学校の敷地内に入って、魔生物科の教室に向かってる途中。僕と梨央は取材のことを話した。
急に饒舌になった僕に彼女が驚いたようで、小声で『これも蓮のおかげだよ』と伝える。
「そうなんだね……。でも、優人の話し方ものすごく落ち着いてた気がした」
「そ、そう……かな?」
「うん。だって、普通あんな長いの言いきれないもん。私だったら絶対つっかえてる」
たしかにそうかもしれない。魔生物科で自己紹介した時よりも長文。そして、全部蓮が考えたものでメモ書きなし。
それを言い切ったあとは梨央に助けて貰ったけど、意思表示はできた――と思う。しばらく歩いて、魔生物科の教室に入ると、そこにはカメラマンの姿。
また取材があるのかと、気持ちがずっしり重くなる。遅れてやってくる池口先生。服装はスーツ姿だった。
「皆さんお集まりいただきありがとうございます。第二部隊指揮官・池口勇仁です。ご紹介します。第一部隊次期隊長・見世瀬優人さん」
「ッ!?」
「見世瀬さん」
「は、はい!」
教室でゆっくりできると思えば仕事。第一部隊の常識を知った気がした。たった一晩でここまで話題になるなんて……。
朝から思ってたけど、今度スーツを買った方がいいかもしれない。せめて高校の制服でも着てこよう。
教室には数人の生徒が静かに聴いている。ニュースを見てれば知ってることだろうけど、ここでしっかり活動しないといけない。
「見世瀬さん」
「はい。昨日日本魔生物討伐協会より、関東地区の第一部隊次期隊長に選出されました。このカメラは、学内配信でしょうか?」
池口先生は頷く。この大学内全員が見ているとなると、背中がゴリゴリに硬くなって、ピンと伸ばせない。
だけど、僕は汗を流しながら立つ。蓮の希望で『今回は自分で考えた言葉を綴れ』という。
「えーと、正直まだ実感はありません。第一部隊に入ったのはまだ数週間で。潜水訓練には本格参加できてないし。まだ力も弱いし。本当に自分の力でのし上がってきたのかすら、理解できてないです……それで――」
「落ち着いて……」
「ありがとうございます。先生」
先生がそういうと、教室にいるほか生徒が表情を柔らかくさせる。声に出さずに、僕の緊張を解こうとしてる。
なんか嬉しくなった。この大学のみんなならきっと、僕を信じてくれる。高校の時の最上位クラス――結局神代とは仲が悪くなったが――と同じくらい。
「今後の予定としては未定ですけど、早い段階で就任式が行われると思います。恥ずかしくて、ちょっと呼びたくないけど、現隊長や総司令と相談して、この大学の生徒全員を招待したいと思います!」
(え? 今僕なんて……)
いつの間にか情報が加速していた。大学生徒全員招待って、どれくらいの規模になるのやら。
さすがに、第一部隊の本部には呼びきれない。今の日本で一番広い会場はどこだ。一部の場所しか知らない僕は、完全に迷子だ。
梨央がスマホをいじっている。一度ポケットにしまうと、手サインで生徒数を教えてくれた。
「5523名の全生徒と、107名の先生方のご招待を約束します。よろしくお願いします!」
すると、生徒全員が拍手をした。これで無事終わったらしい。なんだか嬉しくなった。凝り固まった身体はヒョロヒョロと落ちていく。
そんな僕を見て池口先生が支えてくれた。これで本日の緊急任務は完了。異常な疲労で思考がおかしくなる。
蓮ならもっといい演説ができたんだろな。なんだか彼のことが羨ましく感じる。僕は席につき、池口先生の話を聴いた。
「さて、今日は私が講義をしたいと思う。まずこの世界に魔生物がいる理由からおさらいしていこう」
「『はい!』」
池口先生が亜空間から取り出したのは、複数のタブレット、それが配られると自動で画面が点灯した。
