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十四話 襲い来る刃

ナイフの刃が、ゆっくりと傾いた。

微かな光を反射し、鈍く輝く。


その瞬間——。


『——動くなよ』


黒崎が低く唸り、次の刹那——


「ダンッ!!」


爆発的な勢いで床を蹴る音が、石津製鉄所の静寂を切り裂いた。

視界の端で、彼の影が跳ねるように消え——


「——シュッ!!」


目の前を、鈍い銀色の閃光が走る。

刃が空気を裂き、鋭い音が遅れて耳に届いた。


「っ……!!」


「幽護ノ帳!!」


美琴の声とともに、紅い結界が瞬時に展開される。


「バチィッ!!」


黒崎のナイフが見えない壁に叩きつけられ、火花を散らして弾かれた。

反動で黒崎の体が数歩、後方へ跳ね飛ばされる。


『……は?』


黒崎の口から、低い声が漏れた。

ナイフを握る手が、わずかに痙攣している。


『……なんだ……今の……?』


刃先を見つめる。

指先でナイフを軽く回転させながら、ゆっくりと視線を上げると——


『……はぁぁ?』


次の瞬間、黒崎の顔が歪んだ。


『……なんだよ、今の!! ふざけんな!!』


苛立ちが滲み出る声。

牙を剥く獣のように、ナイフの柄を強く握りしめた。


『お前、今何しやがった!?』


美琴を睨みつける。


「先輩! 絶対にこの人の刃物に触れないでください!!」


「……っ!?」


突然の警告に、僕は息を呑んだ。


「この人の周りには……殺された人の怨念が漂っています!!」


「……!!」


「それが、このナイフを”霊の武器”として成り立たせています!つまり…この霊は物理的干渉が可能です!」


「つまり……僕も食らったら、普通に死ぬってことか……!!」


手にじっとりと汗が滲む。

指先が微かに震えた。


今までの幽霊とは違う。

黒崎は明確に「殺す手段」を持っている。


──


「っ……!」


黒崎が、今度は僕に向かって跳躍した。


「ダンッ!!」


鋭い足音が響き、同時に——


——シュバッ!!


ナイフが横薙ぎに閃く。


「っ……!!」


僕は反射的に後ろへ仰け反った。

刃先が鼻先をかすめ、冷たい感触が一瞬だけ肌を撫でる。


『遅ぇよ。』


——ヒュン!!


背後で風を切る音が鳴った。


「っ!!」


僕は本能的に身を翻す。

足元が滑りそうになりながら、必死に体を捻った。


——ザシュッ!!


「っ……!!」


一瞬遅れた。

服の袖が裂け、腕に鋭い痛みが走る。


「ぐっ……!」


見ると、腕に浅い切り傷。

血が滲み、じわりと服に染みていく。


『おいおい、もっと逃げろよ。』


背後から、ねっとりとした声が絡みついてくる。

黒崎の気配が、まるで影のように僕にまとわりついて離れない。


——やばい。


僕の動きに、完全に追従してくる。


それに、ナイフを振るう動きに一切の迷いがなかった。


額に嫌な汗が滲む。

心臓が早鐘を打つ音が、耳の中で響き渡った。


「くそっ……!!」


黒崎がニヤリと笑う。


『お前は“普通の人間”だよなぁ?』


『ならさ……どうやって”死ぬ”のか、試してみるか?』


——ヒュン!!


次の刹那、黒崎のナイフが、僕の首筋に向かって振り下ろされた。

刃が空気を切り裂き、死の匂いを運んでくる。


「先輩!!!」


美琴の叫びが、石津製鉄所に響き渡る——。



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