ジリリリリ。スマホのアラームが鳴って目が覚めた僕は、すぐに飛び起きた。いつでもバイトへ行けるように、制服の準備をする。
用意が終わると魔力水を飲まずにリビングへ直行。そこには、麗華さんの時よりもたくさんの料理が並べられていた。
景斗さんが作るものもみんな美味しそうで、差はなさそうだった。少しして怜音が来ると、ほかのメンバーが到着する前に食べ始める。
「なんか、寂しいですね……」
「寂しい? 急にどうしたの?」
「いや、こう……。バイトメンバーだけで食べるっていうの……。ほら、怜音はバイト先だと静かじゃないですか」
バイト先での怜音は無口キャラを貫いている。時々僕にちょっかいを出すが、そこまで激しくない。
むしろ星咲副隊長相手の怜音の方が激しい。バイト先で無口になってる彼は、非常に真面目に見える。
「どうしてボクが無口キャラを貫いてるかわかる?」
「いえ、わからないです」
「あはは。多分店主はわかってると思うけど、ボクって斬くんの前だとものすごくテンション高いでしょ? でもバイトとかではそれができない。出来高制は真面目になった方がお金も貰えるしね」
「た、たしかにそうですね……。僕も真面目にやってるつもりですけど、どうしても周囲が気になってしまって。毎回いつもの迷惑客に邪魔されて……。って、怜音はたしか時給制だから、勤務時間で給料変わるんじゃ……」
「うん。そうだよ。まあ、ボク自身逆だったらいいのになって思ってるけどね」
怜音はサラダを皿に盛りながらそう言う。そんな彼に僕はこう返答した。
「言われてみれば、怜音が出来高制なら僕よりも稼げそうですね……。僕も時給制ならもっと稼げたのにってずっと疑問に思っています」
僕も、怜音の真似をしてサラダを盛り付ける。今日のメニューは大きなローストチキンと、ビーフシチュー。
まるでバイキングの再来と言ってもいいくらいの焼きたてパン。具がたっぷり入った赤いスープは、ミネストローネと言うらしい。
「だけど、優人くん」
「なんですか?」
「なんか嫌な感じがするんだよね……。ほら、第二部隊で公開された最新記事。そこに君のことが書かれててさ……」
「そうなんですか?」
「え? もしかして見てない?」
僕は首を縦に振り肯定する。いつ発表されたのかは不明だ。怜音はスマホを取り出すと、第二部隊公式サイトを開いた。
一番上部の最新記事。そこには、第二部隊独断での、ワクチン開発中止に関してだった。
ワクチンの材料が、人間に害のあるものと判明したためと記されている。つまり、僕の血液を使用しての開発が、総司令の指示なく停止されたとのこと。
「今日全国放送のニュース番組で宣言しちゃいましたよ。全国に安全で高品質のワクチンを提供しますって」
「それボクも見たよ。だからほら、SNSのタイムライン。ニュースの視聴者を中心に混乱と情報麻痺で独り歩きしてるよ」
「ほんとだ……」
怜音が使ってるSNSの〝XZコミュニティ〟というアプリ。そこのタイムラインには、ワクチンが提供されない可能性を示唆するような、困惑の文面が連なっている。
ピコン。怜音のスマホが鳴った。通知のポップアップを確認すると、第二部隊からの第二報。そこには、ワクチンに関しての最新情報が書かれている。
〝ワクチン抗体を取るための血液が、魔生物由来ということが判明しました。この血液を投与することで、魔生物感染症を発症する可能性を考え、開発中止と判断したことをご報告いたします〟
「僕の血液が……魔生物由来……」
「どうやら、バレてしまったみたいだね……」
「そうですね……」
再び怜音のスマホが鳴る。出勤15分前。使った皿を片付けて、それぞれ部屋に戻ると、制服に着替えた。
黒いシャツに藍色のエプロン。エプロンは出勤後に着るので、専用のバッグに入れておく。
