「美琴、待って…!アイツ…ここで大量殺人事件を起こした…殺人鬼だ…!」
僕がそう告げると、美琴が
「……!」
小さく息を詰まらせ、手をかざした。
『……へぇ。』
黒崎が、ゆっくりと顔を上げた。
目が合った瞬間、心臓が跳ねる。
瞳に光がない。
まるで黒い穴が開いているかのような眼窩。
そこに映るのは、虚無と狂気だけだ。
——ぞわり。
全身の毛が逆立つ。
額に冷や汗が滲み、指先が震えた。
ゆっくりと、喉の奥で笑うような声。
低く響くその音が、空気を震わせる。
『なるほどなぁ……お前ら、俺の事知ってるって訳か。』
「……。」
美琴が黙ったまま、じっと相手を見据える。
彼女の瞳に、微かな紅い光が宿った。
『……“分かってる”なら、話は早ぇよなぁ?』
黒崎が、ゆっくりとナイフを傾けた。
刃先についた黒ずんだ血痕が、微かな光を反射する。
その表面に、何か粘つくものがこびりついているように見えた。
多分…血の跡。
ナイフの先端を、僕たちに向ける。
ゆっくり、ゆっくりとした動き。
獲物の反応を楽しむかのように——。
「……」
一歩でも動けば、全てを引き裂かれそうな錯覚。
まるで底の見えない深い闇に睨まれているような——。
——“圧”が違う。
今までの霊とは比べ物にならない、重く澱んだ気配がそこにあった。
「一つだけ……聞かせてください。」
美琴が静かに口を開いた。
『あ…?』
黒崎がイラついた様子を見せる。
「なんで……6人の命を奪ったんですか……!」
美琴の瞳が怒りに滲んでいる。
『そんなのムカついたからに決まってんだろうが』
は?
こいつは何を言ってるんだ?
そんな自分勝手な理由で、多くの命を手にかけたのか?
「そんな……自分勝手な都合で……!!」
美琴が怒りに震える。
「……先輩。」
美琴の声が、静かに響く。
廃工場の壁に反響して、微かに震えた。
「この霊に話し合いは通じません。」
「……!」
美琴が、そっと構えを取る。
彼女の手が微かに光り、霊的な力が渦を巻き始めた。
その動きを見て、黒崎はにやりと唇を吊り上げた。
歯が覗き、不気味な笑みが広がる。
『はは……いいねぇ、いいねぇ。』
『ただ狩られる訳じゃねぇ…ってか?』
ナイフを弄ぶように回しながら、ゆっくりと歩を進める。
床がギシッと軋むたび、彼の影がゆらりと伸びた。
『じゃあ……“始める”か?』
その声に、僕はごくりと息を呑んだ。
心臓が早鐘を打ち、目の前が一瞬暗くなるような感覚。
初めて、霊との対決…。
——こいつは、本気で僕たちを殺す気だった。