麗華さんは僕に画面を見せたまま、端末を素早く操作する。そのマップには、真ん中に赤い点。
彼女が言うにはこれが現在地らしい。そして、どんどんその点が小さくなっていき、広い大地が大雑把に表示された。
緑と茶色だけのもの。それが広大に伸びていて、まるでブーメランのような姿になる。
そこの曲がった部分にフォーカスを当てて、近づいていく。複数の枠。これが関東地区というらしい。
「見世瀬さんの大学があるのは、ここにある真ん中の枠より下。ちなみに、その枠はかつて埼玉という県があった場所です」
「埼玉……? 聞いたことないです」
「そうでしょうね。今は都道府県というものは存在せず。地区分け区間分けとなっています」
「なるほど……。だけど、僕の母は『各都道府県に10個ずつ』って……」
たしかに、言っていた。でも都道府県というものが存在しないのなら、どこがどの県なのかすらも把握できない。
「大丈夫です。旧都道府県各地に都道府県名が書かれた石碑が置かれていますので、それを頼れば――。ッ!?」
「麗華さん?」
彼女はふと気づいたように、天井を見上げる。そこには、研究所でも見た点滅する蛍光灯。
麗華さんによれば、第一部隊本部があるのは関東北区で問題はないようだが……。
「とうとうですか……」
「どういうことですか?」
「説明しますと、関東地区の電力が急激に低下して、供給が間に合ってないんです。北区と南区を繋げる電線も切断されており、今現在修復部隊を派遣して対応中でして――」
「じゃあ、南区はしばらく電気が使えない……と……」
「そうですね……。一応。総司令も電力提供準備を行ってますが――。修復が終わる前に、蓄電が終わってしまいそうです」
(と言われても……)
まだこの第一部隊に入ってから、数週間しか経ってない僕は、自分の部屋とリビング、お風呂。そして景斗さんの部屋しか知らない。
僕は麗華さんに案内され、倉庫のような場所に連れていかれた。そこには、透明ガラスのタンクのようなケース。
大きさは人が一人入れるようなもので、その中の一つに景斗さんの姿があった。頭にはなにかを被っていて、表情変えずにすまし顔。
「これは?」
「これは、訓練用のものではありますが、上級者向けのものですね」
「いえ、そういう意味ではなくて、この機械で景斗さんは何をしているんですか?」
「そちらの質問ですか……。これは〝魔力発電機〟。人が持つ魔力を最大限に引き出しつつ、それを電力に変換する装置です」
魔力発電機。これも初耳だ。この機械を導入しているのは、今現在関東地区のみ。
人体にも悪影響を及ぼす可能性があるため、使用許可されているのは隊長と副隊長。そして、総司令の景斗さんだけらしい。
だけど、なぜこんなことをして。他にも発電方法があるはずだし、関東地区以外の地区では、別の方法を採用しているはず。
「もし良ければ訓練がてらやってみます? これをクリアすれば、ほとんどの環境に対応できるようになりますし」
「ほとんどの環境……」
麗華さんは別の機械を操作し始める。それは、景斗さんが入ってるものと同じものだった。
僕は興味のせいで機械に近づく。そして、内側を何度も目に焼き付けた。天井にはヘルメットが吊り下げられていて、ブラブラと揺れている。
「これから麗華さんは?」
「私ですか? 私は総司令が入ってる機械整備と電流の出力調整。その後お昼の準備と夕食の買い出しですね。まあ、亜空間の中に食材は沢山入っているので問題ないですが……」
(実質買い物要らず……)
ここまでなると、僕も空間魔法を使いたくなる。
――が、結局のところ蓮がいないと魔法錬成ができない現状に困ってしまう。
早く目を覚まして欲しい。本人がショートスリーパーだろうと言っておいて、スーパーロングスリーパーになっている。
それ自体がかなりおかしい。
「よし、この機械の整備は終わりました。次は総司令の方ですね」
「たしか電力出力調整でしたっけ?」
「はい。本人から1時間置きに出力を上げて欲しいと頼まれたいましたので」
「なるほ……。え? 出力を上げるってことは――」
「次で、MAXですね。私でも耐えられないレベルの電流が流れます。元々この機械は総司令のお遊びから生み出されたもので、最大値設定が総司令基準なんですよ」
「なるほどです……」
麗華さんは景斗さんが入った機械を操作する。画面を見させてもらうと、そこには見た事のない記号が表示されていた。
その前に書かれている数字が100から500に変わる。機械は悲鳴をあげるように揺れ、景斗さんはそれに苦しむことなく顔を変化させない。
この人も僕と同じ人ではない域に入っているんだ。僕は魔生物の一部を持っているし、彼は死すら知らない人。
しばらくして、機械が止まった。麗華さんによれば、電力の補填が終わったらしい。機械のロックを開けて、扉を手前に引くと、景斗さんが出てきた。
「うん。今回もいいリフレッシュになった」
(第一声がそれなんだ)
「じゃ、僕は修復部隊の手伝い行ってくるねー。優人さんもこの後臨時訓練あるから頑張ってねー。ちなみに今回は潜水訓練だってー」
「は、はい……! 精一杯頑張らせていただきます」