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第31話 (後編)

〝消える。消える。消えていく


 僕の意識はどこへ


 どこまでも沈んでいく


 自分の意識が消えていく


 これでいいんだ


 でも良くない


 どっちつかずの感情が


 僕を迷宮へと連れ込む


 消える。消える。消えていく


 僕の存在が消えていく――……〟


「ゆ……と……く……」


(?)


「ゆう……と……くん……!」


(怜音……?)


 途切れ途切れの言葉。はっきり聞き取ることができない。身体が動かない。力が入らない。そして、僕の中の何かが欠けていた。


「優人くん!」


「……は……はい……」


「やっと目を覚ました……。大丈夫?」


 目を開いた先には、第一部隊と最上位クラスのメンバー全員が僕を見つめていた。僕の身体に何があったのかわからない。


「僕は……」


「戦闘中に倒れたんだ。そして龍の背中から落下した。治療はもう終わってるから安心していいよ」


「あ、ありがとうございます……」


 怜音と梨央に支えられ、ゆっくりと起き上がる。長座の状態になると、胸がズキンと傷んだ。やっぱり何かがおかしい。


「怜音。蓮は?」


 僕は怜音にそう尋ねた。彼は黙り込んだまま首を横に振る。そうだ。蓮が探していたもの。それを使えば……。


「それなんだけどね……。今、蓮くんが見つけたものを総司令が解析中だよ。彼によれば蓮は力を使い果たして昏睡状態。ただ、優人くんの中からは消えてないって」


「良かった……。少し……安心しました……」


 僕は自分の手を見る。そこにはたくさんの傷跡。まだ皮膚の切れ目が見えていた。蓮が必死に探してたもの。


 怜音の発言からして、しっかり見つけたようだ。龍は目の前で倒れている。バトルも無事に終わったらしい。


「中谷さん。さっきから優人に〝蓮〟って言ってるけど、蓮って誰なんですか?」


「春日井さん。最上位クラスのみんな。ボクから謝らないといけないことがある」


「『はい?』」


 怜音は最初から謝ってばかりだ。僕がプロクラスと伝えた時のことを思い出す。あの時もひたすら謝っていた。


「蓮っていうのは、優人くんのもうひとつの人格。あと、景斗くんから特別に許可貰えたから伝えるけど、その蓮くんは元々魔生物だったんだ」


「蓮が――」


「――魔生物」


 反応したのは、梨央と神代だった。2人は同時に顔を合わせたあと、僕の顔を見る。これはかなり危険だと、どこかで身構える自分。


 梨央は僕の前で正座をする。そして、ポケットからハンカチを取り出した。対して、神代は鋭い目で僕を睨みつける。


 僕を善と考える人と、悪と考える人の二極化。このままでは、最上位クラスのメンバーが分裂してしまう。


 すると、夢乃さんが近づいて仲介に入り始めた。彼女は僕を中間の人として見ているのかもしれない。


「夢乃さん……ありがとうございます……」


「いいよー。わたしは気にしてないから。とりあえず、優人くんが無事でよかったって感じ? トドメも優人くんだったからね!」


「いや、多分それは蓮です……」


「あ、そっか、ごめーん!」


 まだ整理が追いついてない人が多いみたいだ。神代の表情は変わっていない。喋ることもない。


 すると、突然ゲートが開いた。出てきたのは景斗さんだ。彼は少し大きめの注射器を持っていて、とても嬉しそうな顔をしていた。


「お待たせ、優人さん。準備できたよ」


「準備?」


 景斗さんは僕に注射器を手渡してくる。今回のは黒々とした液体が入っていた。それを手に取り自分に近づけると、身体が欲し始める。


「総司令お疲れ様」


「いえいえ。僕も蓮さんを失いたくないからね」


「そうだよね。ボクも同感。さ、優人くん」


 その言葉で僕は注射器を自分の皮膚に向かってスライドさせた。しかし――。


「優人! 本当にそれ注射して大丈夫なの?」


 梨央に注射器を持ってる手を掴まれ、止められた。


「実際のところ。大丈夫……ではないかな? だけど、蓮を起こすにはこれしかないんだ……」


「蓮を起こす?」


「うん。お母さんが言うには蓮はまだ不完全体。僕は蓮のためならなんでもするって決めたから。僕と蓮。『一つになる』って」


「お母さんって!」


