「先輩!!」
美琴の叫びが響いた瞬間——
——シュッ!
ナイフが僕の首筋をかすめた。
「っ……!!」
鋭い痛みが走り、皮膚が裂ける感覚が広がった。
熱いものが首に流れ、思わずよろめく。
「ぐっ……!」
首に手を当てると、じわりと温かい液体が指に絡みついた。
視界が一瞬揺れ、息が詰まるような感覚が襲ってくる。
『おいおい、まだ始まったばかりだぜ?』
黒崎がニヤリと笑う。
ナイフを軽く振って、刃に付いた血を払う仕草が不気味に映った。
——ヒュン!
次の瞬間、また刃が飛んできた。
「っ!!」
咄嗟に身を捻る。
肩をかすめ、服が裂ける音が響いた。
浅い切り傷が熱く疼き、腕が重くなる。
「うっ……!」
「先輩、下がってください!!」
僕と黒崎の間に幽護ノ扉が展開される。
『ちっ!!鬱陶しいガキだな!!』
彼女の手が光り、紅い霊力が渦を巻き始める。
「星燦ノ礫!!」
——バシュッ!
小さな光弾が放たれた。
紅く輝く礫が、黒崎に向かって一直線に飛ぶ。
だが——。
「はっ、なんだそりゃ?」
黒崎が軽く身を傾け、あっさりとかわした。
光弾は彼の横をすり抜け、石津製鉄所の壁に当たって弾け散る。
──
「……っ!」
美琴の顔が歪んだ。
彼女の息が、少し乱れているのが分かる。
もう一度、手を構える。
「星燦ノ礫!!」
——バシュッ! バシュッ!
二発の光弾が連続で放たれた。
でも、黒崎は嘲笑うように体を揺らし、軽々と避ける。
「おいおい、狙い定めんのヘタクソだなぁ。」
黒崎が舌打ちしながら笑った。
「……っ!」
美琴の手が微かに震えている。
その時、僕は気づいた。
——黒崎の後ろ。
暗闇に浮かぶ、血まみれの霊たち。
朦朧とした表情で佇む被害者たちの姿。
美琴はそれを見てるんだ。
半年一緒にいるから分かる。
彼女は、あの霊たちを巻き込みたくないから出力を抑えている。
「美琴……!」
僕が叫ぶと同時に、黒崎が動いた。
——ヒュンッ!!
ナイフが再び僕に向かって振り下ろされる。
「っ!!」
全力で跳んだ。
床に転がり、なんとか刃を避ける。
腕に軽い切り傷が増え、血が滴って視界が一瞬揺れた。
「ハハッ、いいねぇ、その慌てっぷり!!」
黒崎が哄笑する。
ナイフを弄びながら近づいてきた。
---
——ヒュン!
また刃が来た。
今度は動きを読んで、横に飛び退く。
床に手をついた瞬間、傷口がズキッと痛み、息が詰まった。
汗が額を伝い、首の傷から血が流れ落ちる。
「ちっ!!避けるんじゃねぇよ!!」
黒崎は当たらなかった事に苛立ちを見せ始めた。
…少しずつ慣れてきてる…。
黒崎の動きにパターンがあるんだ。
ナイフを振る前に、肩が微かに動く特徴がある。
——シュバッ!!
刃が閃く。
左に跳ぶ。
ナイフが空を切り、床に火花が散った。
だが、足がふらつき、膝が一瞬震える。
『チッ、しぶといな!』
——わかってきた。
攻撃は速いが、完全な予測不能じゃない。
黒崎の動きを見切れば、避けられる。
でも——。
「くそっ……! 傷が……」
僕の足がふらつき、視界が揺れた。
血が滴り、床に赤い染みが広がる。
首と肩の傷が熱を持ち、腕が思うように上がらない。
でも、まだ動ける。
歯を食いしばって耐えた。
そして…
黒崎が近づいてきた。
ナイフを突き出せば刺さる位置…!
でもこいつは刺すではなく、振り下ろしてくる。
——今だ!
僕の手が光る。
美琴から教わった術。
僕にできるのは弾き飛ばす程度で、反撃はこれが精一杯だ。
「星燦ノ礫!!」
——バシュンッ!!
光弾が、至近距離で黒崎に直撃した。
いくら黒崎でも近くだと避けられないだろう。
『ぐっ!?』
黒崎が勢いよく後ろに吹き飛ぶ。
床に叩きつけられ、ナイフが転がった。
「先輩!?」
美琴が駆け寄ってくる。
「……なんとか当てられた。」
息が荒い。
腕と肩の傷がズキズキして、首の血が止まらない。
視界がチラつくけど、なんとか立っている。
黒崎がゆっくり立ち上がる。
『お前も変な術みたいの使うのかよ…!』
ナイフを拾い、構え直した。
『先にお前をズタズタにしてやる。』
「……先輩、私が前に行きます」
美琴が僕の前に立とうとするのを、掴んで後ろに下げた。
「バカ言わないで。大丈夫 、慣れてきたから」
美琴の目が驚きで見開かれる。
美琴とアイツの相性はきっと悪い。
なら僕が…。
黒崎が、低く笑う。
『仲良いねぇ。だからどっちも殺してやるよぉ!!』
再び、ナイフが僕たちに向かって振り下ろされた——。