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第15話 (前編)

 ジリリリリ。スマホのアラームが鳴って目が覚めた僕は、すぐに飛び起きた。いつでもバイトへ行けるように、制服の準備をする。


 用意が終わると魔力水を飲まずにリビングへ直行。そこには、麗華さんの時よりもたくさんの料理が並べられていた。


 景斗さんが作るものもみんな美味しそうで、差はなさそうだった。少しして怜音が来ると、ほかのメンバーが到着する前に食べ始める。


「なんか、寂しいですね……」


「寂しい? 急にどうしたの?」


「いや、こう……。バイトメンバーだけで食べるっていうの……。ほら、怜音はバイト先だと静かじゃないですか」


 バイト先での怜音は無口キャラを貫いている。時々僕にちょっかいを出すが、そこまで激しくない。


 むしろ星咲副隊長相手の怜音の方が激しい。バイト先で無口になってる彼は、非常に真面目に見える。


「どうしてボクが無口キャラを貫いてるかわかる?」


「いえ、わからないです」


「あはは。多分店主はわかってると思うけど、ボクって斬くんの前だとものすごくテンション高いでしょ? でもバイトとかではそれができない。出来高制は真面目になった方がお金も貰えるしね」


「た、たしかにそうですね……。僕も真面目にやってるつもりですけど、どうしても周囲が気になってしまって。毎回いつもの迷惑客に邪魔されて……。って、怜音はたしか時給制だから、勤務時間で給料変わるんじゃ……」


「うん。そうだよ。まあ、ボク自身逆だったらいいのになって思ってるけどね」


 怜音はサラダを皿に盛りながらそう言う。そんな彼に僕はこう返答した。


「言われてみれば、怜音が出来高制なら僕よりも稼げそうですね……。僕も時給制ならもっと稼げたのにってずっと疑問に思っています」


 僕も、怜音の真似をしてサラダを盛り付ける。今日のメニューは大きなローストチキンと、ビーフシチュー。


 まるでバイキングの再来と言ってもいいくらいの焼きたてパン。具がたっぷり入った赤いスープは、ミネストローネと言うらしい。


「だけど、優人くん」


「なんですか?」


「なんか嫌な感じがするんだよね……。ほら、第二部隊で公開された最新記事。そこに君のことが書かれててさ……」


「そうなんですか?」


「え? もしかして見てない?」


 僕は首を縦に振り肯定する。いつ発表されたのかは不明だ。怜音はスマホを取り出すと、第二部隊公式サイトを開いた。


 一番上部の最新記事。そこには、第二部隊独断での、ワクチン開発中止に関してだった。


 ワクチンの材料が、人間に害のあるものと判明したためと記されている。つまり、僕の血液を使用しての開発が、総司令の指示なく停止されたとのこと。


「今日全国放送のニュース番組で宣言しちゃいましたよ。全国に安全で高品質のワクチンを提供しますって」


「それボクも見たよ。だからほら、SNSのタイムライン。ニュースの視聴者を中心に混乱と情報麻痺で独り歩きしてるよ」


「ほんとだ……」


 怜音が使ってるSNSの〝XZコミュニティ〟というアプリ。そこのタイムラインには、ワクチンが提供されない可能性を示唆するような、困惑の文面が連なっている。


 ピコン。怜音のスマホが鳴った。通知のポップアップを確認すると、第二部隊からの第二報。そこには、ワクチンに関しての最新情報が書かれている。


 〝ワクチン抗体を取るための血液が、魔生物由来ということが判明しました。この血液を投与することで、魔生物感染症を発症する可能性を考え、開発中止と判断したことをご報告いたします〟


