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十四話 巫女の力

僕の意識は、ゆっくりと現実へ引き戻された。


目を開けると、頬を一筋の涙が伝っていた。


隣を見ると、美琴も目を伏せたまま、静かに涙を流していた。


「……可哀想、ですよね」


彼女の声は、小さく、かすかに震えていた。


「うん……」


僕も、同じように震える声で答える。


こんな小さな子が、大きな寂しさを抱えたまま、この地に縛られていたなんて。


もう――

僕の目に映る誠也くんは、恐ろしい存在なんかじゃなかった。


膝の上で、誠也は目を閉じている。

木彫りの犬をぎゅっと抱きしめながら、穏やかな光に包まれていた。


「せいや……やっと、みんなに会える?」


そっと問いかけると、美琴が優しく頷く。


「うん。もう、大丈夫だよ」


祈るような声で、美琴は言葉を紡いだ。


「浄魂の祈り……汝、純なる魂よ――

浄土へ穏やかに還りなさい」


紅い光がふわりと広がり、誠也の身体をやさしく包み込む。

月明かりのなかで、その姿はゆっくりと揺らぎながら、淡く溶けはじめる。


『ありがとう……お兄ちゃん……お姉ちゃん……』


その言葉のすぐあと――


『あれ……みんなが……見える……』


誠也が、ぽつりと呟いた。


そして……

小さな両手を、そっと広げる。


まるで誰かに抱きしめられるのを、優しく受け止めるように。


その姿のまま、彼の身体は静かに揺らぎ、

月明かりの中に、ゆっくりと――完全に消えていった。


「いまのは…」


「きっと迎えに来てくれたんでしょうね…」


と美琴が天井を見上げてそう言った。


(そっか…彼はようやく、家族のもとへ帰ることができたんだ。)


僕の胸は、どこか満たされていた。


あの記憶を見てから、きっと――僕は誠也に同情していた。


だからこそ、彼が成仏できたことを、心から嬉しく思っていた。


美琴はそっと、床に落ちていた人形を拾い上げ、膝の上に置いた。

その仕草はどこか寂しげで、それでいて、あたたかかった。


僕は静かに息を吐き、床に手をつく。


そのとき、自然に言葉がこぼれた。


「美琴……今の力って……?」


あの紅い光。

記憶を映し、魂に触れるような不思議な力。


普通の人に…できることじゃない。


美琴が、ほんの一瞬だけ動きを止めた。

月明かりが横顔を照らし、彼女はゆっくりと僕のほうを見る。


「私は……巫女の血を引いています」


その言葉に、思わず息を呑んだ。


「巫女……?」


美琴は小さく頷いた。


「はい。ただし……“穢れた血”なんです」


その声は、夜の風に溶けるように静かで、どこか自分を責めるようだった。


「巫女が……穢れた血って、どういう意味?」


問いかけに、美琴は目を伏せたまま、静かに答える。


「私の先祖は……禁忌を犯しました。

だから、この力は“穢れたもの”なんです」


淡々とした声。けれど、その言葉の一つひとつが、胸に深く沁みこんでくる。


何を聞いてはいけないのか。

どこまで踏み込んでいいのか。

僕にはまだ、わからなかった。


だけど――


美琴が、ふっと微笑んだ。


「でも……それでも、私はこの力を使います。

この血が穢れていたとしても、誰かが助けを求めているなら」


その声はとても静かで、でもまっすぐだった。


月明かりの下で、美琴の横顔は、どこまでも儚く、どこまでも強く見えた。


僕はただ、その姿を見つめることしかできなかった。


──


掌に残る あの日のかたち

愛されしこと 忘れずとも 逢えぬ日々

ただ祈りを 胸に宿して

名を呼ぶ声 ついに届き

いまこそ 還りゆかん


――琴音


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