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第2部 エレクトリックイーター編

第1話

〝見世瀬優人様


 第一部隊での活躍、心より感謝いたします。日本魔生物討伐協会にて、本日付で見世瀬様を第一部隊次期隊長候補に挙げられましたので、お伝えいたします〟


 ――――――――――


 大学内周辺を駆け巡り、僕たちは授業を受ける教室に辿り着く。中には10から15人ほどの生徒。思ってたよりも少ない。


 ネットに流れていた大学のイメージは、大きな会場に2、30人以上が一同に会して勉強するものだと思っていた。


 だけど、ここは普通の教室だ。高校とそんなに変わらない。僕と梨央で周辺を見回していると、担当になる先生がやってくる。


 首には名前が書かれたカードをぶら下げていた。先生は僕と梨央の前に立つとニッカリ笑う。


「キミたちが新しくこの学科に入る生徒かな?」


「『はい!』」


「初めまして、池口いけぐち勇仁ゆうじんと言います。お二人は名前が呼ばれるまでここでお待ちください。入ったら、順に紹介いたしますので自己紹介を各自お願いします」


「『わかりました』」


 池口先生が教室に入っていく。まもなくしてホームルームが始まり、いつ名前が呼ばれるか緊張が走る。


 日直らしき生徒が号令をかける。一斉に立ち上がり、朝の挨拶を行う。着席を終えると、ついにその時が来た。


「この学科に新しく入る生徒が2名います。見世瀬さん。春日井さん。どうぞこちらへ……」


「『はい!』」


 僕と梨央は一緒に教室の中へと入る。ここにいる人はみんな歳上だ。軽い気持ちでは会話なんてできないだろう。


 だけど、今日の僕にはやらないといけないことがある。必ず行かないといけないところがある。胸のドキドキが止まらない。


「まずこちらの女性の方が春日井さん。男性の方が見世瀬さんです。彼女らは高校からの飛び級でこの大学に在学することが決まりました。では、春日井さんから自己紹介をお願いします」


 この順番は打ち合わせで景斗さんが交渉して通った流れだ。予定通り進んでいて、こちらも安心する。


「皆さん初めまして。春日井梨央と言います。魔生物に興味を持ったのはつい最近で、まだまだ知らない事ばかりですが、皆さんと仲良くできたらと思います。よろしくお願いします」


 梨央が自己紹介を終えると、拍手が巻き起こった。彼女も嬉しそうに笑って、何故か僕の顔をジロジロ見てくる。


 次は僕の番。スマホを取り出し自己紹介文のメモ書きをさらっと読み終わらせると、深く息を吸い気持ちを整える。


「では、続きまして見世瀬さんよろしくお願いします」


「はい。皆さん初めまして、新しく入りました見世瀬優人です。魔生物に関しては昔から興味があり、個人的に調べたりとかをしてました。今のところ僕が理解しているのは、魔生物は夜間に活発化するとのことで、僕の友人は夜狩に行って、直接観察しに行くことがあります。また、別の友人からの情報によれば、魔生物感染症。通称ゾンビ化症が流行り始めているとのことで、解決の糸口を探す行動を取っています。ここでより専門的なことを学べるとのことで、非常に嬉しいです。皆さんよろしく――」


