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第21話

 2人きりになって数十分。僕と零夜さんは何も話さないままだった。そもそも何を話すかも決めていない。


 僕が持つジョッキには薄紫色の魔力水。零夜さんに貸しているカップには透明な魔力水。


 普通のも自分専用のも作れるようになり、かなり幅が広がったんだなと、個人的に思う。


 しかし、零夜さんは喉が渇いていないのか知らないけど、魔力水を飲もうとしなかった。むしろ、『これは何?』とでも言うような……。


「ゆーとくん。これ、本当に飲んでいいんだよね?」


「あ、はい。どうぞどうぞ……」


「な、なんか怖いな……」


(怖い?)


「昔、総司令が作った魔力水で体調を壊したことがあるんだ。魔力摂取オーバーが原因だったらしい。それ以来一度も飲んでないっていうか……。また同じことを繰り返すんじゃないかって。だから怖い……」


「そうなんですね……」


 その話を聴きながら、僕はジョッキを持って一口飲む。水に含まれる魔力が全身を駆け巡る感覚に慣れすぎていた。


 だからか、魔力水による摂取オーバーや魔力中毒が理解できない。体調を崩したことのない僕が異常なのだろうか。


「零夜さん。すぐに魔力濃度を変えますけど……」


「い、いや……」


「わかりました。ちょっと待っててください」


 僕はカップに入った魔力水を捨て、容器を洗った。部屋を出てリビングに行くと、冷蔵庫から麦茶を取り出す。


 戻ると零夜さんは本を読んでいた。どうやら魔生物に関する資料集のようだ。蓮に聞けば情報を入手できる僕には関係な……。


「ゆーとくん。これちょっと見てもらってもいいかな?」


「はい?」


 零夜に呼ばれて、隣に座る。しっかりと背の部分があるけど、よく見たら紙束を束ねて紐で繋いで、厚紙で背表紙を作っただけのもの。


 手作り感の強い本には、これまで第二部隊と第一部隊。それに下級戦闘部隊の第三部隊が遭遇した魔生物の一覧表がある。


「この前ニュースになってた魔生物。たしかドラゴンだったよね?」


「ドラゴン?」


「え? もしかしてわからない? 龍って言った方が良かったかな?」


「い、いえ、わざわざ言い直さなくて大丈夫です。そうですね。黒ずんだドラゴンだったと思います」


「ありがとう」


 零夜さんはページを何度も、何度もめくる。そうして出てきたのは、龍の写真だった。


「とある世界では、龍と契約するなにかがあったらしいけど。多分違法な方法で捕獲して実験材料にされた可能性があるね……。今頃仲間が悲しんでると思う」


「それは……。たしかにそうですね……。実験体にされた僕も被害者ですけど……」


「ゆーとくんが実験体に?」


「はい……。ただ、記憶がないんです。僕の両親が深く関係しているのはわかったんですけど……」


 自然と過去語りをしていた自分に、ハッと我に返る。かなり深いところまで話してしまったことに、少し後悔した。


 対して、そんな僕の語りに興味を持っていないのか、零夜さんは龍の写真を眺めている。


 その頬には涙が伝っていて、かなり申し訳なさそうな表情をしていた。僕だって悲しい。周りとは違う存在になった僕が悔しい。


 いつの間にか僕も泣いていた。自分の中にいる蓮も、きっと泣いている。そんな気がした。


「ちょっと、ティッシュ持ってきますね……」


「ありがとう。ゆーとくん」


 部屋には一度も使ったことの無い箱ティッシュのセットがあった。今日、ようやくその出番がきたことに、自分の感情は一時的なものだと感じる。


 一箱取り出し零夜さんに渡すと、彼は数枚取って鼻をかんだ。


「さっきちょっと考えたんだけど……」


「なんですか?」


「その……。もしゆーとくんが第一部隊じゃなくて、第二部隊に入ってたらどう思う?」


「え?」


