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十話 ボロボロな人形


誰かが、階段を上がってくる——。


(……誰だ?)


全身がこわばった。反射的に息を殺し、身をかがめる。


足音はゆっくり。でも、確実に近づいてくる。


カツ、カツ、カツ……。


廊下に響くその音が、やけに不気味だった。


そして——

足音が、部屋の前でピタリと止まる。


ライトの光が、こちらを照らす。


「先輩!?」


まぶしさと一緒に飛び込んできたのは、聞き覚えのある声だった。


(……え?)


眩しさに目を細めながら、声の主を見る。


そこに立っていたのは——学校で出会った、不思議な雰囲気をまとった少女、美琴だった。


「美琴!?」


思わず、声が裏返った。


驚きと戸惑いが、胸の奥でぐるぐると渦を巻く。

こんな場所で、彼女と再会するなんて——想像すらしてなかった。


「どうしてこんなところに……?」


美琴が、不安そうに僕を見つめている。


その視線に息をつきながら、僕は少し肩をすくめて答えた。


「それはこっちのセリフだよ……実は友達を探しに来たんだ」


「お友達を……ですか?」


「そう。昨日の夜、ここに侵入した配信者達の中に僕の友人がいた可能性があってさ。そいつがまだ帰ってきてなかったから……もしかするとって思ってさ」


「配信、ですか?」


彼女はキョトンとして僕を見つめる。


「今朝、学校で話題になってたんだ。生配信で霊が映ったって」


「そう……ですか」


美琴がそっと視線を落とす。


その手には、小さな木彫りの人形が握られていた。

ボロボロで、犬の足が片方もげてしまっている。年季の入った、それでもどこか温かみのある形。


「美琴はどうしてここに?」


僕が尋ねると、彼女は静かに答えた。


「私は……これを届けに来たんです」


「それを……届けに?」


一瞬、意味が分からなかった。


届けるって……誰に?


でも、美琴の表情は真剣だった。冗談なんかじゃない。


「先輩……私は霊が見えるんです」


その一言に、鼓動が跳ねた。


「えっ……」


思わず言葉が詰まる。


「ここに住む霊……いえ、ここに“”男の子に、この人形を届けに来ました」


男の子。


間違いない。彼女は、あの霊を見てる。


「実は……僕にも霊が見えるんだ」


口が、勝手にそう言っていた。


これまで誰にも話したことのない秘密だった。

でも、美琴には……なぜか話せた。


「ですよね」


彼女は微笑んだ。


「なんとなく、気づいてました」


「えっ、なんで?」


「霊から目を逸らす仕草、してましたから」


——どうやらバレてたらしい。


学校でも、見えてしまう霊を見ないフリしてた。それを、見抜かれてたなんて。


「あの子を……一緒に探しに行きましょう、先輩」


美琴の声は、まっすぐだった。


「見えてる以上、霊との関わりは避けて通れません」


彼女は僕の考えを理解しているかのようにそう告げてくる。


「っ……」


分かってる。分かってるけど……怖いんだ。


母さんが霊に襲われた、あの夜のことが頭をよぎる。



「それに、私と一緒にいれば安全ですから」


そう言って笑った美琴の顔は、どこか頼もしかった。


…………。


確かに…彼女となら——翔太を見つけられるかもしれない。


「わかった……一緒に探そう」


そう答えると、美琴が手を差し出してきた。


そっと、その手を握る。


立ち上がった瞬間、まだ膝が痛んで少しだけよろけた。

美琴がすっと支えてくれる。


「ありがとう」


その温もりが、不思議と怖さを和らげてくれた。


——そして、僕たちは手術室へ向かった。


廊下の空気が重たい。

消毒液の残り香と、金属のきしむ音が静けさを破る。


……気配がある。


確かに、“何か”がいる。


そのとき——


姿を現した。


誠也。


病衣を着た小さな男の子の霊。

痩せ細った体に、寂しげな瞳。その目が、こちらを見つめていた。


美琴が、一歩前に出る。


「もう大丈夫……寂しかったよね」


人形を胸元に抱えて、ゆっくりと歩み寄る。


でも——


「来るな!!」


鋭く、叫び声が響いた。


次の瞬間、近くの錆びたトレイが宙を飛ぶ。


カンッ!


金属音が空間を裂いた。


「っ……!」


美琴は、逃げなかった。


トレイを受け止めたその手には——まだ、しっかりと人形が握られていた。

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