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七話 想いの強さ

美琴の結界を“押す”ことができないまま、

僕の中に焦りがどんどん積もっていく。


(どうすればいい……?)


けれど、答えは出ない。

今は――ただ、集中するしかない。


僕は再び勾玉を握りしめ、霊力を込める。


赤い光が、掌にじわりと灯る。


「……星燦ノ礫ッ!!」


叫ぶように放った。


(頼む……どうか、届いてくれ!)


だが――


バチンッ!


鋭い音を立てて結界が揺れるだけ。

またしても、弾かれた。


「……くっ」


2発目の術で、体力も霊力も消耗していた。

膝が崩れ、僕はその場に尻もちをついてしまう。


悔しさで、指がかすかに震える。


そんな僕に、美琴がそっと歩み寄ってくる。


そして、静かに口を開いた。


「先輩。……古の巫女の術は、“想い”の強さで力が変わります」


「……想い?」


僕は顔を上げ、美琴を見つめる。


「はい。だから、光弾を強くしたいなら――

“想う気持ち”を、もっと強く込めてください」


彼女の声は穏やかで、それでいて確かな芯があった。


……想い。


僕はゆっくりと立ち上がる。


そして、再び勾玉に霊力を込めながら、深く、深く息を吸った。


胸の奥に眠る想いを、ひとつずつ、形にしていく。


美琴と共に廃工場へ行きたい。

彼女の力になりたい。

隣に立ちたい。

……支えたい。


(僕は……彼女の役に立ちたいんだ!!)


その瞬間、勾玉がより強く赤く輝いた。


「星燦ノ礫ッ!!」


放たれた光弾は、明らかに今までよりも大きく、強く見えた。


バチンッ――――!!!


鋭い音が森を裂いた。


結界が、確かにわずかにたわんだ。


けれど――


赤い膜は砕けず、光弾はあっけなく霧散していった。


「……っ」


(ダメなのか……?)


全力を込めたはずの一撃が、またも通じなかった現実が僕の力不足を突きつけてくる。


美琴が静かに僕を見つめていた。

その茶色の瞳には、淡い憂いが揺れている。


「先輩。どうして……私と一緒に、廃工場へ行きたいんですか?」


秋風が吹き抜け、後ろで束ねられた髪がふわりと揺れた。


どうしてか、なんて――

もう、とっくに決まってる。


「……美琴の、役に……立ちたいんだ」


喉が乾いて、声が掠れた。

たったそれだけの言葉なのに、胸がぎゅっと締め付けられる。


美琴がゆっくりと歩み寄ってきて、

そして、ひんやりとした指先が、そっと僕の頬に触れた。


一瞬、心臓が跳ねる。

柔らかな温度が、静かに皮膚から心に染みていく。


「私は、先輩のことを――一度も“役に立たない”なんて思ったことはありませんよ」


「むしろ……その逆です。

私は、先輩に支えられています」


その言葉が、鋭く、でもどこか優しく胸に突き刺さった。


「……」


僕は思わず拳を握りしめる。


本当に、そんなふうに思ってくれているのだろうか。

僕は、彼女を支えられていたのだろうか。


廃病院で霊を成仏させたこと。

倒れた彼女のそばにいたこと。


それは確かに“寄り添う”ことはできていた。

でも、“支える”なんて、大それたことができていたとは――


……そう思った時、ふと気づく。


美琴は、わかっていたんだ。

僕が焦って空回りしていることも、自分を“足りない”と思い込んでいることも。


だからこそ、“支えている”という言葉を選んでくれた。


「……」


彼女を見ると、美琴は柔らかな笑みを浮かべていた。

茶色の瞳が優しく光り、ゆっくりと、片目を閉じる。


――ウインク。


言葉はなかったけれど、まるで

「大丈夫ですよ。私は信じています」

そう語りかけられた気がした。


髪が風に揺れ、秋空に紅葉がひとひら舞い落ちる。


その瞬間――

心の中に溜まっていた重さが、少しだけほどけていった。


美琴の手が頬から離れる。


一歩だけ、彼女が下がった。

その瞳には、確かな信頼と、揺るがない優しさが宿っていた。

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