「僕の血液が……魔生物由来……」


「どうやら、バレてしまったみたいだね……」


「そうですね……」


 再び怜音のスマホが鳴る。出勤15分前。使った皿を片付けて、それぞれ部屋に戻ると、制服に着替えた。


 黒いシャツに藍色のエプロン。エプロンは出勤後に着るので、専用のバッグに入れておく。


 移動のため景斗さんの部屋に行くと、怜音はすでに待機中だった。一緒に中へ入ると、亜空間通路が開いている。


「優人くん入るよ!」


「はい!」


 一緒に飛び込むと、高校の女子寮前についた。梨央の部屋にお邪魔した時に使った場所だ。


 怜音は魔法錬成を行い、氷で2人乗りの船を作る。僕が乗ると、怜音が後ろを勢いよく押して飛び込んだ。


 数週間前にしたことと同じことをしている。船は速度を増していき、商店街を突っ切った。


 バイト先到着にかけて溶けていく船。目的地につくと同時に溶け切り、僕たちは飛び降りた。


「優人くん。今何時かわかる?」


「え、えーと……。今は19時50分です」


「バイト開始10分前ね。了解。入る……」


 怜音が言い切りかけた時、バイトさせて貰ってるレストランの引き戸が開いた。中から出てきたのは店の店主だ。


「店主こんばんは」


「こんばんは。今日は中谷さんと見世瀬さん。それと新人バイトの4人になる予定だよ」


「新人バイト? 誰が来るんですか?」


 怜音が冷静に問いかける。店主は顎で『あっちを見てご覧』と合図する。少しすると、2人の人影。どちらも女性だ。


 そして気づいたことは、とても見覚えのあるシルエットだったこと。容姿が鮮明になると、自分の喉から何かが込み上げた。


「梨央! 神代さん!」


「こんばんは、優人!」


「あなたとはお久しぶりね。今日からここのバイトメンバーになったから、よろしく頼むわ」


 なんでこのタイミングで彼女らが入ったのかは知らない。特に梨央が謎だ。神代にはそれなりに予想はしていて、僕を観察するためだろう。


 彼女たちも午後のニュースを確認していると思うから、神代は僕が魔生物であることの裏付けをしたいはず。


 僕は梨央になんで同じバイトを始めたのか聞く。すると、彼女は『優人と一緒にいる時間を増やしたいから』と答えた。


 たったそれだけの理由でバイトをするなんて、どれだけ僕のことが好きなのだろうか。逆にしっかり仕事をしてくれるかわからない。


「みなさん、そろそろ仕事の準備を始めるよ。エプロンに着替えて、テーブル拭きから。中谷さんは調理組と協力して食材の在庫と、昼の売上確認を頼んだよ」


「『はい!』」


 店に入ると、4人でスタッフルームへ向かう。エプロンに着替えると、僕と梨央、神代は布巾と消毒液を持って、テーブル拭きを開始した。


 先輩である僕は席番号を簡単に記憶する方法などを教えた。2人はそれぞれメモ帳を持って、スラスラと書き込んでいく。


 テーブル拭きが終わると、梨央たちはキッチンの方へ消えた。対して僕は外に出て開店準備を行う。


 レストランなのにも関わらず、暖簾で開店を知らせる店。ここは魔生物暴走事件で唯一被害を受けなかった、奇跡の老舗しにせらしい。


「店主! 暖簾下げてきました。そろそろ来客者が入ると思います!」


「見世瀬さんありがとう」


「こちらこそ。ところで店主。一つ質問いいですか?」


「なんだい?」


 僕は店主を連れてスタッフルームへと向かった。椅子を2つ用意して座る。店主の見た目は50代くらい。亡くなった両親よりも歳上だ。


 スタッフルームは一度に数十人入れるくらい広い。真ん中には大きなテーブルが置かれていて、まかないはこの部屋で食べることになっている。


「その……。店主。梨央たちは時給制……なんですよね?」


「うむ。そうだよ。何か不満でも?」


「はい。怜音が入ってきた時から思ってたんですけど、なんで僕だけ時給制じゃなくて出来高制なんですか?」


 僕の問いかけに店主は頭をかしげる。すると、スマホを取り出してフォトアプリを開いた。その中身はこのレストランで働く姿が記録されている。


 かなり遡って、1年前。僕が初めてバイトをした日の記録が動画で表示された。キビキビと動く様子は、普段の僕とは少し違う。


 迷惑客がきた時。動画に映る僕は軽快に避けて、料理を運んでいた。どう見ても僕ではない。


(もしかして、蓮?)


