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第7話 (前編)

 景斗さんの部屋を出て、僕はそのまま自室に直行した。どうせ料理は怜音が食べてくれただろう。そう思いながら部屋に入る。


 ここでの生活――だけは慣れてきた。毎朝4時起床。1回目の朝食。訓練。シャワーを浴びる余裕まで出てきた。


 今日は景斗さんのレシピ通りに魔力水を作ってみよう。食器置き場からジョッキを取り出そうとすると、蓋を被せてあるものを見つける。


 気になって開けると、中には巨大なオムライスが入っていた。どうやら怜音は僕の分を食べずに残してくれたらしい。


 備え付けの電子レンジ。近くに置かれた取扱説明書。それを何度も見ながら、オムライスを温める。


 チン。温めが終わると、シャボン玉の中に入れて机へ運んだ。手ぶら最高。というのは置いといて、引き出しからスプーンを出してくる。


 軽くすすぎ、テーブルの前に座ると、ゆっくり食べ始めた。


 麗華さんが作るオムライスは玉子がほんのり甘く、中に潜んでいるご飯はケチャップライスではなく、味が濃いめのチャーハンだった。


 すると、蓋の中から一枚の紙がひらり落ちる。それを拾うと、書かれていたのは謝罪のメッセージだった。


〝ケチャップを切らしてしまい、一人分チャーハンになってしまいました。他に許してくれる人がいるか問いかけたのですが、誰も手を挙げず、最終的に見世瀬さんに回ってしまったこと申し訳ございません〟


 なんだそんなことかと、素直に納得した。僕自身ケチャップは得意ではなかったので全然問題ない。


 結果オーライって言葉が合うのかなと、少し嬉しくなる。そして、文面にはさらに続きがあった。


〝それでも作りすぎてしまい、しっかり反省して私はチャーハンとケチャップライス両方を食べました。チャーハンは味をかなり誤魔化すことになってしまいましたが、大丈夫だったでしょうか? あとで感想を聞かせてください。また、予定通り買い出しのため、午後の訓練に私は参加しません。今日は副隊長一人なので、大ごとを起こさないよう気をつけてください〟


「だって……」


 ――『マジかよ……。ってことは……』


「あの時は蓮が悪いんだからね。もっと手加減を覚えないと」


 ――『は? なら戦闘ルールを考えておくべきだとは思うけどな……。俺もアイツは嫌いだ……。なんつったか……』


「星咲斬副隊長」


 ――『そうだそれだ』


 蓮と副隊長が喧嘩したら何が起きるかわからない。蓮も喧嘩を売りがちだし、副隊長もすぐ買うし。似たもの同士の喧嘩ってどうも面白く感じない。


 というよりも、僕は喧嘩が嫌いだ。何事も平等に、安全第一が好み。だから、あまり関わりたくないんだけど……。


 突然スマホが鳴る。僕は画面をつけて確認すると、池口先生からのメッセージだった。『記事を詳しく見た?』たったそれだけが書かれている。


 保存スペースから記事を引っ張り出す。タイトルは〝見世瀬少年が密閉された樽で見つかった〟ということ。


 蓮に問いかけると、『心当たりがある』と言った。もしかして、僕の記憶ではなく蓮の記憶なのだろうか。


 ――『まさか記事になってるとはな……』


「え? どういうこと?」


 ――『あの時見世瀬と名乗ったのは俺だ。ほら、オマエが気づいた時、俺オマエの名前知ってただろ?』


「う、うん」


 ――『昔も俺の声聞かなかったか?』


 覚えてない。記憶力の低い僕に彼の声がない。だけど、何かに向かって自分の名前を発したことだけは覚えていた。


「もしかしてあの時」


 ――『そうだ。その後オマエは意識を失った。まあ俺が復活させてやったんだけどな』


「それは、ありがとう……」


 ――『なんのなんの。これくらい簡単だっての!』


 そういう彼の声はどこか無理をしているようだった。あの時僕は表の世界を見ていない。何があったのかも知らない。


 僕は池口先生に『全部見ました。訓練があるのでしばらく返信できなくなります』と伝えた。


 皿を片付ける。リビングに設置された巨大な食器棚。高いところはシャボン玉を上手く使いしまう。


 そのまま、訓練場に向かった。今日は休日のメニューを少し変更した、不規則な時間割。だけど、対応力も上がった気がする。


 初めて来た時は蓮任せだった鉄の大扉。今では魔法ひとつで開けられるように。


 中にはもうすでにたくさんの人が集まっていた。見たことがない顔触れまであった。


「星咲副隊長。遅くなりました!」


「……」


「副隊長?」


 星咲副隊長はずっと黙り込んだまま。僕は蓮が表に出ないよう、抑え込む。だけど、彼の力が強すぎて決壊した。


 無理やりバックに移動される。蓮が星咲副隊長の胸ぐらを掴む。それから力任せに振り回すと、遠くまで投げ飛ばした。


 だけど、副隊長は怒ることもなく流れに身を任せている。何があったのだろうか。僕は蓮にやめるよう伝えても、暴走は止まらない。


 今度は魔法を使って攻撃を開始した。怜音が対抗手段を行い、関係ない人に被弾しないようガードする。


 しかし、蓮の魔法は威力が高い。練度も僕の倍以上だ。加えて、魔法の応用も多彩なので、瞬く間に怜音のバリケードが破壊される。


 蓮の猛攻はそれでも終わらない。どうやら、星咲副隊長に状況説明してもらうまで停止しないだろう。


『れ……』


『ん?』


『いや、いい。そのまま続けろ。このまま訓練に移行する』


『なんだかわかんねぇが、容赦はしないぜ!』


『臨むところだ!』


 結局、蓮と星咲副隊長の魔法魔法の殴り合いが始まってしまった。


 さっき星咲副隊長が〝蓮〟と言いかけたのには疑問が残るが、きっと聞かせたくないメンバーがいるのだろう。


 僕は蓮の見えてる世界を観戦しながら、地上にいる人たちを確認する。まず、服装が違った。


 第一部隊は基本戦闘服。いつでも出動できるようにするためだ。だけど、地上にはスーツを着てる人が半数。


 胸元には名前の書かれたプレートを身につけていて、心配そうにこちらを見詰めている。


『盲視術 ブルーアウト!』


『そっちも本気なら、やってやんよ! オラァ!』


『は? エンチャントしてないやつに何ができんだよ!』


『んだと! ならテメェは盲視術使うな! 卑怯にもほどがあんだろ!!』


 戦闘とは関係ない口喧嘩。このままエスカレートしたら……。


『ふーん。盲視術使うなって言うなら解除してやるよ。そんで怯えてるんじゃ副隊長失格だと思うけどな!』


『大口叩くんじゃねぇ。一般隊員には言われたくねぇよ! ゴラァ!』

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