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第19話 (中編)

 僕が魔生物で、それで人間でもある。解毒が無事完了したことはこれで証明された。


 零夜さんは僕の血をジロジロ眺めている。皿の上に垂らし、試験管の中の水銀を入れる。すると、血は蒸発せずに水銀を受け止めた。


 そして溶け合い、さらに血が黒くなる。これが僕の――今の僕の血の能力。自分で改変した。それができた。


「ゆーとくんはすごいよ。今垂らしたのは普通の水銀。本当に無効化してる……」


「あ、ありがとうございます……。あ、僕一つ思いついたことがあるので、やってもいいですか?」


「思いついたこと?」


「はい! えーと景斗さんを呼んで……。あ、通路開いた。零夜さん入ってください!」


 僕たちはゲートを潜り、訓練場へと向かう。今回のゲートは移動時間が長かった。体感時間では5分くらいだろうか。


 訓練場に着くと、零夜さんが来るのを待った。3分の時間差だった。今はまだ昼間なので、ここを利用してる人は誰もいないは……。


「やあ。優人さん。君も来たんだね」


「景斗総司令!?」


「ふふ。先読みして待ってたよ。これくらい簡単だしね」


 移動が速すぎる。多分僕が連絡してすぐ。いや、発言からして連絡する前には来ていたのだろう。


 僕は景斗さんに頼んで蓮の様子をチェックしてもらう。僕が勧めた通り、彼は眠っているようだった。


 ただ、もうすぐ起きそうなところまで睡眠が浅いらしい。蓮のショートスリープ芸が復活したようで良かった。


「優人さん。もう大丈夫なの?」 


「はい。もう回復はしました。水銀の毒も効かなくなったし。これでさらに戦いやすくなった気がします」


「なら良かった。じゃあ、僕の特別訓練と行こうか」


「お願いします!」


 景斗さんは、魔法で長剣を生成する。それは、禍々しい紫色をした剣だった。それに倣って、僕も水剣を生成する。


「僕が君の相手をして君が僕に勝てた場合。君は僕以上の強さを持ったことになる。それはわかるかな?」


「はい」


「君は麗華さんや斬さんにはもう既に勝てている。まあ、斬さんの場合は許容があったみたいだけど。つまり、もう僕に勝ててもいいくらいなんだ。次期隊長の推薦をしたのは僕だからね。だけど、君が魔生物であることが証明されつつある。今回は証明されなかったけど、血の状態から見て完全に人とは言いきれない状況だ」


 景斗さんが言ってることは何も間違っていない。いつ候補から下ろされるかわからない。だから今僕は……。


「僕が景斗さん――。いや総司令に勝てたら、隊長になれる確率は上がるんですか?」


「多分ね。あとは……。ちょっと予言っぽくなるけど……。もし今日停電したら、電力充填お願いできるかな? それであの電流での誘発に耐えられれば、2つ目の条件はクリアだから」


「は、はい! よくわからないけど。やってみます!」


「じゃあ。本題始めるよ」


「はい!」


「紋章展開」「盲視術 ブルーアウト!」


 僕の視界が青くなろうとした時。景斗さんの瞳が真っ白に染まった。今の彼は目も耳も使えない。


 簡単に考えればこっちが有利。だから、僕は必死に攻めようとした。しかし、感じるのは、どこからともなく襲ってくる痛みだ。


 景斗さんの足音が全く聞こえない。息遣いすら感じ取れない。完全に気配を消している。消されている。


 僕は剣を振り回す。そこで蓮が目を覚ました。なんだなんだと、蓮が問いかけてくるが、今はそれどころではない。


(蓮。そっちから外の状況は見える?)


 ――『見えてるぞ。けど、誰と戦ってるんだ?』


(景斗総司令。総司令の気配が何も感じられないんだ……。まるで誰もいないかのように)


 ――『わかった。俺の方で探す。こういうのは苦手だけどな』


(了解!)


