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第9話 (後編)

 景斗さんと麗華さんは、とても真剣な表情をしていた。訓練場全体に緊迫の風が流れる。


 特に麗華さんは引きつったような顔だ。目にハイライトがないくらい暗い。そんな中、僕たちは怜音と副隊長の指示で整列する。


「第一部隊、及び第二部隊の皆さん。お集まりいただきありがとうございます。第一部隊隊長・朝比奈麗華です。そしてこちらがご存知の通り」


「第一部隊総司令・宮鳥景斗です。現在は第二部隊の総司令と並行しています。僕からも本日はお集まりいただき光栄です。皆様と一同に会して活動できること心より感謝いたします」


 景斗さんのとても改まったような口調。いつもはキャピキャピしているような、軽い話し方なのにどうも様子が違う。


 第一部隊・第二部隊の面々が敬礼をする。僕も見よう見まねで右手の指を揃え、右眉に当てる。


 これから大事なことを話すことは確定した。だけど、こんなことになるとは。二人の後ろにある鉄扉は開いたまま。


 奥に人影が見える。景斗さんが右にズレると、麗華さんは左にズレた。中央に向けて、コツコツという足音。


「あれは……」


 それは会ったことのある人だった。


「紹介します。新しく第二部隊指揮官になった池口勇仁さんです」


「い、池口先生!?」


 それは、大学の先生で僕は呆然とした。景斗さんは彼が第二部隊の研究員であることを教えてくれた。


 けど、第二部隊の指揮官になっただなんて初耳だ。周囲の人々は一斉に拍手をする。それを浴びた池口先生は柔らかく笑った。


 だけど、僕は嬉しく感じない。今僕の血液は……。あの時採血して貰わなければよかった。


 蓮に集る第二部隊の研究員。それを見て、情報共有の危険性がわかった。このままでは、いつ蓮の正体が……。


「優人さん。大丈夫?」


「は、はい……大丈夫です」


「よかった。君にはしばらく池口さんと行動して欲しい。僕も研究には参加するけどね」


「研究? 何のですか?」


「うん。よく聞いてくれた」


 景斗さんは強く手を叩く。視線が彼に集まる。麗華さんも身体の方向を変えた。


 空気が張り詰める。かなりどんよりとした風。ズンと身体が重くなった気がした。


「最近、ゾンビ化症の発症報告が多く見えてきた。そこで、第一部隊及び第二部隊合同で抗ゾンビ化症ワクチンの開発開始命令を政府から預かっている。鍵を握るのは彼、見世瀬優人の血液。彼の血液にはゾンビ化症を予防。悪化防止をする抗体が含まれている」