「うん。詳しくは言えないけど、少し話せたんだ。もう二度と会えないけどね……」


 梨央は僕の意見を聞いて手を離した。『今のうち』そう思って、自分の身体に注射器を刺す。


 最初にやった時よりも痛い。黒い液体はどんどん体内に入っていく。全て入れ終わると、景斗さんが『まだあるよ』とさらに渡してきた。


「みなさん手伝ってもらえますか?」


 僕の要求に動いたのは、第一部隊のメンバーだった。みんなが景斗さんから注射器を受け取り、僕の身体へと刺していく。


 やはり痛い。かなり痛い。歯を食いしばってひたすら耐える。5分後全ての注射が終わった。


 身体が少しだけ軽い。そして、少し彼の声が聞こえた気がした。


「ありがとうございます……! ッ!?」


「『優人くん!』」


「見世瀬先生……!」


 突然のめまい。さっきは軽かったのに急に身体がだるい。余計に力が入らなくなり、意識が引きずり込まれていく。


 目覚めた先は意識空間だった。ここに来るのは久しぶりな気がした。目の前にいるのは蓮だ。


「お疲れ」


『お疲れ様。まさかまた意識失うとはな……』


「それだけ頑張ったってことじゃない?」


「そうかもな……。ありがとう。優人」


(え?)


 なんだろうこの空気は……。蓮の言葉が遠く聞こえてしまう。


「蓮……」


『もしや消えるんじゃないかって思ってんのか?』


「うん……なんとなく……」


『まあそうだよな……。今の俺は表に出られる状況じゃない。ちと無理し過ぎたかもな。俺の悪い癖だ……』


「悪い癖って……。僕はそう思わないけどね……」


 蓮の身体が透けていく。本当に消えてしまうのか。失いたくない。本当の親がどこにもいない僕には、蓮しかいない。


 小さい時から僕を見てくれたのは、彼しかいない。だから、消えて欲しくない……。


「蓮。どっか行っちゃうの?」


『行かないさ。ただ、今はとにかく眠いだけだ。話しかけてくれれば、できるだけ反応はする。勝負事はできないけどな』


「なら良かった。これからはできるだけ自分の力を頼るよ」


『そうしてくれ』


 意識が引き戻される。再び目を覚ますと、元いた場所に戻っていた。倦怠感等はもうない。ゆっくりと立ち上がる。


「心配かけてごめん。ちょっと蓮と話してた」


「いいよいいよ。さ、帰ろうか……」


「その前に怜音。あの龍の処理いい?」


「『?』」


 僕は横倒しになった龍の近くに向かう。そして、硬い鱗に手をかけた。内側に水泡を作る。そして、爆発させる。


 これは怜音が前にやってた氷の爆発を起こす魔法の応用。ヘドロのようになった龍の胴体を自分の中へと移す。


 身体に負担はかかるが、研究を増加させないためには、魔生物の残滓を取り込んだそのものを消す必要がある。


 僕の身体ならきっと耐えられる。吸収するのに約5分から10分ほど。魔生物が持つ魔力が全身に流れていく。


 そのおかげか、僕の魔力は全回復した。瓦礫撤去も軽く終わらせ。ようやく帰路につく。


 帰り道の梨央はずっと黙り込んだままだった。後方からは相変わらずの鋭い視線。神代はまだ飲み込めてないらしい。


 これが、今後。おかしな方向に行かないことを願っておくことにして、学校の入口前まで歩く。


 そこで梨央たちと別れ、僕や第一部隊のメンバーは景斗さんと麗華さんが作ったゲートをくぐった。


 無事に帰ってこられた。それだけが安心材料のようでどっと疲れが出る。明日は全く動けなさそうだな。そう思いながら、第一部隊の人たちと夕食を食べた。


 僕の部屋には大量のノートが置かれていた。どれも新品だ。そこで一つ思いつく。今日から日記を書くことにしよう。


 最初の1ページに、今日の戦いについて書いた。目標は、蓮の欠片を全部取り込むまで、綴ること。自分が生きていたということを書き記すこと。


 いつかはどっちかが消える。片方が残った時寂しくないように。


 こうして、僕の長い。長い1日が終わった。ベッドに横たわると、数分で眠りにつく。夢は見なかった。いや、見てたかもしれない。


 平和を願う。平穏な日々が流れていく夢。気づけば外は明るくなっていた。


「みなさん。おはようございます! 今日も訓練よろしくお願いします!」

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