「ちょっ。ちょっと待った。見世瀬さん。その知識量はどこから……」


 狙い通り。僕はスマホを操作して、画面を池口先生に見せる。言ったことのほとんどが僕が丸暗記したものだ。


 僕の目的。それはいち早くこの大学の研究所に潜入すること。もちろん、研究や開発作業含めたものだ。


「これを見て読んだだけですよ」


「これって、冒頭部分しか……」


「ですね……。後半に言った情報は実際に僕が持ってる知識ですよ。これでも、魔生物に一番近い場所で生活してますから」


「そうか……」


 なんとか彼を納得――できたのか分からないが――させたので、あとは相手の考え方次第だ。


 上手く行けばすぐに研究所入りできる。ただ、一番ネックなのは僕が入りたてで、しかも他人とは違う点が多い自分への信用がどこまであるかだ。


「見世瀬さん。ちょっといいですか?」


「はい」


 作戦は上手くいったのだろうか。僕は池口先生について行くと、校舎の外へと案内された。


 なんか嫌な予感がする。しばらくして、遠くから気配を感じ始める。どこかに魔生物がいる。僕はこの学校の安全を取るか考える。


 だけど、目の前の池口先生はものすごく話したさそうだ。ここで行動を開始したらマイナスになりかねない。


 僕は通信魔法で怜音に繋げる。怜音は僕が入ってる討伐部隊・第一部隊にいる仲間だ。その中でも一番信用できる。


 魔生物の位置を伝えると数秒で返答が来た。どうやらすぐに行動を開始してくれるらしい。ということで、僕は池口先生の相手が可能になった。


「池口先生。僕になにか?」


「まず、キミの知識量は大変驚いた。高校ではどのような授業を受けていたのか、教えていただきたい」


「高校で……ですか? 高校では基本的には戦闘能力を上げる訓練しかしてませんでしたが……」


「訓練? ではこの知識は一体」


「本当のこと言った方がいいですか?」


「是非とも――」


 僕はスマホを取り出し、スマホケースのポケットから1枚のカードを引き出す。それは、つい最近景斗さんに作って貰った、第一部隊の隊員証だった。


「僕。これでも、第一部隊の隊員なんですよ。ここに入った理由も、功績を称えられた時に貰ったものなんです」


「第一部隊……。見世瀬……。もしかして、キミはつい先日の研究所に潜入して、悪質な研究阻止に一番貢献したという――」


「はい。その見世瀬です」


 池口先生は目を点にさせて硬直する。景斗さん情報によれば、この先生は第一部隊の一つ下・第二部隊で研究員をしているとのこと。


 第一部隊が戦闘に長けた部隊であるなら、第二部隊は魔生物の知識量に長けた存在だ。この大学で先生をやってるのにも納得できる。


「キミが求めているのはなんだ?」


「僕が求めてることですか? それは、〝友人が無くした欠片〟を集めることです。彼は僕の一番近くにいる人で、今も目を覚ましません。だから、目覚めさせるために、欠片を集めています」


