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八話 眠れない夜

「……支えられてきました」


美琴のその言葉が、胸の奥深くに染み渡っていた。


ただ一緒に行きたいんじゃない。

――彼女を“支えたい”から、共に行きたいんだ。


その想いが、はっきりと輪郭を持った瞬間。


僕の体は自然と動いていた。

勾玉を握る手がわずかに汗ばみ、構えを取る。


風が、紅葉をさらりと揺らす音が耳に届く。

森の冷たい空気が頬をなぞり、静かに緊張を煽ってきた。


――支えたい。


その願いを心の奥から強く放った瞬間、

勾玉が、まばゆい光を放ち始めた。


「……星燦の礫!!」


放たれたのは、碧と紅の霊気が溶け合った一撃。

これまでとは比べ物にならない、圧倒的な力を宿した光弾だった。


バチィィィン!!!


轟音が森を貫き、空気が震える。


落ち葉が宙に舞い、風が渦を巻く。


そして――

結界が、動いた。


揺れる。

押される。

一瞬だけ、たわんだ。


「……っ、はぁ、はぁ……」


膝が震え、息が乱れる。

勾玉を握る手が熱を帯びていて、全身から力が抜けていくようだった。


その時――


「……合格ですね」


美琴の柔らかな声が、耳に届いた。


穏やかに光る茶色の瞳。

どこか嬉しそうに微笑むその顔が、秋の陽光に優しく照らされている。


後ろで束ねた髪が風に揺れ、

その姿が、少し眩しく見えた。


「……よかった……」


胸の奥に張り詰めていた緊張が、ふっと溶けていく。


美琴が一歩、僕に近づいてきた。


「先輩。体力をしっかり回復させて――

次の休日に、廃工場へ向かいましょう」


静かだけど、まっすぐな言葉。


その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


風に揺れるブレザー。

その中に、確かな覚悟が見えた。


――ようやく、並び立てる。


どうにか、

彼女と一緒に、“あの場所”へ行くことが許されたんだ。


数日が過ぎた。


学校では、いつもと変わらない時間が流れていた。

翔太と他愛のない話をし、美琴が静かに微笑む。


冷たい風が教室の窓から吹き込んで、カーテンがふわりと揺れる。

光に包まれるような、穏やかな午後。


なんでもない日常が、どこか眩しく感じられた。


──夜。


ベッドに横になりながら、天井を見つめていた。


眠れない。


時計の針は、22時30分を指している。

布団の中で何度も寝返りを打つけれど、頭は冴えたままだ。


明日は、いよいよ――廃工場へ向かう日。


あの時、美琴が言った言葉が、ふと脳裏をよぎる。


『危険です』


あの美琴が、真顔でそう言ったのは……初めてだった。


不安がないわけじゃない。

むしろ、今こうして眠れないのが、その証拠だ。


……たぶん、僕は怖いんだと思う。


だけど、行きたくないわけじゃない。


美琴があそこへ行くのなら――

僕も行かなきゃいけないとそう思ってしまうんだ。


…それだけは、揺るがなかった。


外では、風が木々の葉を揺らしていた。


じっとしていると、余計に思考が絡まり合う。


「……ちょっと散歩しよう」  


僕は、黒ブレザーを羽織り 場所へと向かう事にした。

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