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第17話

 怜音の行きつけは、高校の女子寮から見てバイト先を通り過ぎ、2番目の曲がり角を曲がったところにあった。


 行ったことないけど、どこか外国味のある店。バイト先のレストランよりも開放感のある大窓が印象的だった。


 窓は1:3で広い部分が右に片寄っている。店内の照明はほんのりと薄暗く、とても落ち着いた雰囲気。


 真夜中のレストランよりも光が弱い。少し目が悪くなりそうだが、これがこの店の狙いなのかもしれないと解釈した。


 店名は〝爆熱ステーキ〟。その名前からして、どれもできたてで美味しそうなイメージができる。


「いらっしゃいませー。って中谷様。今日はバイト日だったのですね。お疲れ様です」


「ありがとうございます」


「それにしても、今日はおひとりではないのですね。お友達でしょうか?」


「はい。学校の後輩が最近同じ場所でバイトを始めて、ボクの奢りでここのステーキを食べてもらおうかと」


「そんな。ほんとありがとうございます。割引券を確認するので――」


「はい。お願いします」


 怜音と店員の会話がスムーズすぎて困る。本当にここの常連なんだと彼のステーキ愛に押されてしまった。


 案内された席は個室のような造りの四人席だった。梨央が僕の隣に座りたいと言ってきたので、向かいに怜音と神代が座る。


 僕はメニューを確認して何を食べるか考えた。ほとんどが肉厚ステーキの写真で、今までこういうのに触れてこなかった僕には区別がつかない。


 程なくして、店員がやってきた。まだ呼び鈴を鳴らしていないのに、その店員は何を頼むのかを見透かした目で眺めている。


「お冷をお持ちしました。中谷様はもう既にお決まりですよね」


「はい。もちろんいつもの500gステーキのライスセットで」


「かしこまりました。他の皆さんはお決まりではないようですね」


「みたいですね。また呼び鈴で伝えます」


「かしこまりました。どうぞごゆっくり」


 店員がキッチンの方へと戻っていくと、数分後には料理が運ばれてきた。ここの店の人は普段の怜音をどこまで知っているのやら。


 怜音の前に置かれた皿は、大きな鉄板だった。来たばかりなのに、まだ赤身が多く残っている。


 彼はナイフとフォークを器用に使い、真っ赤の身を切ると、側面と断面を2分だけ焼いて食べた。


「怜音。ほとんど焼いてないけど、美味しいんですか?」


「美味しいよ。まあ、ボクみたいに生の肉を2分焼きする人はいないと思うけどね」


「それはどうして?」


「うーん。説明しづらいけど、料理に関してはボクって気分屋でね。店が焼いたものよりも、自分の気分で焼いた方が好きなんだ」


 それだけの理由で2分焼きをしている。なんだか、僕も真似がしたくなってきた。呼び鈴を鳴らし店員を呼ぶ。


 そして『怜音と同じので』と頼むと何故か梨央も乗っかってきて、数分後。


 僕と梨央の前に、真っ赤のステーキ肉がジュワーという音を立てて運ばれてきた。下の面はしっかり火が通っているが、他が生の状態だ。


 僕は梨央と怜音にナイフとフォークの使い方を教わると、一口サイズに切る。


 怜音と同じように2分焼きをして食べると、生っぽい部分としっかり焼かれた部分が、まるでグラデーションのように広がった。


 最初はしっかり焼かれててて香ばしい。だけど、内側は少しフニフニしてて、しっかり噛まないと無理そうだ。


 怜音によると、ステーキ肉は焼きすぎても焼かなすぎてもダメらしい。そして、彼が編み出した最高の時間が2分焼きなのだとか。


「優人くん。春日井さん。もし鉄板が冷えたら店員を呼ぶといいよ。すぐに熱い鉄板に替えてくれるからね」


「『了解です』」


 ステーキこそ初めて食べたが、予想以上の美味しさだった。火が入れば入るほど肉汁がこぼれ出す。


 気がついたら怜音は2皿目を頼んでいた。今度来たのは、少し焦げ茶色をしたステーキ。彼はミディアムで焼いて貰ったと言う。