「そうか……。わかった。ではこの大学の研究施設へと案内しよう」


「ありがとうございます」


 僕は先生についていく。しかし、今僕が懸念しているのは、研究所ではなかった。怜音からの増援希望メッセージが止まらないのだ。


 きっと彼の方でなにかあったのだろう。こんな時のためにと、景斗さんと訓練したことがある。使い魔だ。


 僕は自分が持ってる魔生物の瘴気で一匹の狼を作る。これは僕の中にいるもう一人の自分を模したものだ。


 名前はその彼と同じ〝蓮〟にしている。強さは僕と同等かそれ以上なので、かなり期待していいはず。


 ただ、この使い魔はまだ不完全だった。理由は本人の意思が宿ってないこと。魔生物の本能に負け暴れてしまう危険性があること。


 池口先生がこちらを見る。自分の魔生物の能力を知られたら大事件だ。僕は蓮に急いで向かうよう指示すると、狼は無言で走り抜けていった。


「見世瀬さん。なにかあったんですか?」


「い、いやあ。なんでもありませんけどー」


「左様ですか。しかし、先程何か獣が走っていく音がしましたが……」


「き、きき、気のせいですよ……。気のせい気のせい……」


「そうですか。研究所はこちらです。そちらにある長靴を履いたあと、口部分を紐で縛って中に入ってください」


 池口先生は靴を履くと、慣れた手付きで蝶結びをした。僕も挑戦してみたが、上手くいかない。


 僕ってこんなに不器用だったっけ。そんなことを考えている暇なんてない。急いで、準備を完了させると中へ入った。


 そこは普通の研究施設で、白を基調としたとても清潔感のある空間。ここでは悪質なことをしていないだろうと、少し安心する。


 だけど、ここでも魔生物の気配を感じた。場所は研究所の外だ。


 僕は池口先生に見つからないようその場から離れようとしたが、棚に頭をぶつけてしまう。


 案の定気づかれてしまい、腕を掴まれた。だけど、今はこうしている暇はない。


「見世瀬さんなにかあったんですか?」


「え、あ、その……。なんか外で気配を感じて……」


「気配?」


「はい。多分これは魔生物の気配です……。急がないと……」


 僕の額に何かが伝う。かなり焦ってることが自分でもわかった。


「わかった。では私も同行いたします。いくら第一部隊の隊員であっても、生徒の安全が優先ですから」


「わかりました。ですが、僕一人でも問題ないですけどね……」


 僕と先生は外に出る。気配を頼りに向かうと、そこには女子生徒が一人壁に横たわっていた。腕を見ると服が破れている。


 僕はその生徒の近くに行って事情を聞こうとしたが、彼女の目が激しく泳いでいることに気がついた。


 景斗さんによると、これは魔生物感染症の前兆らしい。悪化すると理性を完全に失い、魔生物同然の行動を取り始める。


 きっと彼女も魔生物に襲われたのだろう。こういう時にできる対処法は一つしかない。僕は服の内ポケットから注射器を取り出した。


「見世瀬さん。何をする気ですか?」


「僕の血を与えるんです」


「キミの血を?」


「はい。僕の血には、魔生物感染症の進行を遅らせる効果があるらしいんです。安心してください。害はありませんので」


 僕は左袖をめくり、注射器の針を刺して血を抜き取る。それを、目の前の生徒に与えた。泳いでいた瞳の焦点が元に戻っていく。


 あとは、シャボン玉の中に入れて、魔生物に見つからないようにするだけ。これも、数分で完了した。


「池口先生。魔生物の場所はこちらです」


「キミ……は……」


 池口先生の言葉を聞き終える前に、僕はシャボン玉の上に乗っていた。高所恐怖症克服の訓練を行ったことで、ある程度の高さなら問題ない。


 魔生物を探す。地上にはたくさんの負傷者。自分よりも他生徒の方が優先だ。


 僕はどれだけ血を失ってもいいと、持ってる注射器の洗浄から提供までを全て実行させた。


 やがて元凶であろう魔生物を見つける。見た感じクマのようだ。地上に降りると、そこでは怜音が一人で戦っていた。


「怜音! 遅れてごめん!」


「大丈夫。優人くん治療の方は?」


「問題ないよ。見つけた負傷者全員に提供済み。あとは、身体が慣れれば普通に動けるようになると思います」


「わかった。あとで


「わかってますよ。怜音」


 僕は戦闘態勢に入る。池口先生の姿はない。急いだせいでどこかではぐれたようだ。通信魔法で場所を説明すると、意識を集中させる。


「盲視術 ブルーアウト!」


 視界が真っ青に変化する。もう何度も使ってきた術だ。恐怖など全くない。僕は両手に剣を生成する。


 怜音を後退させて、僕一人の戦場に。右の剣を内側に振る。その勢いを使って、遠心力を効かせ、左袖で切り刻む。


 この動作は一度失敗したら、腰骨をやられてしまうがそんなものどうでもいい。このまま跳躍して、気配のある方へと斬撃を加えていく。


「見世瀬さん!」


「っ!?」


 池口先生が到着したらしい。だけど、どの位置にいるのはわからない。きっと怜音が場所を調整してくれているだろう。


 今は彼に頼るしかない。僕は戦闘の方に意識を向ける必要がある。


 右からの気配。そこをピンポイントで切り刻み、一旦後退する。ここで、大技を使うわけにはいかないので、正直戦いづらい。


「優人くん! 反対側に気をつけて」


「分かった!」


 近づけば冷たい空気。今いる場所の推定幅は約20メートルほど、つまりここから先は壁だ。


 ここは地形をさらに活かすしかない。壁に右足をかける。力を入れて蹴りつける。宙に浮く身体をそのままに次の一歩を壁面に押し付ける。


 高い所へ、高い所へ。地上からの殺気を感じ取りながら、落下準備に入る。直後急降下していく身体。ここで、水流を作る。


「水壁……。からの――」


「教授! 優人くんの得意技くるよ!」


「幻水! 陰速!」


 ザバンという音が響く。背後には複数の気配。一気に攻める。ここで決める。大学生活1日目でこんな戦いになるなんて……。


 気配がだんだんとなくなっていく。僕は『マジックオフ』と唱え、盲視術を解除した。


 地面には魔生物の残骸。それの中に水泡を作り、僕の中へと吸収させる。こうすることで、自分を保ってると言ってもいい。


 少しして、蓮が帰ってきた。本人の意識が戻れば、きっと喋ってくれるのだろうけど、今はただの野生体だ。


「おかえり。戻って」


 蓮も僕の中へと入れる。幸い、怜音が池口先生の両目を隠してくれていた。僕の中に魔生物の臓器があるということ。


 それは、第一部隊と親友の梨央だけで共有された、秘密事項だ。これがバレれば、僕の居場所はどこにもない。


「怜音。終わったよ。外して大丈夫」


「オーケー。池口教授。終わったそうです」


 池口先生は黒い氷の被り物をしていた。それが完全に溶けると、彼の顔が出てくる。そこまで厳重にしなくてもいいのに。


「私は――」


「池口先生……。ごめんなさい……」


「見世瀬さん?」


(なんで僕は謝ったんだろ――)


「な、なんでもないです。さ、研究所に戻りましょう」


「承知した。怜音も魔法学の勉強をしてきなさい」


「ありがとうございます。教授」

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