第一部隊の拠点に戻り、景斗さんを呼んだあと、僕は自室に戻っていた。新しく作った魔法・翠刻。
この魔法が力を発揮するのは、水中だけ。だけど、麗華さんの真似でしか泳げず、しかも魔力を酸素にできない僕は使い道に困っていた。
少しして、扉をノックする音。扉を開けると、そこには封筒を持った麗華さんの姿があった。
「見世瀬さんにお手紙がきましたので、お持ちしたのですが……」
彼女が持ってる封筒はもう既に封が切ってある。彼女が持ってるってことは、開けた本人なのだろう。
麗華さんは封筒から手紙を出す。三つ折りにされた紙を開くと、一番下の文字が裏側から透けて見えた。
そこには、〝日本魔生物討伐協会〟と書かれている。どうやら、この国のお偉いさんからの通達らしい。
紙を渡された僕は、その文面に目を通した。
〝見世瀬優人様。第一部隊での活躍、心より感謝いたします。日本魔生物討伐協会にて、本日付で見世瀬様を第一部隊次期隊長候補に挙げられましたので、お伝えいたします〟
「僕が……次期隊長……」
「おめでとうございます。活躍が認められたってことですね……」
「あ、ありがとうございます……」
(なんで僕が……)
麗華さんに手紙を返すと封筒に入れてくれた。僕ってそんなに活躍してたっけ。そんな思考が高速回転する。
基本は僕ではなく蓮だ。だけど、名義では僕の名前なんだろうなと、少し複雑な気持ち。
「今回の候補選出は異例だったそうです。通常、次期隊長は前副隊長が選ばれます。ですが、きっとあの研究所での評価が影響しているのかもですね」
「なるほど……。けど、結局あの時トドメを刺したのは誰だったんですか?」
「はい?」
「だから、龍戦でトドメを刺したのは――」
麗華さんは『ハッと』した顔をして、スマホを取り出す。見せられたのは、ニュースのアーカイブだった。
――『こちら、中継カメラです。只今、関東北区内にある研究所で激戦が繰り広げられています。ここでは、過去に悪質な実験が行われていた模様で、現在、第一部隊の隊員が鎮静化を目指し戦っております。龍の上に乗ってるのは人でしょうか。異様なオーラを放ち、肉薄している様子が確認できます』
「麗華さんこれは……」
「はい。貴方が戦ってるところの映像です。正確には蓮さんですが……。この時彼は肉薄ではなく、捕食をしていたと下にいた私たち全員が目撃しています」
「捕食……」
いわば共食いの類いなのだろうけど、さすがにやりすぎだ。僕は本人になぜそんなことをしたのか問いかける。
しかし、蓮は反応しない。無理やり起こそうかと思ったけど、さっき寝ているのを邪魔してしまったし迷惑だろう。
「この後取材を受けたのですが、私たちは伝えませんでした。あくまでも蓮さんは魔生物。それを知られれば、貴方はこの第一部隊から永久追放されます」
「知ってます。僕もその覚悟でいますから。安心してください」
「承知しました。では、優人さんの次期隊長選出を祝って、今日はフルコースにしましょう。買い出しに行く時は景斗さんからお金もらってるのですが、今日は普段より多く貰えたので、食材がたくさんあるんです」
そう言ったあと亜空間から長いレシートを取り出す麗華さん。全長約50メートル。これは店の人も驚いただろう。
購入した物は全部で500を超えていて、冷蔵庫に入り切らないのではと思う量。けど、亜空間なら気にしなくていい。
ものすごくズルい買い方だ。
「了解です。あと……。水中訓練の個人練習をしたいので、プール使ってもいいですか?」
「それはどうしてですか?」
「え、えーと。三英傑なのに水中戦ができないのは、まずいかなと」
「言われてみればそうですね。わかりました。個人練習だと水難に遭う可能性がありますので、夕食後休憩終わりにしましょう。私が直々に指導いたします」
そうして、麗華さんは僕の部屋から出ていった。夕食の時間までまだ余裕がある。僕は自分の過去を調べることにした。
僕が訓練場や第二部隊の研究所に行ってた時、梨央がずっとメールを送っていたようで。その中には悪質研究所の所属メンバー書類も含まれていた。
どこからこんな資料を引っ張り出してきたのかは知らない。さすがは、スマホ慣れした達人だ。
