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第10話

 第一部隊の拠点に戻り、景斗さんを呼んだあと、僕は自室に戻っていた。新しく作った魔法・翠刻。


 この魔法が力を発揮するのは、水中だけ。だけど、麗華さんの真似でしか泳げず、しかも魔力を酸素にできない僕は使い道に困っていた。


 少しして、扉をノックする音。扉を開けると、そこには封筒を持った麗華さんの姿があった。


「見世瀬さんにお手紙がきましたので、お持ちしたのですが……」


 彼女が持ってる封筒はもう既に封が切ってある。彼女が持ってるってことは、開けた本人なのだろう。


 麗華さんは封筒から手紙を出す。三つ折りにされた紙を開くと、一番下の文字が裏側から透けて見えた。


 そこには、〝日本魔生物討伐協会〟と書かれている。どうやら、この国のお偉いさんからの通達らしい。


 紙を渡された僕は、その文面に目を通した。


〝見世瀬優人様。第一部隊での活躍、心より感謝いたします。日本魔生物討伐協会にて、本日付で見世瀬様を第一部隊次期隊長候補に挙げられましたので、お伝えいたします〟


「僕が……次期隊長……」


「おめでとうございます。活躍が認められたってことですね……」


「あ、ありがとうございます……」


(なんで僕が……)


 麗華さんに手紙を返すと封筒に入れてくれた。僕ってそんなに活躍してたっけ。そんな思考が高速回転する。


 基本は僕ではなく蓮だ。だけど、名義では僕の名前なんだろうなと、少し複雑な気持ち。


「今回の候補選出は異例だったそうです。通常、次期隊長は前副隊長が選ばれます。ですが、きっとあの研究所での評価が影響しているのかもですね」


「なるほど……。けど、結局あの時トドメを刺したのは誰だったんですか?」


「はい?」


「だから、龍戦でトドメを刺したのは――」


 麗華さんは『ハッと』した顔をして、スマホを取り出す。見せられたのは、ニュースのアーカイブだった。


 ――『こちら、中継カメラです。只今、関東北区内にある研究所で激戦が繰り広げられています。ここでは、過去に悪質な実験が行われていた模様で、現在、第一部隊の隊員が鎮静化を目指し戦っております。龍の上に乗ってるのは人でしょうか。異様なオーラを放ち、肉薄している様子が確認できます』


「麗華さんこれは……」


「はい。貴方が戦ってるところの映像です。正確には蓮さんですが……。この時彼は肉薄ではなく、捕食をしていたと下にいた私たち全員が目撃しています」


「捕食……」


 いわば共食いの類いなのだろうけど、さすがにやりすぎだ。僕は本人になぜそんなことをしたのか問いかける。


 しかし、蓮は反応しない。無理やり起こそうかと思ったけど、さっき寝ているのを邪魔してしまったし迷惑だろう。


「この後取材を受けたのですが、私たちは伝えませんでした。あくまでも蓮さんは魔生物。それを知られれば、貴方はこの第一部隊から永久追放されます」


「知ってます。僕もその覚悟でいますから。安心してください」


「承知しました。では、優人さんの次期隊長選出を祝って、今日はフルコースにしましょう。買い出しに行く時は景斗さんからお金もらってるのですが、今日は普段より多く貰えたので、食材がたくさんあるんです」


