ、帰ろうか……」
「その前に怜音。あの龍の処理いい?」
「『?』」
僕は横倒しになった龍の近くに向かう。そして、硬い鱗に手をかけた。内側に水泡を作る。そして、爆発させる。
これは怜音が前にやってた氷の爆発を起こす魔法の応用。ヘドロのようになった龍の胴体を自分の中へと移す。
身体に負担はかかるが、研究を増加させないためには、魔生物の残滓を取り込んだそのものを消す必要がある。
僕の身体ならきっと耐えられる。吸収するのに約5分から10分ほど。魔生物が持つ魔力が全身に流れていく。
そのおかげか、僕の魔力は全回復した。瓦礫撤去も軽く終わらせ。ようやく帰路につく。
帰り道の梨央はずっと黙り込んだままだった。後方からは相変わらずの鋭い視線。神代はまだ飲み込めてないらしい。
これが、今後。おかしな方向に行かないことを願っておくことにして、学校の入口前まで歩く。
そこで梨央たちと別れ、僕や第一部隊のメンバーは景斗さんと麗華さんが作ったゲートをくぐった。
無事に帰ってこられた。それだけが安心材料のようでどっと疲れが出る。明日は全く動けなさそうだな。そう思いながら、第一部隊の人たちと夕食を食べた。
僕の部屋には大量のノートが置かれていた。どれも新品だ。そこで一つ思いつく。今日から日記を書くことにしよう。
最初の1ページに、今日の戦いについて書いた。目標は、蓮の欠片を全部取り込むまで、綴ること。自分が生きていたということを書き記すこと。
いつかはどっちかが消える。片方が残った時寂しくないように。
こうして、僕の長い。長い1日が終わった。ベッドに横たわると、数分で眠りにつく。夢は見なかった。いや、見てたかもしれない。
平和を願う。平穏な日々が流れていく夢。気づけば外は明るくなっていた。
「みなさん。おはようございます! 今日も訓練よろしくお願いします!」