麗華さんは、亜空間通路を行ったり来たり。様々な道具を持ってきては、組み立てをしている。
酸素を出すマスク。酸素を入れたカプセルを大きくしたような容器。これを接続から何から麗華さんがしているのを見ると、とても申し訳なく思う。
しばらくして、準備が完了した。彼女から背負うよう言われ、ボンベを担ぐと重心が大きくブレた。
この重さは酸素を入れてるものの重さとの事で、足が覚束ない。今の状態で水中に潜れば、浮上ができないような気がした。
「さ、入りますよ」
「は、はい……。だけど、僕だけこれでいいのかな?」
「本番ではやめた方がいいですね。酸素ボンベを使ってる間は詠唱魔法が使えなくなります。どんな状況でも臨機応変に対応する。それが私たち討伐部隊がしなければならないことです。あとで総司令に見世瀬さんに最適な水中訓練のメニューを作成してもらいましょう」
「は、はい……。すみません……」
僕は酸素ボンベのマスクを口に当て、酸素が出る管を咥える。入る時はさっきと一緒で、背中から着水。
最初の時よりも楽だけど、逆に背中を反ることができなくなったので、動きに制限がかかってるイメージ。
みんなを待たせているので、とりあえず仲間がいる深さまで潜る。2回目となれば感覚が掴めてグイグイと深いところまで行ける。
「見世瀬さんはここでお待ちください」
「わかりました」
水中で停止する。一つ間違えれば浮かんでしまうので、少量の酸素を体内に入れる。両手足を上手く動かし安定と固定。
これだけでも重労働だ。よく他のみんなができるなと思ってしまう。やがて、麗華さんが戻ってくる。
「皆さんの体調状態を確認しました。生存できる時間を考えて、あと一時間が限界ですね。今回見世瀬さんはその場で見学してください」
「え? どうしてですか……」
「そもそも、私たち討伐部隊が酸素ボンベを装着して行動すること自体タブーなのです。そのボンベが外れるまでは、訓練に参加させることはできません」
(そんな……)
本当に蓮の存在が僕に必要なんだと思った。このボンベを卒業して、水中での訓練に参加できるようになるまでお預け。
みんなとは違う。肩を並べられないのがとてもつらい。自分は誰かに頼ってばかりなんだ。頼ることしかできないんだ。
たしかに、龍戦の時はほとんど蓮に任せていた。僕が目を覚ました時には彼の意識が消えていて、話したのもそれっきり。
『僕を魔力に変換して』。その言葉に従ったのかはわからない。なのに消えるはずの僕が生きていて、蓮が起きない。
考えられるのは、〝蓮自身が魔力化〟したということ。景斗さんは問題ないと言ってるけど、信用していいのかわからない。
「では皆さん。短時間ではありますが訓練を開始しましょう。それぞれのレベルで分かれてください」
「『はい!』」
メンバーが散らばる。相変わらず呼吸は安定していて、苦言すら発さない。第一部隊の凄さはここにもあったのかと、何もできないことに悔しくなる。
散開したメンバーはそれぞれで魔法を行使し、戦闘訓練が始まった。しかし、隊長と副隊長、怜音以外のメンバーは目標が定まっておらず、攻撃を外しまくっている。
上位三人組。彼らの強さは半端なく、3人だけで練習をしている。時間はあっという間に過ぎて一時間。
麗華さんから浮上命令が出たので、体勢を整える。今回の水深は深海の一歩手前。
水圧の関係で人体に悪影響があることから、ゆっくり浮かんでいく。
地上――といっても屋内だが――に上がると、酸素ボンベのありがたさに全意識が向いた。
しかし、酸素ボンベに頼りっきりでは、水中戦ができない。それだけでも嫌なのに、能力の低さが小学生時代を思い起こされる。
昔と比べれば、魔法の練度は上がった方だ。戦闘技術も研究所でのことや、毎日の訓練で上達している。もちろん自覚もある。
それでもまだ僕は弱い。蓮と協力すればかなり違うが僕単体ではこの第一部隊で一番低いだろう。
高校でもそうだった。1年の時にも魔力測定をしたが正確な数値が出ず、先生の要求に答えるうちに破壊までしてしまった。
そんな僕は景斗さんが作った三英傑のメンバーに入っている。僕が怜音と星咲副隊長と肩を並べている。
部外者で間違いないのに、本当にこれでいいのか。そればかりが脳内でグルグル……。グルグル……。グルグル……。
「優人さん!」
「はッ! すみません、ちょっと考え事を――って景斗さん!?」
僕が思考の迷宮に入っている間に彼以外の人の姿は消えていて、僕と景斗さんの二人きり。
いや、麗華さんと怜音の姿はあった。けど、プールの掃除中だ。きっと終わったらすぐにいなくなる。
少しして彼女らが事を終えると、僕と景斗さんをスルーして出ていった。
「なんで景斗さんが?」
「それはね。はい、これ。君の訓練メニュー。あとは、新しい魔法式もあげる。一応聞くけど、幻水と水壁を解析したのは優人さんで合ってる?」
「は、はい……。あの時は蓮が寝てたので自力でやりました」
「なら大丈夫だね。今回渡す魔法式は水中呼吸の補助的なものだから、どちらにしてもボンベ無しでの活動が必須。とにかくボンベがない状態で潜って、長時間活動できるように頑張ってねー。じゃ、僕は今日の訓練のレポート書かないとだから、さよーならー!」
景斗さんはそういうと、魔法式が書かれた帯を僕に渡してきた。それを受け取ると、彼は亜空間通路を通って消える。
僕も自室に戻ろう。更衣室でスーツを脱ぐと、洗濯カゴに入れる。私服に着替える時には全身が乾いていた。
この更衣室には乾燥機能もついているらしい。潜水後は暖房をつけていて、空気も乾いた状態。自然に水滴が蒸発し、そのまま服を着ることができる。
プール部屋を出ると、来た道を戻って自室に向かった。だけど、なんであの場所に景斗さんがいたのか。
彼は神出鬼没だ。いつどこで鉢合わせるかわからない。どうしても彼のことが気になるので、一度景斗さんの部屋に寄ってから戻ることにした。