閉店1時間前になると、客の数が減っていく。この店は朝の7時になると日勤組がやってくる。
そこで、引き継ぎをして僕たちの仕事が終わる。今日の仕事はいよいよ大詰め、そこで黒づくめの迷惑客が来店した。
「ここに話題になってるやつがいると聞いたが、そこの少年か?」
まるまると太った男性が僕を指差し問いかけた。僕は虐められる覚悟で頷く。
「優人、この人たち誰?」
梨央が震える声で質問してきたので、僕は『いつも僕を虐めてる人』と小声で伝えた。
細身で小柄な男性が僕の方へとやってくる。手には銀色のナイフ。察した僕は、梨央たちを護るように先頭に立つ。
他の客が僕たちを見る。無言で怜音に合図を出し目隠しのバリケードを張ってもらった。
「そのナイフはなんですか?」
「むむ。このナイフが気になるか。刺してみればわかるさ。こっちはお前さんの弱点を知ってるんだよ!」
「そう。つまりは、水銀製ってことですね。けど、今の僕は昔と違いますよ」
「違うと……!?」
細身の男性が身体を仰け反らせた。きっと風圧で気がついたのだろう。
さっき僕がやったのは、得意技になりつつあるライトニングの強化版。
物体を完全に隠して空気の矢を放つ、それなりに高難度な技だ。第一部隊の人に内緒で僕は練習をしている。
追加で10本生成。相手の周囲を囲むように配置して発射すると、黒づくめの3人は一斉に飛び退いた。
ここでは狭すぎて、水壁や幻水は使えない。こうなったらとさらに倍の数を用意。敵が動く後方への逃げ道を無くす。
「やる技がまだまだお子ちゃまじゃないか」
「ッ!?」
「それで勝てると思っているんかい?」
挑発に乗ったらダメだ。僕は怒りを抑えつつ気持ちを落ち着かせる。だけど、僕以上に蓮が怒っていた。
蓮なら店内への被害を最小限にできる。僕は彼と交代すると決めた。蓮が表に出ると、一気に速度を上げていく。
『次は俺が相手してやんよ!』
『だ、誰だ!?』
『答えるわけねぇっての。ライトニング! フルバースト!』
蓮が詠唱をすると、水銀剣がこちらへと飛んでくる。それをキャッチした蓮は、腕をめくって皮膚を切り裂いた。
『ふーん。これは偽物か……』
(偽物? つまり水銀じゃないってこと?)
『ああ。俺たちには害はない。ただのアルミ製だ』
(よかった)
剣の安全性が確認できたことで、こちらは有利となった。蓮はさらに攻めた行動をとる。
怜音が作ったバリケードを足場にするのと同時に、その氷を使って氷剣を錬成。
そして、黒づくめに斬りかかる。その時点で彼らは怯えた顔を浮かべた。もう勝ち目はついたと、僕が思った時。
蓮がリーダー格のようなイカつい男性を刺した。バリケードが壊れる。怜音が駆けつけると、治療を開始した。
だけど、黒づくめから流れた血の色が変だ。僕と同じ黒色。人のものではない。蓮と交代し、床に垂れた血を指につけて舐める。
味は魔生物の残骸と同じくらいの独特な苦味だった。この人たちも魔生物の臓器を埋め込まれている。
いや、違う。怜音の治療が終わると、すぐにデータを送ってくれた。このデータは、景斗さんの方へも行く。
渡されたもののほとんどが推測や憶測だが、彼らそのものが知性を持った魔生物であることがわかった。
それも混じり気のないもの。人体実験ではなく、蓮と同じ意識を持って生まれた存在。
ナイフが水銀製でなかったのは、彼らが魔生物だったからのようだ。水銀は直接持ってはいけない。
それは人も魔生物も一緒。だけど、一番威力を感じるのは魔生物の方だ。この前第二部隊で起きた現象を思い出す。
僕の血液に水銀を垂らした時、一瞬で蒸発し消えたことを……。
「に、逃げろ……。たた退散だ……。退散するぞ!」
黒づくめのうちの一人が慌てて逃げ出す。他のメンバーもそそくさと逃げていった。
「これで落ち着きましたね……。総司令を派遣するので少し待っててください」
怜音がそう言うとすぐに景斗さんがやってきた。魔法で壊れた部分を修復していく。その速度は異常に早い。
修復が終わると、景斗さんは無言で帰っていった。これで正解らしい。
戦闘のほとんどを蓮に任せたが、身体を共有しているが故の疲労感。お腹が空いて倒れてしまいそうだ。
「みなさん。お疲れ様。迷惑客も追い返せたことだし、今日の売上も今までで一番よかった。一番頑張ってくれたのは、やはり見世瀬さん」
「はい!」
「今日の分の給料は出せる限りの上乗せをしてあげます。ほんとお疲れ様でした」
「ありがとうございます! また来ます!」
今日でバイトを辞める予定が、嬉しさのあまり次また来るとの約束。でも、これでいいんだと思う自分が、どこかにいた。
怜音が『行きつけのステーキ店を案内する』と言ってくれる。僕たちはスタッフルームで服を着替えると、そのステーキ店へ向けて歩き出した。