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第4話 (中編)

 せんすい。僕はその意味が理解できなかった。とりあえず、麗華さんの後ろをついていく。


 大きな扉を開けた先は、水の入った巨大なプール。縁は椅子よりも低い段が設置されている。


 気になって中を確認すると真下は黒く、かなり深いことがわかった。


 麗華さんに意味を聞くと、このプールの深いところまで潜るらしい。


 つまり景斗さんが言ってたのは、水中での活動をする訓練ということらしい。しかし、自分が泳げるかはわからなかった。


 そもそも僕は水魔法を使う側で、こんな場所なんて見たことがない。


 麗華さんは僕に潜水用の服を渡してくる。全身タイツに見えたがこれはスーツというらしく、水中で活動するためだけの素材を使っているらしい。


 更衣室の場所を教わると、そこで着替えた。男子更衣室はもうすでに星咲副隊長と怜音の姿があった。


 後ろのファスナーを怜音に頼んで準備を終わらせる。


「準備できましたか」


「はい!」


「では潜水訓練開始。の前に今回は見世瀬さんが初参加ですので、潜水時の注意点を説明します」


 潜水時の注意点。普通に中に入ればいいだけだと思うけど違うらしい。勝手に動こうとする身体を止めて、麗華さんの言葉に耳を傾ける。


「まず潜水の基本。今回は船上・海上であることを前提として、背中から入ってください。私が見本を見せますので、真似して入ってください」


 すると麗華さんはプールに背中を丸めた状態で縁に座ると、鼻をつまんで真後ろに倒れこんだ。


 小さい水音が鳴る。中を覗くと、彼女は身体を回転させて、顔を出した。


「では、皆さんも続いてください」


「『はい』」



 副隊長、怜音と後を追うように仲間たちが入っていく。僕も見よう見まねで入ると、全身がひんやりと冷えた。


 麗華さんによると、このプールの水温は0度以下に設定されているらしい。


 冬の海なんて入ったことは一度もない。そもそも、僕は海というものを知らない。


 多分ここよりも、ずっと、ずっと広いのだろう。


 そうしている間にも、体温が下がっていく。気が付けば、他のメンバーの姿が消えていた。


 水の底を見ると、多数の人影。みんな潜って行ってしまったらしい。僕も水中に潜る。水圧が全身を襲った。           


(あれ。沈まない……)


 僕は必死に身体をバタつかせる。だけど、潜ることがなかなかできない。すると、一人の人影が近づいてきた。


「見世瀬さん。潜る時どうしてますか?」


「え、えーと。頭を下に向けて普通に……」


「それはここよりも浅いプールでです。大部分は同じですが……。見世瀬さんは潜る時大量に空気を吸っていませんか?」


「そ、それは……」


 たしかに、水面にいる時は普通に呼吸できるけど、水中ではそれができない。それを知ったタイミングで、僕は空気を一気に吸い込んでいた気がする。


 麗華さんは短く吸うと、中へと入っていく。彼女が言うには、空気は浮き輪と同じ効果――そもそも浮き輪がなにか知らない――があるらしい。


 つまり、空気を吸うよりは酸素を吸う感覚が大事なようだ。僕も短く吸うと潜る。目の前を泳ぐ麗華さんは、斜め下を向いて前方へと進んでいる。


 自分も同じ角度に変えると、どんどん深くまで潜っていく。だけど、深くなればなるほど、呼吸は苦しくなっていった。


 僕は水流に揉まれながらも目を開き、鮮明になっていくメンバーを見る。なのに、彼らは苦しそうにすることなく、ピタリと停止していた。


「麗華……さん! な……んで……み、みんなは……」


「何故呼吸が安定しているのかについてですね。それは、ただ一つ。魔力を酸素に変換して、体内完結しているからです」


(魔力を酸素に……。そういえば、研究所で蓮がやってたはず)


 だけど、そのやり方を教わらなかったので、自己完結ができない。


 そうしている間にも、意識が遠のいていく。このままでは何もできない。


「見世瀬さん。酸素ボンベを渡しますので、一旦浮上しましょう」


「……は、はい!」


 僕は麗華さんと浮上体勢に入る。水面が遠く感じて、何度腕を掻き回しても近づく感覚がしない。


 全身が震えている。寒い……。ものすごく寒い。凍りついてしまいそうなくらいだ。削られていく体力に、疲れが溜まっていく。


「見世瀬さん、私の手と繋いでください。このペースだと非常に危険です」


「で、です……よ……ね……」


 彼女の手を握る。冷たい水の中なのに、その手のひらは温かかった。急浮上すると亜空間通路が開き、そこから水の外へ出る。


「少々お待ちください。使える酸素ボンベを持ってきます」


「さっきから酸素ボンベって言ってますけど……」


「なにかわからないことでもありますか?」


「はい。何故僕たちは水中での訓練をしているんですか?」


 水中での作業であれば、それに特化した人たちがいてもおかしくない。なのに、麗華さんは口を閉じたまま突っ立っていた。


 改めて周辺を見回す。水の外の世界はとても小さく見えた。僕が行ったことがない場所。そこを早く知りたい。


 そこで、ようやく麗華さんが口を開いた。


「かつてこの日本には〝自衛隊〟という部隊がいました。しかし、魔生物には歯が立たず、犠牲者が倍増。それを見た総司令は三龍傑が事前に用意した資料を使い、政府と協力して対魔生物部隊。つまり討伐部隊を設立しました。それと同時に自衛隊の存在が薄れ、彼らがしていたこと全てを討伐部隊が担うことに。私たちは陸海空全てをしなければなりません」


「ちょっと……。僕には難しいですね……。自衛隊って弱かったんですか?」


「そこまでは総司令に聞くしかありませんね。酸素ボンベの準備ができそうなので、少しお待ちください」

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