 全く想像がつかない。そもそも、第一部隊に入ったきっかけは全て蓮と星咲副隊長だ。それに、研究が主の第二部隊に入ったら……。


「きっと、自分のことを責めてしまう。って顔だね」


「はい。僕はみんなとは違うし。特性も特徴も、個性も違う。僕の心臓は人のものではないし。きっと僕とは何かを余計に考えるかもです」


「ありがとう。やっぱり、ゆーとくんを誘うのはやめるよ。君は第一部隊の方が合ってると思う」


「そうですね……」


 零夜さんは少し諦めた顔をして資料の方に視線を戻した。僕は彼が何を目的として聞いてきたかわからないまま、ジョッキを持つ。


 再び含んだ魔力水は、一回目とは違った。なんだか甘いような、爽やかなイメージで、苦味が消えている。


 なぜ一回目と二回目で味が違うのか知らない。もしかしたら僕の感情の変化が関係しているのだろうけど……。


 そういえばお昼を忘れていた。それに気づいた零夜さんが一度亜空間に入ると、紙で包んだ食べ物を二つ。


「それはなんですか?」


「知らないの? ハンバーガーだよ。昨日買ったものだけど、亜空間に入ってるなら期限関係なく食べられるからね。1個あげるよ」


「あ、ありが……」


 僕がハンバーガーという食べ物が入った紙包みを取ろうとすると、零夜さんは手を引っ込める。


 そうして『ハンバーガーは温めた方が美味しいから』と、僕の部屋にあるレンジに入れ温めを始めた。


 1分半後。レンジから出てきたハンバーガーは、ほっかほかに温まっていた。紙を開くと、具材をパンで挟んだものが顔を出す。


 だけど、予想していた形よりも少し見た目が悪かった。


「ちょっと、崩れてますね……」


「そうだね。自分のハンバーガーの方が形いいから、交換する?」


「い、いいです……。どれ食べても一緒だと思うし」


「了解」


 形を留めていないが、まずは口に入れる。薄い肉はとても柔らかいが、レタスがしなしなになっていた。


 それでも、口と手元を行き来して知らぬ間に食べ終わる。零夜さんの方を見ると、彼はハンバーガーをそれぞれの食材に分解していた。


 手が汚れそうな食べ方で少し気が引ける。だけど、その理由はすぐにわかった。


 彼はハンバーガーの具材から野菜だけを抜いていて、ほかの部分を組み合わせて食べ始める。


 どうやら野菜が嫌いなようだ。少し酸っぱいように感じたきゅうりはピクルスというみたいだが、それも外している。


「自分はこれ要らないから、ゆーとくん食べる?」


「あ、はい……。いただきます」


 僕は零夜さんが弾いた野菜とピクルスを食べる。これだけでも美味しいのに、もったいないことをするような人だ。


 たったそれだけで、彼への評価が少し下がった気がした。


「ご馳走様でした」


「よかった。あ、そうだ」


「?」


「実は総司令から預かってるものが……」


「もしかして……」


 零夜さんは、再び亜空間を開く。そこから出たのは、予想通り魔生物の残骸だった。それが目に入った瞬間、僕の中で蓮が暴れ出す。


「本当は呼び出したくないんですけど……」


「呼び出したくない? あ、蓮のこと? 大丈夫大丈夫。元々これは蓮のためにって受け取ったものだし……」


「いやそういう意味じゃ……あれ?」


 僕が蓮のことで戸惑っていた時、一瞬目の前が点滅した。天井を見ると蛍光灯がチカチカと点滅している。


 景斗さんの予想が当たったのかもしれない。僕は蓮との間に壁を作り、立ち上がる。向かう先は魔力発電室だ。


 コンコン。僕が部屋を出ようとした時、誰かが扉をノックする。開けるとそこには麗華さんが立っていた。


 会社で異変を感じたようで、急いで帰ってきたらしい。僕は零夜さんを残して、部屋を出た。


「見世瀬さん。話は総司令から全て聞いています。一緒に向かいましょう」

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