景斗さんの部屋を出て、僕はそのまま自室に直行した。どうせ料理は怜音が食べてくれただろう。そう思いながら部屋に入る。
ここでの生活――だけは慣れてきた。毎朝4時起床。1回目の朝食。訓練。シャワーを浴びる余裕まで出てきた。
今日は景斗さんのレシピ通りに魔力水を作ってみよう。食器置き場からジョッキを取り出そうとすると、蓋を被せてあるものを見つける。
気になって開けると、中には巨大なオムライスが入っていた。どうやら怜音は僕の分を食べずに残してくれたらしい。
備え付けの電子レンジ。近くに置かれた取扱説明書。それを何度も見ながら、オムライスを温める。
チン。温めが終わると、シャボン玉の中に入れて机へ運んだ。手ぶら最高。というのは置いといて、引き出しからスプーンを出してくる。
軽くすすぎ、テーブルの前に座ると、ゆっくり食べ始めた。
麗華さんが作るオムライスは玉子がほんのり甘く、中に潜んでいるご飯はケチャップライスではなく、味が濃いめのチャーハンだった。
すると、蓋の中から一枚の紙がひらり落ちる。それを拾うと、書かれていたのは謝罪のメッセージだった。
〝ケチャップを切らしてしまい、一人分チャーハンになってしまいました。他に許してくれる人がいるか問いかけたのですが、誰も手を挙げず、最終的に見世瀬さんに回ってしまったこと申し訳ございません〟
なんだそんなことかと、素直に納得した。僕自身ケチャップは得意ではなかったので全然問題ない。
結果オーライって言葉が合うのかなと、少し嬉しくなる。そして、文面にはさらに続きがあった。
〝それでも作りすぎてしまい、しっかり反省して私はチャーハンとケチャップライス両方を食べました。チャーハンは味をかなり誤魔化すことになってしまいましたが、大丈夫だったでしょうか? あとで感想を聞かせてください。また、予定通り買い出しのため、午後の訓練に私は参加しません。今日は副隊長一人なので、大ごとを起こさないよう気をつけてください〟
「だって……」
――『マジかよ……。ってことは……』
「あの時は蓮が悪いんだからね。もっと手加減を覚えないと」
――『は? なら戦闘ルールを考えておくべきだとは思うけどな……。俺もアイツは嫌いだ……。なんつったか……』
「星咲斬副隊長」
――『そうだそれだ』
蓮と副隊長が喧嘩したら何が起きるかわからない。蓮も喧嘩を売りがちだし、副隊長もすぐ買うし。似たもの同士の喧嘩ってどうも面白く感じない。
というよりも、僕は喧嘩が嫌いだ。何事も平等に、安全第一が好み。だから、あまり関わりたくないんだけど……。
突然スマホが鳴る。僕は画面をつけて確認すると、池口先生からのメッセージだった。『記事を詳しく見た?』たったそれだけが書かれている。
保存スペースから記事を引っ張り出す。タイトルは〝見世瀬少年が密閉された樽で見つかった〟ということ。
蓮に問いかけると、『心当たりがある』と言った。もしかして、僕の記憶ではなく蓮の記憶なのだろうか。
――『まさか記事になってるとはな……』
「え? どういうこと?」
――『あの時見世瀬と名乗ったのは俺だ。ほら、オマエが気づいた時、俺オマエの名前知ってただろ?』
「う、うん」
――『昔も俺の声聞かなかったか?』
覚えてない。記憶力の低い僕に彼の声がない。だけど、何かに向かって自分の名前を発したことだけは覚えていた。
「もしかしてあの時」
――『そうだ。その後オマエは意識を失った。まあ俺が復活させてやったんだけどな』
「それは、ありがとう……」
――『なんのなんの。これくらい簡単だっての!』
そういう彼の声はどこか無理をしているようだった。あの時僕は表の世界を見ていない。何があったのかも知らない。
僕は池口先生に『全部見ました。訓練があるのでしばらく返信できなくなります』と伝えた。
皿を片付ける。リビングに設置された巨大な食器棚。高いところはシャボン玉を上手く使いしまう。
そのまま、訓練場に向かった。今日は休日のメニューを少し変更した、不規則な時間割。だけど、対応力も上がった気がする。
初めて来た時は蓮任せだった鉄の大扉。今では魔法ひとつで開けられるように。
中にはもうすでにたくさんの人が集まっていた。見たことがない顔触れまであった。
「星咲副隊長。遅くなりました!」
「……」
「副隊長?」
星咲副隊長はずっと黙り込んだまま。僕は蓮が表に出ないよう、抑え込む。だけど、彼の力が強すぎて決壊した。
無理やりバックに移動される。蓮が星咲副隊長の胸ぐらを掴む。それから力任せに振り回すと、遠くまで投げ飛ばした。
だけど、副隊長は怒ることもなく流れに身を任せている。何があったのだろうか。僕は蓮にやめるよう伝えても、暴走は止まらない。
今度は魔法を使って攻撃を開始した。怜音が対抗手段を行い、関係ない人に被弾しないようガードする。
しかし、蓮の魔法は威力が高い。練度も僕の倍以上だ。加えて、魔法の応用も多彩なので、瞬く間に怜音のバリケードが破壊される。
蓮の猛攻はそれでも終わらない。どうやら、星咲副隊長に状況説明してもらうまで停止しないだろう。
『れ……』
『ん?』
『いや、いい。そのまま続けろ。このまま訓練に移行する』
『なんだかわかんねぇが、容赦はしないぜ!』
『臨むところだ!』
結局、蓮と星咲副隊長の
さっき星咲副隊長が〝蓮〟と言いかけたのには疑問が残るが、きっと聞かせたくないメンバーがいるのだろう。
僕は蓮の見えてる世界を観戦しながら、地上にいる人たちを確認する。まず、服装が違った。
第一部隊は基本戦闘服。いつでも出動できるようにするためだ。だけど、地上にはスーツを着てる人が半数。
胸元には名前の書かれたプレートを身につけていて、心配そうにこちらを見詰めている。
『盲視術 ブルーアウト!』
『そっちも本気なら、やってやんよ! オラァ!』
『は? エンチャントしてないやつに何ができんだよ!』
『んだと! ならテメェは盲視術使うな! 卑怯にもほどがあんだろ!!』
戦闘とは関係ない口喧嘩。このままエスカレートしたら……。
『ふーん。盲視術使うなって言うなら解除してやるよ。そんで怯えてるんじゃ副隊長失格だと思うけどな!』
『大口叩くんじゃねぇ。一般隊員には言われたくねぇよ! ゴラァ!』