 ――『まあな。オマエがバイトするなら、俺もやらねぇとなって』


(ありがとう)


 ――『どうも、ま、人間観察を兼ねての行動で、かなり情報を集めたからオマエに任せてるんだけどな』


(あ、あはは)


 やっぱり、動画に映る僕は蓮だったらしい。それにしても運ぶ場所は間違ってないし、一回で数皿抱えていた。


 バランス感覚は僕よりも上。余計に任せっぱなしだったと、少し後悔した。


「見世瀬さん。どうかなされましたか?」


「い、いえ、なんでもないです。ですけど、これが出来高制の理由なんですか?」


「はい。この働きっぷりは初めてでしたので、さらに頑張ってもらおうと出来高制にしました。時給制だと時間経過だけでお金が出るので、サボる人が多く……」


「なるほど……。ってことは……」


「この店では、時給よりも出来高制の方が稼げる。見世瀬さんは平日に週3入れてることに加えて、その状態で学校に通ってるわけだから、トータルで最大5万はいくはず。だけど、渡した額の半分しか受け取らない見世瀬さんが心配でね」


「そんな……。それに、給料もらう時は僕じゃなかったと思うし」


 僕は半信半疑で自分とは別の存在の話題を出した。店主はコクコクと頷いて、僕の目を見る。


「気づいていたよ。この動画に映ってるのは見世瀬さんではないとね。きっと、また別の人――」


「蓮……。蓮です……」


「ふむ、蓮。いい名前だね。蓮さんは見世瀬さんよりできる。見世瀬さんは彼を超えたいと思ったことはないかい?」


「え? ありますけど……。でも、彼の強さには追いつけないです。まるで天と地で分断されているように……」


 店主は僕の発言に寄り添うように、近づいてくる。その表情はとても優しい。近距離の位置にくると、僕の耳元に口を当てた。


「見世瀬さん。ニュース見ましたよ」


「ッ!?」


「第一部隊所属と、次期隊長選出おめでとうございます。それと、第二部隊の行動には十分注意をするように。私も一時期入ってましたが、あそこは危険です。私は見世瀬さんのことは、幼い時から知ってますから」


「え……?」


 店主が僕を知っているとはどういうことなのか。問いかけようとしたが、突然扉が開く。


 そこから顔を出したのは、女性スタッフだった。長髪で綺麗なブロンドの髪。身長は明らかにスタッフの方が高い。


 彼女が『客が入って来たので接客をお願いします』と言って引っ込んだので、僕はエプロンを直してスタッフルームから出る。


 来店したのは、子供連れの親子だった。子供2人に両親。おばあちゃんの5人組。座ってる席は6人席だった。


 カウンターには早速ビールを飲んでいる男性。僕が店内にいる客を数えていると、家族連れの方が呼び鈴を鳴らす。


 梨央と神代が見守る中、僕は白紙の注文表を持って客の方へと向かう。


「ご注文をお伺いします」


 接客をする際最初に発する言葉。それを伝えると、子供連れ客は全6品を注文した。


「ご注文承りました」


 僕は注文されたメニューを全て手書きで記し、調理担当に引き継ぎをする。すると、調理担当が一斉に動き始めた。


 順々に料理が完成していく。僕はひたすらそれを運ぶ。そんな僕を梨央は見ていて、『私も運びます!』と手を挙げた。


「じゃあ梨央は24番席に4つドリンクバー用コップを運んで、怜音場所教えてあげて」


「『了解』」


「神代さんは、14番席にお冷を3つ」


「わかったわ」


 それぞれ役割分担をして行動する。客はずらずらと入ってきて、1時間後にはほとんどの席が埋まった。


 正規スタッフの夜勤勢も加わり、総勢10人体制でホールを回し。怜音は夜間営業をしている店に問い合わせて、食材の再仕入れ。


 そして、僕が接客をするたびに客から祝福の言葉をもらう。『次期隊長選出おめでとう』『第一部隊頑張ってください』。


 僕への支持率はかなり高いらしい。『僕も頑張ります!』と言うと、毎回のように拍手が巻き起こる。


 ふと、外に気配を感じた。大窓を見ると、そこにはいつもの迷惑客3人組。黒いジャケットはそれなりの威圧感がある。


 だけど、今日は入ってこなかった。僕への評価が上がったことで、きっといじるネタがなくなったのかもしれない。


 24時。まかないの時間になった。僕は怜音と一緒にスタッフルームへ行くと、大量の唐揚げと野菜スティック。


 この時間が一番ゆっくりできる時間だ。まかないを食べ終えると、後半戦へと突入する。


 24時以降はレストランではなく居酒屋になる店内。部屋中に酒やつまみの匂いが漂う中、在庫が減っていくビール。


 こんなにも楽しいバイトは、今までで初めてかもしれない。僕は、ひたすら、ひたすら料理を提供した。

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