目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第14話

 景斗さんに提案されて、亜空間通路を通り第一部隊へと戻った僕たち。足の動きがおぼつかない僕を、景斗さんは一人で抱えてくれた。


 そのままプールの方へと移動する。今の時間、麗華さんは仕事に出かけていて、怜音は大学に残ったまま。星咲副隊長は高校にいる。


 他の隊員たちも、それぞれの仕事へと行っていて、ここにいるのは僕と景斗さんだけ。


 プールに着くと、それぞれでスーツに着替える。だけど、黒く軽い素材の僕とは違い、景斗さんは重い金属製とのこと。


 もちろん、強力な防水加工がしっかりされているらしい。


 こうなったら僕も自分の限界を試したいと思い、同じ金属製に着直す。


「景斗さん。これもそれなりに軽いですね……」


「そうでしょ。これも僕が開発したんだ。まあ、動きやすいようになってる」


「なるほどです」


 そう言われてみれば、金属製なのに動きやすい。これなら装甲も硬いし、攻撃を受けても問題ない。


 着心地もいいので、今度からこのスーツにしたいと思った。そうして、僕はこのスーツの本領を知らないまま、プールの中へ。


 麗華さんに言われた通り、背中から入る。吸い込まれるように水面に波紋を作ると、一気に身体が沈んでいく。


 浮かべない。浮かばない。全身が重い。なのに、景斗さんは僕よりもずっと、ずっと上にいた。


 景斗さんが真下を向く。目が合ったので訴えると、すぐに駆けつけてくれた。今回僕は酸素ボンベを身につけていない。


 だからいつかは酸素が尽きる。今日中に水中呼吸を身につけたい。こんな時こそ、蓮の補助を使いたいけど、当の本人は参加したくないようで……。


「景……斗さん……。このスーツ、水中では……キツいです……ね」


「うん。そうだね」


「その……、景斗……さん……は……! 重く……ないんですか?」


「ん? 全然気にしてないよ」


 彼がそう言った時、何事もないように、浮上しては潜水を繰り返す。僕は上へ上へ向かおうとしても、沈むのみ。


 このスーツを着こなすにはかなりコツがいるようだ。まるで真下に向けた足に鎖が付いたように、深い場所へ引き込まれる。


 だんだん息が苦しくなる。意識が遠のく。これが、酸素が本当になくなる感覚なのか。普通に呼吸をしようとしても、入ってくるの水だけだ。


「優人さん。水中で口や鼻を使って呼吸するのは危険だよ。自分が持つ魔力を信じて」


「で……でも……。魔力……操作……できない……し……! も、もう……息が……」


「あはは。まあ、認めて欲しい気持ちで、自分を追い詰めるのはいいことだと思うけど……。このスーツは最上級レベルのものだしね」


(さ、最上級……レベル……)


 ここで僕が無謀なことをしていたことに気がついた。ゆっくり深いところに向かう身体。景斗さんはそんな僕を追いかけてくる。


 身体を回転させて深部の方を見た。床は一向に見えない。水深何メートルあるのだろうか。


 無限に近い水中の旅。どこまでも、どこまでも。ずっと、ずっと奥深く。僕はもう、泳ぐことを忘れていた。


 意識世界で蓮が提案する。昨日作った翠刻を使うのはどうかと。それは、水中でしか効果が発揮されない魔法。


 呼吸すらままならない、僕に発動させることはできるのだろうか。すると、蓮はさらに提案をする。


 ――『発声で発動させる自信がないなら、無詠唱でやればいいんじゃないか?』


 たしかに無詠唱なら意識を高めるだけでできる。しかし、無詠唱を行うにはその魔法の特性を理解して、正確な感覚で発動させるのがコツだ。


 昨日できたばかりの魔法は、一度も使ったことがない。つまり、魔法特性を知らない。この状態で正しく発動するかは不明だ。


 とりあえず、魔法の式を脳内に浮かべる。今思えば、景斗さんの式に蓮が工夫を施したことで、式はより複雑になっていた。


 僕は酸素不足が原因で回らない脳を動かして、複雑な式を短縮術式へと変換する。所要時間10分。


 解析に時間がかかってしまった。だけど、解析する前と比べて少し呼吸が楽になっている。無意識にできていた?


 続けるように発動の準備を開始する。推測の範囲内で蓮が特徴を説明してくれた。これで無詠唱で発動する段階まで到達する。


(翠刻!)