これは後日景斗さんに印刷してもらおうと、画像をライブラリに保存した。次は僕が関係している事件について。
検索アプリを開き、検索ワードとして〝見世瀬〟と入力する。検索すると、30件近くヒットした。
一番多いのは池口先生が見せてくれた〝密閉樽閉じ込め事件〟。次に多いのは〝食事を与えられなかった少年〟。
どれも最悪な内容だった。特に食事を与えられなかったというのは、かなり問題だ。だけど、今考えてみれば似たような記憶がある。
それは中学生になった時だ。孤児院にいる人の食べる量が増え、食材が少なくなった時。僕は『自分はいらないです』と口癖のように言い、自分の分を他人にあげていた。
本格的に魔力水を頼るようになったのはその頃。施設の人からは、『少しでも食べなさい』と言われていた。
それでも僕は食事への興味を失っていくばかりで、魔力水だけで済ませる。多分僕の身長が伸びなかったのはそのせいだ。
蓮が夜中行動していたことを含めれば、余計に伸びないわけだ。僕にとって身長は蓮との二人三脚。お互いが協力しないと、伸びるわけがない。
多分だけど、先に梨央の存在を知ったのは蓮かもしれない。彼女から何度も問いかけられ、最終的に自己紹介からの再スタート。
魔力測定でも梨央は安定していて、対する僕は機械を壊してばかり。最終的に僕は規格外扱いにされ、戦場には出なかった。
全て悪質研究所での人体実験が発端。あれがなければ、僕は戦場に出ることができてたかもしれない。
その後僕は中学を卒業。孤児院も出て、高校生になった。寮生活で初めて一人暮らしをしたが、梨央と違い稼ぎがない僕は、バイト先を必死に探した。
だけど、多くの店は高校生だからという理由で受け入れてくれなかった。高校生でも時給で働けるだろうと思っていたのに、現実は大きく違った。
そんな時、僕はとあるレストランに交渉をした。そしたら、『時給は無理だが、出来高でいいなら受け入れてやる』と言ってくれて、入ることに。
僕は出来高でも貰える給料が多い夜勤を選んだ。法律上、高校生の夜間勤務は難しいけど、店主は口を結んでバレないように匿う環境を作ってくれた。
けどある時から、僕は迷惑客の的になった。彼らは中年くらいの集団で、僕が入る前も悪行を働かせていたらしい。
とある日。いつものように夜勤をしていると、一人の青年が来店した。その青年が怜音だった。
彼は、迷惑客にいじめられながらも頑張る僕に惹かれ、後輩としてバイトを始めた。だけど、給料の制度が違った。
同じ高校生でも僕は出来高制。当時高校三年生だった怜音は時給制で、大きな格差が生まれてしまう。
彼は『自分の給料を僕に分けてあげてもいいよ』と、何度も言ってくれた。
彼が第一部隊の人と知らなかった僕はそれを拒否し、少ない額での生活を続けていたが、あの時貰っておけば違ったかもしれない。
そういえば、明日はバイトの日だ。第一部隊のことでいっぱいだった僕はしばらく休んでいたので、店主に怒られる可能性がある。
そんな時は蓮と怜音を頼ろうと思えるようになったのも、最近の成長かもしれない。
過去を振り返っていると、時間は18時を過ぎていた。僕はジョッキを持ってきて、例のレシピで魔力水を作ると、1回で飲み干す。
それから、ジョッキを洗って部屋を出た。リビングに行くと料理が置かれていないテーブル。
スマホが鳴る。麗華さんからだ。メールの文面を確認すると、〝訓練場でパーティーをします〟との内容。
急いで訓練場に向かい鉄扉を開けると、美味しそうな香りがぶわっという音と共に広がった。
見たことの無い料理に何も乗せられてない皿。たくさんのテーブル。どういう状況なのか全くわからない。
「見世瀬さん。お待ちしていました」
「すみません。ところで麗華さん。これはどういう……」
「バイキングです」
「え?」
ばいきんぐ。その言葉は人生で初めて聞いた。これがそのセット。目移りしそうなくらいの料理はざっと見て30種類以上ある。
「麗華さん。ばいきんぐって?」
「知らないなんて珍しいですね。好きなものを取って、自分だけのプレートを作る。この第一部隊でお祝いをする時の、恒例スタイルです」
「なるほど……」
「では。皆さん。パーティーを始めましょう! 皿を配りますので、一列に並んでください」