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第16話 (後編)

 閉店1時間前になると、客の数が減っていく。この店は朝の7時になると日勤組がやってくる。


 そこで、引き継ぎをして僕たちの仕事が終わる。今日の仕事はいよいよ大詰め、そこで黒づくめの迷惑客が来店した。


「ここに話題になってるやつがいると聞いたが、そこの少年か?」


 まるまると太った男性が僕を指差し問いかけた。僕は虐められる覚悟で頷く。


「優人、この人たち誰?」


 梨央が震える声で質問してきたので、僕は『いつも僕を虐めてる人』と小声で伝えた。


 細身で小柄な男性が僕の方へとやってくる。手には銀色のナイフ。察した僕は、梨央たちを護るように先頭に立つ。



 他の客が僕たちを見る。無言で怜音に合図を出し目隠しのバリケードを張ってもらった。


「そのナイフはなんですか?」


「むむ。このナイフが気になるか。刺してみればわかるさ。こっちはお前さんの弱点を知ってるんだよ!」


「そう。つまりは、水銀製ってことですね。けど、今の僕は昔と違いますよ」


「違うと……!?」


 細身の男性が身体を仰け反らせた。きっと風圧で気がついたのだろう。


 さっき僕がやったのは、得意技になりつつあるライトニングの強化版。


 物体を完全に隠して空気の矢を放つ、それなりに高難度な技だ。第一部隊の人に内緒で僕は練習をしている。


 追加で10本生成。相手の周囲を囲むように配置して発射すると、黒づくめの3人は一斉に飛び退いた。


 ここでは狭すぎて、水壁や幻水は使えない。こうなったらとさらに倍の数を用意。敵が動く後方への逃げ道を無くす。


「やる技がまだまだお子ちゃまじゃないか」


「ッ!?」


「それで勝てると思っているんかい?」


 挑発に乗ったらダメだ。僕は怒りを抑えつつ気持ちを落ち着かせる。だけど、僕以上に蓮が怒っていた。


 蓮なら店内への被害を最小限にできる。僕は彼と交代すると決めた。蓮が表に出ると、一気に速度を上げていく。


『次は俺が相手してやんよ!』


『だ、誰だ!?』


『答えるわけねぇっての。ライトニング! フルバースト!』


 蓮が詠唱をすると、水銀剣がこちらへと飛んでくる。それをキャッチした蓮は、腕をめくって皮膚を切り裂いた。


『ふーん。これは偽物か……』


(偽物? つまり水銀じゃないってこと?)


『ああ。俺たちには害はない。ただのアルミ製だ』


(よかった)


 剣の安全性が確認できたことで、こちらは有利となった。蓮はさらに攻めた行動をとる。


 怜音が作ったバリケードを足場にするのと同時に、その氷を使って氷剣を錬成。


 そして、黒づくめに斬りかかる。その時点で彼らは怯えた顔を浮かべた。もう勝ち目はついたと、僕が思った時。


 蓮がリーダー格のようなイカつい男性を刺した。バリケードが壊れる。怜音が駆けつけると、治療を開始した。


 だけど、黒づくめから流れた血の色が変だ。僕と同じ黒色。人のものではない。蓮と交代し、床に垂れた血を指につけて舐める。


 味は魔生物の残骸と同じくらいの独特な苦味だった。この人たちも魔生物の臓器を埋め込まれている。


 いや、違う。怜音の治療が終わると、すぐにデータを送ってくれた。このデータは、景斗さんの方へも行く。


 渡されたもののほとんどが推測や憶測だが、彼らそのものが知性を持った魔生物であることがわかった。


 それも混じり気のないもの。人体実験ではなく、蓮と同じ意識を持って生まれた存在。


 ナイフが水銀製でなかったのは、彼らが魔生物だったからのようだ。水銀は直接持ってはいけない。


 それは人も魔生物も一緒。だけど、一番威力を感じるのは魔生物の方だ。この前第二部隊で起きた現象を思い出す。


 僕の血液に水銀を垂らした時、一瞬で蒸発し消えたことを……。


「に、逃げろ……。たた退散だ……。退散するぞ!」


 黒づくめのうちの一人が慌てて逃げ出す。他のメンバーもそそくさと逃げていった。


「これで落ち着きましたね……。総司令を派遣するので少し待っててください」


 怜音がそう言うとすぐに景斗さんがやってきた。魔法で壊れた部分を修復していく。その速度は異常に早い。


 修復が終わると、景斗さんは無言で帰っていった。これで正解らしい。


 戦闘のほとんどを蓮に任せたが、身体を共有しているが故の疲労感。お腹が空いて倒れてしまいそうだ。


「みなさん。お疲れ様。迷惑客も追い返せたことだし、今日の売上も今までで一番よかった。一番頑張ってくれたのは、やはり見世瀬さん」


「はい!」


「今日の分の給料は出せる限りの上乗せをしてあげます。ほんとお疲れ様でした」


「ありがとうございます! また来ます!」


 今日でバイトを辞める予定が、嬉しさのあまり次また来るとの約束。でも、これでいいんだと思う自分が、どこかにいた。


 怜音が『行きつけのステーキ店を案内する』と言ってくれる。僕たちはスタッフルームで服を着替えると、そのステーキ店へ向けて歩き出した。

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