 すると、僕の周囲に複数の槍が出た。だけど、飛び道具としては機能しない。さらに使用を重ねる。


 やはり、無詠唱だと最初は成功率が低いようだ。景斗さんが槍に近づく。そして1本手に取ると、前方に構える。


 そこから先の動きはとても素早かった。薙ぎ倒し、切り刻み、突進。水中での動きは地上の訓練場とさほど変わらない。


 さらに凄いことは、重いスーツでも俊敏なこと。目で追うことすらできない。これが総司令の実力。追いつけそうもない。


「うん。この槍とても扱いやすいね」


「あ、あり……が……とう。ござい……ます」


「あはは。無理はしないで。本当は感覚だけでを習得して欲しいだけど、ちょっとコツを教えるよ」


 景斗さんが槍を遠くへ投げると、僕の後ろにくっついた。冬の海と同じくらい寒いのに、彼の体温は非常に高い。


 これも、魔力呼吸でできることの一つ。水中での体温調節までできるようだ。景斗さんの熱がみるみるうちに上昇していく。


 次に起きたのは、熱から生まれた(?)魔力が僕の中へなだれ込んできたこと。あっという間に満たされたと思うと、一気に呼吸が楽になる。


「今僕が何したかわかる?」


「え? わ、わからな……あれ? 話しやすい」


「ふふ。わからないか……。じゃあ簡単に説明するよ」


「はい。お願いします」


 景斗さんは僕の前で光る球体を作り出した。これが具現化させた魔力らしい。それを、僕の方へと渡してくる。


「さっき僕は君の魔力回路に直接干渉した。そして、僕の酸素変換した魔力を流したんだ。だから、君は呼吸が楽になったってわけ」


「なるほど。総司令ってほんとなんでもありなんですね。残骸も余裕で食べてしまうし」


「まあね。これでも僕はお母さんと同じ体質だから」


(ふじ……え?)


「不死身って……。じゃあ、景斗さんは、この世界に人がいなくなっても……」


「もちろん生き続けるよ。一人でいることは別に怖くないからね」


 景斗さんは『これが僕の常識』でも考えてるかのように言い切った。僕も孤独には慣れている。


 だけど、彼は完全な孤立をしてもいいとまで考えてる。心構えが明らかに違った。


 景斗さんが地上に戻ろうと言う。最終的に重いスーツを扱えなかった僕は、景斗さんに手を引かれ、水中から出る。


 やっぱり外の空気は気持ちがいい。そして、景斗さんの補助のおかげで、なんとなく水中呼吸の感覚がわかった。


 魔力が肺に満たされていく感覚。それを自力で再現できれば、誰の手伝いなしに深い場所でも活動できる。


 私服に着替え、スーツを片付ける。今日使ったものは専用の洗浄機を使用するらしく、全て景斗さんに預けた。


 スマホを確認すると、16時になっていた。景斗さんにどれくらい水中にいたのか聞くと、約4時間と言われた。


 こんな長い時間まで水中にいたんだと軽く驚いたが、成長したと考えれば嬉しい。


 プール施設から出てリビングに行くと、そこには軽食が置かれていた。景斗さんが事前に用意してくれたようだ。


 お昼をただの残骸で済ませた僕は、それなりの空腹に襲われた。やはり、残骸だけでは腹は満たされない。


 軽食メニューは大きいおにぎりが全部で4つ。景斗さんはさらに用意できると言ってくれたが、僕の手に収まらない大きさだった。


 一口食べる。残骸とは違って、ふわふわとしたお米は、はむっと食べると口の中が甘くなる。


 やっぱり僕は普通の食事が好きだ。蓮は多分感じたことはないだろう。本当の僕の口や舌は、人間のものなんだと再確認する。


「もう少しで夕食の時間だね……」


「そうですね。景斗さん」


「実はさっき麗華さんから連絡があってね。今日は残業になるかもって。だから、本日の料理担当は僕がやることになったよ」


「え? 景斗さんって料理もできるんですか?」


「うん。一応ね。僕の場合薄味が多いけど。この第一部隊はみんな味が濃くてね。僕が作る料理はそこそこの評判かな? っやっぱり、免許を持ってる麗華さんには劣るよ」


「そうなんですね……」


 景斗さんはおにぎりに海苔を巻いて食べ始める。海苔は生海苔しか食べた事のない僕。


 彼を真似して、海苔を巻いて食べると、パサパサしたものが口の中で張り付いた。


「これ、噛みきれないです……」


「じゃあ、少し時間経たせてから食べたらどうかな? あとは、海苔を巻いた状態でレンジでチンしたりとか」


「レンジでチン……。それで海苔が柔らかくなるならやってみます」


「了解。じゃあちょっとこっちに渡して」


「え? レンジは僕の後ろですけど……」


「あはは。今回レンジは使わないよ。総司令の僕なら、機械なしでチンできるからね」


 何もかもが次元違いの景斗さん。彼に海苔を巻いた食べかけのおにぎりを渡すと、水の球体の中へと入れた。


 半透明の水はゆっくり赤に染まっていく。少しして魔法が解けると、モクモクと湯気を出すおにぎりがあった。


「はい。温め終わったよ」


「あ、ありがとうございます……」


 僕は受け取ったおにぎりを食べる。海苔はかなりふやけていて、少しちぎりやすくなった。


 さらには米の甘さが倍増していて、フルーツを食べているような広がり方。どんな工夫をしたのか知りたいくらいだ。


「じゃ、僕は今日優人さんが訓練をしたことでの成果を記録しないとだから、先に部屋へ戻ってるね。たしか怜音さんも君と同じ時間にバイト入れてると思うから、夕食後。頑張って!」


「訓練に付き合ってくれて、ありがとうございます。バイト頑張ります!」


 おにぎりを食べ終わると、僕は皿を洗って決められた戸棚にしまった。部屋に戻ると、スマホのメモを確認する。


 新規で訓練のメモを作ると、そこに今日成長できたことや、景斗さんの補助でわかった感覚を書き記した。


 夕食まであと2時間。夜勤のために仮眠をとることにする。アラームをセットすると、そのまま眠りについた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?