 蓮との協力バトル。彼の影が薄くなる。集中モードに突入したようだ。身体が熱くなる。踏み出す一歩が非常に重く強い。


 蹴り飛ばすと、身体が浮遊した。風が気持ちいいくらいに肌を叩く。前髪が目に触れた。そこまで速く走っている。


 蓮が道を作る。脳内に描かれる螺旋。そこを頼りに動く。それだけで、自分だけの強さを得ようともがいた。


「優人さん。その速度じゃ僕には追いつけないよ」


「け、けど、今景斗さんは目も耳も……」


「使えてないって言いたいんでしょ? 僕にとっては目も耳も使えない状態が、普段の生活のひとつだから慣れている。こういうのは肌で感じるんだ。風の強さとか振動でね」


(風の強さと振動……)


 何もわからない。だけど、たしかに風が吹き付けた時少し変な感覚がした。距離がわかる。僕もそれを頼ることにする。


 剣で風を起こす。水剣での風力はそこまで強くない。逆に景斗さんの風圧に負けてしまう。追いつけない。


 さすがは総司令だ。麗華さんよりも、星咲副隊長よりも強い。まるで、蓮と戦っている――いや蓮以上に強い人と戦っているようだ。


 こんな相手に勝てる気がしない。力でも、能力でも、実力でも、きっと戦績でも上だ。


 地球よりも宇宙よりもずっと、ずっと広い世界を見ているのかもしれない。そんな人の相手をしている。


 風の動きが変わる。さっきよりも強力で、両足で踏ん張っても吹き飛ばされる。ここを打破する方法。


 ――『優人! 幻水と翠刻を使え!』


(で、でも、翠刻は地上戦では意味ないんじゃ)


 ――『大丈夫だ。改良は済んでいる』


(い、いつの間に!?)


 ――『そうだ! 加えて幻水陰速と翠刻は相性がいい。併用すればより強力になる!』


「わかった。幻水 陰速! 翠刻同時展開!」


 大量の分身を作る。大量の槍を作る。全ての分身が槍を持つ。そして投げる。ここからは翠刻だけの連続使用。


 だけどここで気がついた、槍の形状がほんの少し、ほんの少しだけ違う感じがいいする。


 槍の穂先部分は水中で使ったものよりも鋭く長い。そんな印象を持てそうなくらいの長さ。


 蓮のたったちょっとのこだわりで、ここまで違うなんて、風を切る音が複数聞こえる。槍が矢のように飛ぶ。飛ぶ。飛び続ける。


「優人さんその調子!」


「はい!」


 もっと槍を錬成させる速度を上げたい。だけど、魔力の消費が速すぎる。蓮に頼めば、魔力錬成ができる。


 それでも。それでも、もう僕は人を頼りたくない。自力で蓮を超え、景斗さんを超えたい。強く、強くなりたい。


 次の隊長は僕なんだ。僕が、この第一部隊を引っ張って行くんだ。僕が弱かったら……。弱かったら破綻してしまう。


「焦り顔になってるよー。もっと集中集中。意識が乱れていると、気配も感じ取れないからね」


「ッ!? けど、景斗さんは……!」


だよ。空気の波長だけでわかるんだ。僕はどんな繊細な空気や振動でも感じ取れるように、ずっと鍛えているからね」


「そんな……」


 景斗さんには、隙という隙がない。100歳……。100年……。蓮に聞いても視界に入らないくらいの身軽さ。


 長生きしているのに老いない姿。なにもかもが桁違い。経験値が違いすぎる。彼の限界はどこなんだ……。


(蓮。槍も魔力水からできているんだよね?)


 ――『一応な。今のところは他素材が使えな……』


(ある! 水銀がある。克服した際素材データを記憶しておいたから。再現すれば使える)


 ――『なるほどな。それなら俺がサポート。してやるよ!』


(ありがとう!)


 自分が記憶した情報を元に、剣の属性を変化させる。手元が熱くなる。素材が固くなる。柄が出来上がる。


 目が見えないためフォルムの想像がつかない。だけど、ただの水よりは強いことは、感覚だけでわかった。


 絶対勝つ。景斗さんに、無敵に近い人に勝つ。その一心で、地面を蹴り飛ばした。

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