 そもそも、僕にはミディアムの意味がわからない。でも切った断面はかなり火が通ってる様子。


 それを一緒に付いてきたソースにくぐらせて食べる。本当に怜音はたくさん食べるんだなと思った。


「えーと……。怜音?」


「あ、ごめん。食べるのに集中してた。何かな?」


「その……。そんなに食べて大丈夫なんですか?」


 僕は怜音に問いかけた。すると怜音は右手の親指と人差し指で丸を作る。そして、彼は人差し指の関節を曲げ梨央を指した。


「春日井さん。無理しなくていいよ。残ったらボクが食べるから」


「え? でも、私が頼んだものだし……」


「だけど、顔が無理してるよ。本当はもうお腹いっぱいなんじゃない?」


「ッ!?」


 怜音に図星を突かれた梨央は、ナイフとフォークを置いた。怜音がミディアムステーキを食べ終えると、5口ほど残った梨央のを食べ始める。


 その表情はものすごく余裕そうだった。こんなに食べても彼の体型は細身で、どこで消化されてるのかわからない。


 ここで、空気になっていた神代に気がつく。彼女はまだ何も頼んでいない。空腹になっていないのだろうか。


 怜音が神代に『ライスだけでも頼んだら?』と勧めるが、彼女は無言を貫いた。この表情はきっと呆れているのかもしれない。


「ほんと、あなたたちはお気楽様ね。春日井なんて人を頼ってるじゃない」


「そ、そんなことないよ! 私ほとんど食べたもん!」


「それでもよ。自分で頼んだものはしっかり完食するのがセオリーよ」


「そう言う瑠華ちゃんだって、まだ何も頼んでないじゃん!」


「あたしはあたしよ。自分のこだわりがあるの。こちらのテリトリーに入らないでちょうだい」


 女の言い争い。明らかに梨央が劣勢だった。決着は一瞬でついて、梨央は肩をすぼめ黙り込む。


「ちょっと空気悪いところ邪魔するけど……」


 怜音が突然切り出した。僕はあと一口のステーキをフォークに刺したまま固まる。視線は僕の方へ向いていた。


 怜音のピリっとしたオーラは店内全体に広がる。どんな話がされるのか気になって仕方ない。


 怜音は僕より先に完食する。そして、最後まで飲んでなかった水を一気に飲み干すと、姿勢を正した。


「優人くん。今日は第二で用事があるんだよね?」


「はい。今日は第一の予定がないので、第二で僕に関しての研究に協力して欲しいと」


「なるほどね……。さっき景斗から連絡が来てね。彼によると、水銀を使った実験なんだって?」


「はい。普通の水銀だと人体にも影響があるので、魔専の水銀を使ってやることになってますね……」


 討伐隊での言葉はかなり覚えてきた。どうやら、神代と梨央は気付いていないようだ。


 これでも、彼女らにも理解できる言葉を使ったのだが……。というより、バイトで黒づくめとした会話がむしろ大ヒントだ。


 第一、第二は部隊名。そして、〝魔専〟は魔生物専用の略。つまり、僕の体内に魔生物のみ有効な水銀を流して実験をするという内容だ。


 まかないを食べてる時間にメールが来て、もちろん蓮にも相談した。


 蓮は最初反対していたが、僕が『自分を知りたい』と強く言ったことで、決定。


 もしも僕の中の構造が魔生物側だったら、強い反応を示す。それを確認したいだけ。


 僕の血液を利用したワクチンが作れない今。自分が安全であることを証明する。それが出来たら……。


 僕は持ち上げたままの一口ステーキを食べて、ライスを完食する。店を出ると、本当に怜音が全額支払ってくれた。


「じゃ、春日井さんと神代さんは気をつけて帰ってね。って、今日は大学だったね」


「大学はやってるけど、魔生物科は休みですね。瑠華ちゃんと中谷さんは同じ学科だから……、瑠華ちゃん無理しないでね……!」


「あなたのどの口が言ってるのかわからないわね……。あたしは平気よ」


「あ、あはは……」


「じゃ、ボクたちは拠点に帰るね。優人くんを見送ったら、ボクも大学向かうから」


「『了解です! お疲れ様でした!』」

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