移動のため景斗さんの部屋に行くと、怜音はすでに待機中だった。一緒に中へ入ると、亜空間通路が開いている。
「優人くん入るよ!」
「はい!」
一緒に飛び込むと、高校の女子寮前についた。梨央の部屋にお邪魔した時に使った場所だ。
怜音は魔法錬成を行い、氷で2人乗りの船を作る。僕が乗ると、怜音が後ろを勢いよく押して飛び込んだ。
数週間前にしたことと同じことをしている。船は速度を増していき、商店街を突っ切った。
バイト先到着にかけて溶けていく船。目的地につくと同時に溶け切り、僕たちは飛び降りた。
「優人くん。今何時かわかる?」
「え、えーと……。今は19時50分です」
「バイト開始10分前ね。了解。入る……」
怜音が言い切りかけた時、バイトさせて貰ってるレストランの引き戸が開いた。中から出てきたのは店の店主だ。
「店主こんばんは」
「こんばんは。今日は中谷さんと見世瀬さん。それと新人バイトの4人になる予定だよ」
「新人バイト? 誰が来るんですか?」
怜音が冷静に問いかける。店主は顎で『あっちを見てご覧』と合図する。少しすると、2人の人影。どちらも女性だ。
そして気づいたことは、とても見覚えのあるシルエットだったこと。容姿が鮮明になると、自分の喉から何かが込み上げた。
「梨央! 神代さん!」
「こんばんは、優人!」
「あなたとはお久しぶりね。今日からここのバイトメンバーになったから、よろしく頼むわ」
なんでこのタイミングで彼女らが入ったのかは知らない。特に梨央が謎だ。神代にはそれなりに予想はしていて、僕を観察するためだろう。
彼女たちも午後のニュースを確認していると思うから、神代は僕が魔生物であることの裏付けをしたいはず。
僕は梨央になんで同じバイトを始めたのか聞く。すると、彼女は『優人と一緒にいる時間を増やしたいから』と答えた。
たったそれだけの理由でバイトをするなんて、どれだけ僕のことが好きなのだろうか。逆にしっかり仕事をしてくれるかわからない。
「みなさん、そろそろ仕事の準備を始めるよ。エプロンに着替えて、テーブル拭きから。中谷さんは調理組と協力して食材の在庫と、昼の売上確認を頼んだよ」
「『はい!』」
店に入ると、4人でスタッフルームへ向かう。エプロンに着替えると、僕と梨央、神代は布巾と消毒液を持って、テーブル拭きを開始した。
先輩である僕は席番号を簡単に記憶する方法などを教えた。2人はそれぞれメモ帳を持って、スラスラと書き込んでいく。
テーブル拭きが終わると、梨央たちはキッチンの方へ消えた。対して僕は外に出て開店準備を行う。
レストランなのにも関わらず、暖簾で開店を知らせる店。ここは魔生物暴走事件で唯一被害を受けなかった、奇跡の
「店主! 暖簾下げてきました。そろそろ来客者が入ると思います!」
「見世瀬さんありがとう」
「こちらこそ。ところで店主。一つ質問いいですか?」
「なんだい?」
僕は店主を連れてスタッフルームへと向かった。椅子を2つ用意して座る。店主の見た目は50代くらい。亡くなった両親よりも歳上だ。
スタッフルームは一度に数十人入れるくらい広い。真ん中には大きなテーブルが置かれていて、まかないはこの部屋で食べることになっている。
「その……。店主。梨央たちは時給制……なんですよね?」
「うむ。そうだよ。何か不満でも?」
「はい。怜音が入ってきた時から思ってたんですけど、なんで僕だけ時給制じゃなくて出来高制なんですか?」
僕の問いかけに店主は頭をかしげる。すると、スマホを取り出してフォトアプリを開いた。その中身はこのレストランで働く姿が記録されている。
かなり遡って、1年前。僕が初めてバイトをした日の記録が動画で表示された。キビキビと動く様子は、普段の僕とは少し違う。
迷惑客がきた時。動画に映る僕は軽快に避けて、料理を運んでいた。どう見ても僕ではない。
(もしかして、蓮?)
