ナイフを振り下ろしてくるのを避けた僕達。
石津製鉄所の狭い通路を抜け、広いホールへ飛び出した。
「先輩、こっちです!」
美琴の声が響いた瞬間——
——シュバッ!!
背後から空気を裂く音が迫る。
黒崎のナイフが、真っ直ぐ僕の首元を狙って飛んできた。
「っ!!」
反射的に左へ屈む。
——キィンッ!!
鋭い音が耳を掠めた。
刃が壁に突き刺さり、火花を散らす。
『チッ、また避けやがった!!』
黒崎が舌打ちし、ナイフを引き抜いた。
その手つきが荒々しく、苛立ちが露わになっている。
僕は汗を拭いながら黒崎の動きを観察する。
首の傷がズキズキして視界が揺れるけど、まだ…大丈夫。
美琴の両手が紅く輝く。
霊力が収束し、空気が熱を帯びた。
「星燦ノ礫!!」
——バシュンッ!!
紅い光弾が放たれる。
黒崎がそれを回避した。
『しつこいくそガキだな!!』
黒崎が吼え、ナイフを握り直す。
右足を軸に体を捻り——
——スパァンッ!!
刃が鋭い弧を描きながら、下から斬り上げてきた。
「っ!!」
ギリギリで跳び退く。
服の裾が裂け、太ももに細い切り傷が走る。
血が滲み、足が一瞬重くなった。
「先輩!?」
美琴の声が焦りに染まる。
そして——
「もう——やめて!!!!」
美琴が叫ぶと同時に、霊力が膨張するのを僕の霊眼が捉えた。
——ゴウッ!!
圧倒的な紅い光が放たれる。
巨大な「星燦ノ礫」が、猛然と黒崎へ向かって突進した。
「——!?」
黒崎の目が見開かれる。
『あ……?』
一瞬、声が詰まった。
『ちょっ……!!』
焦りが全身に滲み出る。
『待っ……お、おい、マジかよ!? 嘘だろ!!?』
全身が跳ねるように動き、今までの余裕が微塵もない。
『おいおい、待てって!!! 』
必死の形相で横に飛び込む。
転がるように逃げ——
——ドガァァンッ!!
光弾が壁に当たって爆発し、コンクリートが砕け散った。
バラバラッ!!
鉄骨が崩れ、工具や破片が床に倒れ落ちる。
ホール全体に轟音が響き、埃が舞い上がった。
『……うわっ!?』
黒崎が尻餅をつき、ナイフが手から滑り落ちる。
口元が小刻みに震え、体が硬直していた。
『お、おい!?』
目をギョロつかせ、呼吸が乱れている。
『な、なんだよそれ!!? ふざけんな!!!』
今までの威圧感はどこへやら。
顔色が青ざめ、動揺が露骨に表れていた。
「美琴、いまのは……!」
後ろにいる怨霊達に当たったら…ただでは済まなかっただろう。
「……っ、ごめんなさい!
焦ってしまって……!」
黒崎は震える手でナイフを拾い、立ち上がる。
『くそっ、お前ら……!!』
目は泳ぎ、汗が滴る。
今度は慎重に、機械の影へと身を隠した。
「……逃げた?」
僕が呟く。
美琴が息を吐いた。
「みたいですね。
それより…先輩、大丈夫ですか!?」
僕の首と肩から血が滲む。
足の傷も疼き、立ってるだけで息が荒くなる。
「……うん…なんとか。」
黒崎の気配が遠ざかる。
隠れたまま、しばらく静かだ。
──
少し身体を休ませていると…
——ガシャン!!
突然、天井から工具が落ちてきた。
吊るされた鉄パイプが崩れ、床に激突する。
「っ!?」
僕が右に跳び、美琴が左に避けた。
鉄の壁が2人を分断する。
「先輩!」
美琴の声が遠くなる。
——ヒュンッ!!
暗闇から黒崎が飛び出し、美琴に突進。
ナイフを右肩から振り下ろす。
『死ねよ!!』
殺意が剥き出し。
刃が唸りを上げて迫った。
「——幽護ノ帳!!」
美琴の声が響いた。
そして、その直後…
——バチィィ!!と結界に何かが当たる音が聞こえてきた。
恐らくナイフだ。
「っ……!!?」
僕には、美琴の状況が見えなかった。
鉄骨が崩れた直後、彼女の姿は視界から消えている。
(美琴…!)
胸の奥がざわつく。
どこか、見える場所へ。そう思って、僕は駆け出した。
そして──
ようやく、鉄パイプの隙間から“彼女”が見えた。
(……美琴!!!)
その瞬間、喉がひゅっと締まる。
首の傷がズキリと疼き、思考の隙間を痛みが突く。
胸の奥が強く、ぎゅうっと締めつけられるようだった。
“間に合わなかったら”という不安が、脳裏をよぎった。
美琴の方を除くと、幽護ノ帳を全方位に展開して、どうにか黒崎の攻撃を防いでいた。
黒崎はナイフを何度も振っているが連続で弾かれる。
黒崎が歯を剥き、さらに連撃。
右、左、上と、乱暴に振り回す。
美琴は結界を維持するが——
「……っ!」
彼女の膝が震え、息が荒い。
結界に細かなヒビが入り始めた。
『ハハッ、時間の問題だな!!』
黒崎がナイフを振り上げ、次の突きを狙う。
「美琴!大丈夫!?」
「……なんとか!
でも、長くは——!」
ミシミシ……!
結界が軋む音が響く。
時間がない。
——どうする!?
黒崎のパターンは分かってる。
肩を引いて突進、乱暴な連撃。
でも、この状況じゃ——。
頭をフル回転させる。
何か策を。
何か——。