美琴の結界を“押す”ことができないまま、
僕の中に焦りがどんどん積もっていく。
(どうすればいい……?)
けれど、答えは出ない。
今は――ただ、集中するしかない。
僕は再び勾玉を握りしめ、霊力を込める。
赤い光が、掌にじわりと灯る。
「……星燦ノ礫ッ!!」
叫ぶように放った。
(頼む……どうか、届いてくれ!)
だが――
バチンッ!
鋭い音を立てて結界が揺れるだけ。
またしても、弾かれた。
「……くっ」
2発目の術で、体力も霊力も消耗していた。
膝が崩れ、僕はその場に尻もちをついてしまう。
悔しさで、指がかすかに震える。
そんな僕に、美琴がそっと歩み寄ってくる。
そして、静かに口を開いた。
「先輩。……古の巫女の術は、“想い”の強さで力が変わります」
「……想い?」
僕は顔を上げ、美琴を見つめる。
「はい。だから、光弾を強くしたいなら――
“想う気持ち”を、もっと強く込めてください」
彼女の声は穏やかで、それでいて確かな芯があった。
……想い。
僕はゆっくりと立ち上がる。
そして、再び勾玉に霊力を込めながら、深く、深く息を吸った。
胸の奥に眠る想いを、ひとつずつ、形にしていく。
美琴と共に廃工場へ行きたい。
彼女の力になりたい。
隣に立ちたい。
……支えたい。
(僕は……彼女の役に立ちたいんだ!!)
その瞬間、勾玉がより強く赤く輝いた。
「星燦ノ礫ッ!!」
放たれた光弾は、明らかに今までよりも大きく、強く見えた。
バチンッ――――!!!
鋭い音が森を裂いた。
結界が、確かにわずかにたわんだ。
けれど――
赤い膜は砕けず、光弾はあっけなく霧散していった。
「……っ」
(ダメなのか……?)
全力を込めたはずの一撃が、またも通じなかった現実が僕の力不足を突きつけてくる。
美琴が静かに僕を見つめていた。
その茶色の瞳には、淡い憂いが揺れている。
「先輩。どうして……私と一緒に、廃工場へ行きたいんですか?」
秋風が吹き抜け、後ろで束ねられた髪がふわりと揺れた。
どうしてか、なんて――
もう、とっくに決まってる。
「……美琴の、役に……立ちたいんだ」
喉が乾いて、声が掠れた。
たったそれだけの言葉なのに、胸がぎゅっと締め付けられる。
美琴がゆっくりと歩み寄ってきて、
そして、ひんやりとした指先が、そっと僕の頬に触れた。
一瞬、心臓が跳ねる。
柔らかな温度が、静かに皮膚から心に染みていく。
「私は、先輩のことを――一度も“役に立たない”なんて思ったことはありませんよ」
「むしろ……その逆です。
私は、先輩に支えられています」
その言葉が、鋭く、でもどこか優しく胸に突き刺さった。
「……」
僕は思わず拳を握りしめる。
本当に、そんなふうに思ってくれているのだろうか。
僕は、彼女を支えられていたのだろうか。
廃病院で霊を成仏させたこと。
倒れた彼女のそばにいたこと。
それは確かに“寄り添う”ことはできていた。
でも、“支える”なんて、大それたことができていたとは――
……そう思った時、ふと気づく。
美琴は、わかっていたんだ。
僕が焦って空回りしていることも、自分を“足りない”と思い込んでいることも。
だからこそ、“支えている”という言葉を選んでくれた。
「……」
彼女を見ると、美琴は柔らかな笑みを浮かべていた。
茶色の瞳が優しく光り、ゆっくりと、片目を閉じる。
――ウインク。
言葉はなかったけれど、まるで
「大丈夫ですよ。私は信じています」
そう語りかけられた気がした。
髪が風に揺れ、秋空に紅葉がひとひら舞い落ちる。
その瞬間――
心の中に溜まっていた重さが、少しだけほどけていった。
美琴の手が頬から離れる。
一歩だけ、彼女が下がった。
その瞳には、確かな信頼と、揺るがない優しさが宿っていた。