そこには日本百科と書かれていて、ページ数を確認すると約5000ページ。これを全部読めというのは、何日かかるのやら。
画面上部にはページ検索の枠が用意されていた。出したいページはここを使って、ピンポイントで出せるらしい。
その機能だけはとてもありがたい。正面の黒板は、黒板ではなく大きなホワイトボード。いや、スクリーンだ。
ここにある機材は全て景斗さんが資金提供したらしい。ただ日本製は存在せず、全て外国製なのだとか。
池口先生が1750ページを開くよう指示を出す。ページ検索機能でそのページを開くと、魔生物暴走事件に関する項目が出てきた。
魔生物暴走事件は外国では起こっておらず、日本だけが被害を受けたらしい。僕はそれで外国製の電化製品が多いんだと気づいた。
三龍傑が対応したものの、日本全国まで対応することができなかった。当時精鋭部隊はいたが、全てに行き渡らなかったとのこと。
襲ってきた魔生物は当時の日本人口の数千――数万倍いたようだ。そう、このページには書かれている。
「見ての通り、被害を受けたのはこの日本だけ。人口は一番多い時代の1000分の1程度。そこから、また人口が増えたが非常に少ないままだ」
「……」
教室が静まり返る。そんな中でも僕はページを捲り続けた。僕が読みたい項目。どこを探しても被害報告の情報しか書いていない。
この本なら蓮に関する内容が入っていると思ったのに。教室は依然静かなまま、本を読んでるのは僕だけ。
隣に座る梨央が先生の目を盗んで僕の左肩を叩く。我に返った僕は、スクリーンの方を見つめた。
池口先生はペンのようなものを持って、スクリーンになにかを描く。手の動きに沿って、線が引かれた。
見ているページが違うことに気づいた僕は、ページを戻す。1750ページの下部から三行目。
そこには再繁栄の歴史が書かれている。だけど、抜け落ちてる部分が多い。かなり簡略化されてるようだ。
「では、みんなに質問だ。この世界で日本人の再繁栄に尽力した人を知ってる人はいるかい?」
「……」
誰も手を挙げない。僕よりも先に入ってる生徒なら知ってるはずなのに、なぜか挙手しようとしない。
僕は周囲を見回した。誰が切り出すかを必死に探る。しかし、結局2分が経過したので自分が手を挙げた。
「見世瀬さん」
「はい。初めに僕が知ってる内容でもいいでしょうか?」
「どうぞ」
「現在の日本の人口増加を手助けしたのは、片翼と冷酷という異名を持つ夫婦です。彼らが多くの子孫を残し繁栄させていきました。ある一種のアダムとイヴのような関係として、活躍したと聞いています」
僕の回答に、池口先生はポカンと口を開いた。過去に景斗さんから言われたこと。僕も片翼と冷酷の子孫なんだ。
「それは誰から聞いた情報ですか?」
「え……。えーと……。総司令ですけど……」
「第一部隊第二部隊総括の総司令ですか?」
「はい……。一応僕も……」
余計に空気を悪くしてしまった。 生徒数約17人。梨央は別として、ページを高速で捲る生徒が2名、静観者は5名。
頭がパンクしたのか、7名が顔を血の気の引いた青に染まっている。爆弾を透過してしまったようだ。
「では、見世瀬さん。その片翼と冷酷が産んだ子供は何人?」
「え? えーと、男が6人……、女が5人だから……。11人ですね」
「そうか……」
「はい?」
池口先生はスクリーンに僕が言ったことを書き始める。僕は改めて本を読んだ。だけど、さっき僕が発言したことは一切記載されていない。
この本を書いた人もそこまで想定してなかったようだ。
いや、そもそも景斗さんしか知らない情報だったとして、開示してなかったのかもしれない。
「では、見世瀬さん。第一次魔生物暴走事件で、ボス級として扱われた魔生物の見た目はなんだ?」
「ッ!?」