――『まあな。オマエがバイトするなら、俺もやらねぇとなって』
(ありがとう)
――『どうも、ま、人間観察を兼ねての行動で、かなり情報を集めたからオマエに任せてるんだけどな』
(あ、あはは)
やっぱり、動画に映る僕は蓮だったらしい。それにしても運ぶ場所は間違ってないし、一回で数皿抱えていた。
バランス感覚は僕よりも上。余計に任せっぱなしだったと、少し後悔した。
「見世瀬さん。どうかなされましたか?」
「い、いえ、なんでもないです。ですけど、これが出来高制の理由なんですか?」
「はい。この働きっぷりは初めてでしたので、さらに頑張ってもらおうと出来高制にしました。時給制だと時間経過だけでお金が出るので、サボる人が多く……」
「なるほど……。ってことは……」
「この店では、時給よりも出来高制の方が稼げる。見世瀬さんは平日に週3入れてることに加えて、その状態で学校に通ってるわけだから、トータルで最大5万はいくはず。だけど、渡した額の半分しか受け取らない見世瀬さんが心配でね」
「そんな……。それに、給料もらう時は僕じゃなかったと思うし」
僕は半信半疑で自分とは別の存在の話題を出した。店主はコクコクと頷いて、僕の目を見る。
「気づいていたよ。この動画に映ってるのは見世瀬さんではないとね。きっと、また別の人――」
「蓮……。蓮です……」
「ふむ、蓮。いい名前だね。蓮さんは見世瀬さんよりできる。見世瀬さんは彼を超えたいと思ったことはないかい?」
「え? ありますけど……。でも、彼の強さには追いつけないです。まるで天と地で分断されているように……」
店主は僕の発言に寄り添うように、近づいてくる。その表情はとても優しい。近距離の位置にくると、僕の耳元に口を当てた。
「見世瀬さん。ニュース見ましたよ」
「ッ!?」
「第一部隊所属と、次期隊長選出おめでとうございます。それと、第二部隊の行動には十分注意をするように。私も一時期入ってましたが、あそこは危険です。私は見世瀬さんのことは、幼い時から知ってますから」
「え……?」
店主が僕を知っているとはどういうことなのか。問いかけようとしたが、突然扉が開く。
そこから顔を出したのは、女性スタッフだった。長髪で綺麗なブロンドの髪。身長は明らかにスタッフの方が高い。
彼女が『客が入って来たので接客をお願いします』と言って引っ込んだので、僕はエプロンを直してスタッフルームから出る。
来店したのは、子供連れの親子だった。子供2人に両親。おばあちゃんの5人組。座ってる席は6人席だった。
カウンターには早速ビールを飲んでいる男性。僕が店内にいる客を数えていると、家族連れの方が呼び鈴を鳴らす。
梨央と神代が見守る中、僕は白紙の注文表を持って客の方へと向かう。
「ご注文をお伺いします」
接客をする際最初に発する言葉。それを伝えると、子供連れ客は全6品を注文した。
「ご注文承りました」
僕は注文されたメニューを全て手書きで記し、調理担当に引き継ぎをする。すると、調理担当が一斉に動き始めた。
順々に料理が完成していく。僕はひたすらそれを運ぶ。そんな僕を梨央は見ていて、『私も運びます!』と手を挙げた。
「じゃあ梨央は24番席に4つドリンクバー用コップを運んで、怜音場所教えてあげて」
「『了解』」
「神代さんは、14番席にお冷を3つ」
「わかったわ」
それぞれ役割分担をして行動する。客はずらずらと入ってきて、1時間後にはほとんどの席が埋まった。
正規スタッフの夜勤勢も加わり、総勢10人体制でホールを回し。怜音は夜間営業をしている店に問い合わせて、食材の再仕入れ。
そして、僕が接客をするたびに客から祝福の言葉をもらう。『次期隊長選出おめでとう』『第一部隊頑張ってください』。
僕への支持率はかなり高いらしい。『僕も頑張ります!』と言うと、毎回のように拍手が巻き起こる。
ふと、外に気配を感じた。大窓を見ると、そこにはいつもの迷惑客3人組。黒いジャケットはそれなりの威圧感がある。
だけど、今日は入ってこなかった。僕への評価が上がったことで、きっといじるネタがなくなったのかもしれない。
24時。まかないの時間になった。僕は怜音と一緒にスタッフルームへ行くと、大量の唐揚げと野菜スティック。
この時間が一番ゆっくりできる時間だ。まかないを食べ終えると、後半戦へと突入する。
24時以降はレストランではなく居酒屋になる店内。部屋中に酒やつまみの匂いが漂う中、在庫が減っていくビール。
こんなにも楽しいバイトは、今までで初めてかもしれない。僕は、ひたすら、ひたすら料理を提供した。