「け、景斗さん!?」


「話は最後まで聞いて。彼の血液を毎回使うと、貧血状態になり生命危機にも繋がる。そこで、彼の血液をもとに擬似抗体の開発宣言をここに発令する」


「『はい!』」


 ワクチンの開発。僕の血液で……。あとから聞いた話だと研究所に行く時、怜音と星咲副隊長は僕の血液を打ってから駆けつけたらしい。


 最初から最後まで連携した彼らは、戦闘中噛まれることはなかったが、景斗さんによれば耐性はできているとの事。


 形としては僕の血液から抗体を取り出して、他のものに投与して増やすんだろうけど、その辺詳しくないのでわからない。


「優人さん。この世界には優人さんの力が必要。だから、協力して欲しい」


「で、でも……」


「実はこれ以外にもワクチンを作る方法を考えたんだ。だけど、君の血液と同レベルのものはできなかった。だから、協力してもらいたい。本当は僕も嫌なんだけどね」


 僕は言い返せなかった。役立てるのであれば役立たせたい。それで多くの人が喜んでくれるなら別にいい。


 悲しむのは僕だけで十分だ。いくら三英傑の一柱でも、どうでもいい。僕は紛い物。みんなとは違う。


 訓練場は広くザワついた。第二部隊の彼らも今回の開発企画に関して、詳細を聞かされてなかったようだ。


「血液から――」


「ワクチン……。それも、見世瀬優人って、つい最近悪質な研究所で活躍したって人だよね? だけど、なんでそんな彼に魔生物に対する抗体が?」


「わたしに聞かれてもわからないよ。だったら、持ってないわけだし。仮に噛まれて抗体ができる場合なんか0.1パーセント未満だから、正確性はどこにもないし……」


「それな。でも、そうなってくると、ゆーとくんを調べたくなるわー。自分頑張っちゃおうかなー」


 話題は僕で持ち切りだった。かなり危険だ。早く逃げた方がいいと、意識空間にいる蓮が投げかける。


 だけど、逃げられそうにもなかった。こうなったら、知られる覚悟でやり遂げるしかない。


 最悪僕の心臓のことが知られたら、この第一部隊から脱退する。食事がなくても、僕は生きる方法を知っているから。


「わかりました。僕を使ってください。どんなことでも、お手伝いします」


「お、ゆーとくんやる気出た? じゃあ、色々調べさせてもらおうかなー?」


「どうぞ……お好きに……」


「ありがとー。自分は春日井かすがい零夜れいや。妹がお世話になってるはずだけど……」


 長身の男性が自己紹介をしてくる。髪は濃いサフランピンクで、細身。顔も整っているが、輪郭が誰かによく似ている。


 加えて〝春日井〟からの、〝妹が世話になっている〟ときた。これはもしかして……。


「春日井梨央のお兄さん。ですか?」


「そう。今日梨央ちゃんが、授業中断で悲しかったって、泣きメール送ってきてさー。第一部隊の隊長さんに聞いたら、停電があったんだってね。今は『明日こそは魔生物のことを頭に叩き込むぞー』って張り切っちゃってるよ」


「あはは、梨央らしいですね。少し前に僕と勝負した時、彼女必死に最上位クラス入るんだーって、怜音に訴えてたし」


「それ、自分も本人から聞いたよ。幼馴染と同じクラスになれるんだーって、めちゃくちゃ嬉しかったみたいで、一晩自慢の相手してた」


 零夜という青年は本当に妹優先思考のようだ。僕もこんな兄弟がいたらいいのに、そう思ってると、蓮が『俺がいるだろ』と慰めてくれた。


 でも、僕が欲しいのは……。そんなことを考えていると、零夜さん以外のみんなはどこかへ消えていた。


 零夜さんは、『自分についてきて』と言って、僕の手を取る。目の前に亜空間通路が開くとそこに飛び込んだ。


 たどり着いたのは薄暗い研究施設。だけど、この前の場所よりは明るい。零夜さんから高い台に寝るよう言われる。


 僕はそれに従いよじ登ると、枕台のある方に頭を向け横になる。早速開発が始まるようだ。


「池口先生によれば、大学にサンプルがあるんだってね」


「はい、たしか2本だったと思います。でも、それは大学内での研究に使うかもしれないです」


「うんうん。自分もそう思う。今回取るのはそれよりも量が多いけど、大丈夫かな?」


「はい。問題ないです。好きなだけもらってってください」


「好きなだけって、もしかして死ぬ覚悟でやる気なの?」


「悪いですか?」


「ううん。こりゃ、梨央も心配するわけだ」


 話しながら作業をする彼は、とても手際がいい。台の外側にある腕の関節部。そこの血管に針を刺して、採血をする。


 今日だけで2回目だ。こんな長い一日は悪質研究所以来かもしれない。黒い血が管を流れる。用意された容器は全部で20本。


 抜かれる度に意識が遠くなる。だけど、僕以外の人を救えると考えただけで、気持ちが軽くなった。


 魔生物が出現した時また吸収すればいい。たったそれだけの思考で、自分は救われている。


「ゆーとさんの血の色。通常の色とはかなり違うね……」


「そうですね……」


「ここまで色素が違うなんて……」


 零夜さんは頭を捻って考え出す。事実を伝えるわけにはいかない。血液を採り終えたあと、僕は解放された。


 だけど、なんだか頭がクラクラする。どうやら貧血状態になってしまったようだ。


 零夜さんが亜空間から何かを出す。小さく長方形のそれは、板チョコだった。昔献血ブームが流行って、その際参加者に渡していた余りらしい。


 期限は切れているものの亜空間内では通用せず、亜空間に入ってる限り安全に食べられるとのこと。


 より一層、空間魔法への興味が湧いてくる。すると、今度は零夜さんが銀色のドロドロとした液体を取り出した。


 皿に僕の血を垂らす。そこに銀色の液体を入れると、サッと蒸発した。僕の血が消えている。


「これはね。水銀って言うんだ。魔生物はこれに弱い。今回の結果から、君は……」


「え、あ、その……。あの……」


「どうかした?」


「な、なんでもないです……」


「よかった。じゃ、君は一旦第一部隊の拠点に戻って、総司令を呼んできてもらえるかな? あの人は魔生物学のスペシャリストだからね」


「わかりました。あとはよろしくお願いします」

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