 そう言ったあと亜空間から長いレシートを取り出す麗華さん。全長約50メートル。これは店の人も驚いただろう。


 購入した物は全部で500を超えていて、冷蔵庫に入り切らないのではと思う量。けど、亜空間なら気にしなくていい。


 ものすごくズルい買い方だ。


「了解です。あと……。水中訓練の個人練習をしたいので、プール使ってもいいですか?」


「それはどうしてですか?」


「え、えーと。三英傑なのに水中戦ができないのは、まずいかなと」


「言われてみればそうですね。わかりました。個人練習だと水難に遭う可能性がありますので、夕食後休憩終わりにしましょう。私が直々に指導いたします」


 そうして、麗華さんは僕の部屋から出ていった。夕食の時間までまだ余裕がある。僕は自分の過去を調べることにした。


 僕が訓練場や第二部隊の研究所に行ってた時、梨央がずっとメールを送っていたようで。その中には悪質研究所の所属メンバー書類も含まれていた。


 どこからこんな資料を引っ張り出してきたのかは知らない。さすがは、スマホ慣れした達人だ。


 これは後日景斗さんに印刷してもらおうと、画像をライブラリに保存した。次は僕が関係している事件について。


 検索アプリを開き、検索ワードとして〝見世瀬〟と入力する。検索すると、30件近くヒットした。


 一番多いのは池口先生が見せてくれた〝密閉樽閉じ込め事件〟。次に多いのは〝食事を与えられなかった少年〟。


 どれも最悪な内容だった。特に食事を与えられなかったというのは、かなり問題だ。だけど、今考えてみれば似たような記憶がある。


 それは中学生になった時だ。孤児院にいる人の食べる量が増え、食材が少なくなった時。僕は『自分はいらないです』と口癖のように言い、自分の分を他人にあげていた。


 本格的に魔力水を頼るようになったのはその頃。施設の人からは、『少しでも食べなさい』と言われていた。


 それでも僕は食事への興味を失っていくばかりで、魔力水だけで済ませる。多分僕の身長が伸びなかったのはそのせいだ。


 蓮が夜中行動していたことを含めれば、余計に伸びないわけだ。僕にとって身長は蓮との二人三脚。お互いが協力しないと、伸びるわけがない。


 多分だけど、先に梨央の存在を知ったのは蓮かもしれない。彼女から何度も問いかけられ、最終的に自己紹介からの再スタート。


 魔力測定でも梨央は安定していて、対する僕は機械を壊してばかり。最終的に僕は規格外扱いにされ、戦場には出なかった。


 全て悪質研究所での人体実験が発端。あれがなければ、僕は戦場に出ることができてたかもしれない。


 その後僕は中学を卒業。孤児院も出て、高校生になった。寮生活で初めて一人暮らしをしたが、梨央と違い稼ぎがない僕は、バイト先を必死に探した。


 だけど、多くの店は高校生だからという理由で受け入れてくれなかった。高校生でも時給で働けるだろうと思っていたのに、現実は大きく違った。


 そんな時、僕はとあるレストランに交渉をした。そしたら、『時給は無理だが、出来高でいいなら受け入れてやる』と言ってくれて、入ることに。


 僕は出来高でも貰える給料が多い夜勤を選んだ。法律上、高校生の夜間勤務は難しいけど、店主は口を結んでバレないように匿う環境を作ってくれた。


 けどある時から、僕は迷惑客の的になった。彼らは中年くらいの集団で、僕が入る前も悪行を働かせていたらしい。


 とある日。いつものように夜勤をしていると、一人の青年が来店した。その青年が怜音だった。


 彼は、迷惑客にいじめられながらも頑張る僕に惹かれ、後輩としてバイトを始めた。だけど、給料の制度が違った。


 同じ高校生でも僕は出来高制。当時高校三年生だった怜音は時給制で、大きな格差が生まれてしまう。


 彼は『自分の給料を僕に分けてあげてもいいよ』と、何度も言ってくれた。


 彼が第一部隊の人と知らなかった僕はそれを拒否し、少ない額での生活を続けていたが、あの時貰っておけば違ったかもしれない。


 そういえば、明日はバイトの日だ。第一部隊のことでいっぱいだった僕はしばらく休んでいたので、店主に怒られる可能性がある。


 そんな時は蓮と怜音を頼ろうと思えるようになったのも、最近の成長かもしれない。


 過去を振り返っていると、時間は18時を過ぎていた。僕はジョッキを持ってきて、例のレシピで魔力水を作ると、1回で飲み干す。


 それから、ジョッキを洗って部屋を出た。リビングに行くと料理が置かれていないテーブル。


 スマホが鳴る。麗華さんからだ。メールの文面を確認すると、〝訓練場でパーティーをします〟との内容。


 急いで訓練場に向かい鉄扉を開けると、美味しそうな香りがぶわっという音と共に広がった。


 見たことの無い料理に何も乗せられてない皿。たくさんのテーブル。どういう状況なのか全くわからない。


「見世瀬さん。お待ちしていました」


「すみません。ところで麗華さん。これはどういう……」


「バイキングです」


「え?」


 ばいきんぐ。その言葉は人生で初めて聞いた。これがそのセット。目移りしそうなくらいの料理はざっと見て30種類以上ある。


「麗華さん。ばいきんぐって?」


「知らないなんて珍しいですね。好きなものを取って、自分だけのプレートを作る。この第一部隊でお祝いをする時の、恒例スタイルです」


「なるほど……」


「では。皆さん。パーティーを始めましょう! 皿を配りますので、一列に並んでください」

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