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四話 霊眼術

視界がかすんでいく。

美琴の手から流れ込んできた“何か”が、僕の中に広がった。


胸の奥がざわつき、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

さっきの記憶――彼女の叫び、母親への怒り、そして後悔。

すべてが渦巻き、僕を飲み込もうとしていた。


……違う。

これは僕の感情じゃない。

でも、それなのに とてつもない後悔を感じていた。


「先輩……その目の色は……!」


美琴の声が震えている。

懐中電灯の光が揺れる中、彼女は僕をじっと見つめていた。

その表情は今までに見たことがないほど、驚きと戸惑いに満ちていた。


「え……?」


思わず自分の目を擦る。

指先が頬を伝った――涙が流れている。

そしてその涙が床に落ちる瞬間、視界の端で青い光が揺らめいた。


「……え?」


僕の目が、碧く光っている?


反射的に美琴を見ると、彼女は動揺を隠せない様子だった。

ためらいがちに口を開く。


「まるで……霊眼術のようですが……」


霊眼術?

聞きなれない言葉に、頭が混乱する。

でも、美琴は眉をひそめ、静かに首を振った。


「いえ……でも、何かが違う……?」


その瞬間、背筋に冷たいものが走った。

違う?霊眼術じゃない?

そもそも霊眼術って何なんだ?


考えようとしても頭がうまく働かない。

とにかく胸の奥のざわめきが収まらない。


——視た。

僕は確かに“視た”んだ。


彼女がこのトンネルで何を思い、何を残したのか。

その強烈な感情の奔流が、今も体に残っている。


「先輩、今……何か視えましたか?」


美琴の問いかけが、遠くから響いてくるように感じる。


喉が渇く。

心臓が、うるさいくらいに脈打つ。


何を答えればいい?

いや、今の僕に答えられる言葉なんてあるのか?


この目は、一体……。

さっき僕が視たものは……何だったんだ?


言葉を探すより先に、急激な疲労が襲ってきた。

体が鉛のように重くなっていく。


「っ……」


ふらつく僕を、美琴が支えた。

小柄な彼女に寄りかかるなんて情けないけど……今はそれすら考えられなかった。


「先輩、大丈夫ですか?」


美琴の手の温もりが、かすかに意識を繋ぎとめる。

けれど、目を閉じた瞬間、意識が闇に落ちていった。



どのくらい時間が経ったのだろう。

目を開けると、僕はトンネルの外にいた。

夜風がひんやりと頬を撫で、遠くでカラスが鳴いている。


「……目が覚めましたか?」


隣に座る美琴が、ベンチから顔を覗き込む。

穏やかな笑みを浮かべているけれど、よく見ると指先がわずかに震えていた。


「……美琴?」


名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと頷いて尋ねてくる。


「先輩、お身体の方はどうですか?」


「なんだか…すごく重い…。あと…目が熱い気がする…。」


そう今の僕の身体はやけに重かった。


そして目の熱さも感じていた。


「先輩…今日の出来事は分からないことだらけです。でも、確かなことが2つあります」


彼女の視線が、僕の瞳をまっすぐに捉える。


「ひとつは、私から何かしたわけではないということ。

先輩自身が、私の気に共鳴して、自発的に目が“開いた”ということです」


「…………」


「そしてもうひとつ……」


美琴は一瞬言葉を止め、静かに続けた。


「その力は、私の霊眼術と“似ているようで、決定的に違う”かもしれません」


決定的に違う。


その言葉が、胸の中で鈍く響く。


僕と美琴の力は、違う…?

じゃあ、この目は?僕が視たものは?


そもそも霊眼術ってなんなんだ…?


疑問がいくつも浮かび上がる中、美琴が立ち上がり、柔らかく微笑んだ。


「また明日、お話しましょう。私も少し調べてみますから」


月光が美琴のポニーテールを照らし、揺れていた。

その瞳の奥に、ほんの少しだけ迷いが浮かんでいた。



それからまた少し時間が経ち、 どうにか歩けるくらいまでには回復した。


「美琴…こんなに待たせてごめん…。」


そう彼女に頭を下げる。


「いいえ そうなるのが当然ですから。」


「美琴は霊眼術?って言うのに詳しいんだよね?」


「そうですね。 なのでそちらも明日、詳しくお話します。」


と微笑んで答えてくれた。


こうして言葉にならない体験に揺さぶられた一日は、静かに終わった。

バス停の灯りが小さく揺れ、夜の静けさが僕らを包む。


足元の小石を踏む音が、いつもより長く響いた。

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