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十九話 逃亡の果て

——バチバチバチッ!!


紅い光が炸裂し、結界が展開される。

黒崎の体がビリビリと痺れ、運搬車ごと封じ込められた。


『ぐあああっ!!何だこれ!? 動けねぇ!!』


『クソッ……!!』


悶える黒崎を見ながら、僕は膝をつき、荒れた呼吸を整えた。

首の傷が疼き、肩から血が滲む。

視界が揺れるけど、なんとか意識を保つ。


「……はぁ…はぁ…美琴、助かったよ。」


柔らかく笑う。


でも、美琴は真っ直ぐ僕を見つめていた。


「……先輩。」


彼女の声が低い。

怒りと心配が入り混じった目で、僕の前に立つ。


「……美琴?」


「本当に心配したんです。」


美琴が一歩近づく。

声が詰まり、拳を握りしめた。


「先輩が囮になって、私を守ろうとして……。

何かあったらって思うと、私……。」


その目が潤む。


「もう二度と、こんなことしないでください。

約束してほしいです。」


「……ごめんね、美琴。

でも、君が無事で——」


「言い訳しないでください!」


彼女の声が鋭くなる。

石津製鉄所の冷たい空気が一瞬張り詰め、黒崎が結界の中で悶えてるのも完全無視だ。


「私、先輩があんな無茶するの、見てられなかったんです。

お願いですから、もうやめてください。」


「……分かったよ…。約束する。」


美琴が急に僕に抱きついてきた。

細い腕が僕の背中に回り、ぎゅっと締め付ける。


「無事で良かった……。」


美琴の声が震える。

僕の胸に顔を埋めてる彼女の鼓動が、ドクドクと伝わってくる。

早鐘みたいに速くて、熱い。

本当に心配してたんだって、肌で感じる。


「……美琴、ごめんね。」


彼女の髪に触れながら、そっと呟く。


「……本当ですよ?

次やったら、私、許しませんから。」


顔を上げた美琴の目が潤んでる。

鼓動はまだ速いまま。


柔らかく頷く。

美琴の顔が、少し緩んだ。


『——おい!!

ガキども、ただで済むと思うなよ!!』


黒崎が喚く。

結界の中でじたばたしてる。


美琴がチラッと見て、ため息をつく。


「……うるさいですね。」


いつにもなく辛辣な美琴だ……。


僕はどうにか体力を整え、結界の中でもがく黒崎へ霊眼術を向ける。

今度こそ、こいつの未練を見つけてみせる。


刻還ときかえしのひびき……汝、過ぎし時の断影よ。

我が静かなる祈りに応え、魂の記憶を映せ。」


教えてもらった詠唱を僕は唱える。


すると——視界が歪み、記憶が流れ込んでくる。


──


パトカーのサイレンが鳴り響く。

工場の外で、警察の拡声器が声を飛ばす。


「黒崎剛三!! お前を連続殺人の容疑で逮捕する!!」


「チッ……!」


黒崎は石津製鉄所の奥に追い詰められていた。

手には血に濡れたナイフ。

全身が汗でじっとりと濡れる。


「……逃げ道がねぇ……。」


足元には、転がった遺体。

かつての同僚。

笑いながら殺したはずの顔が、今は不気味に見えた。


「黒崎!! 投降しろ!! これ以上の抵抗は無駄だ!!」


「……クソが……!」


黒崎は舌打ちする。


詰んでる。

どこへ逃げても、もう終わりだ。


他人の命を奪ったが——。

自分が捕まるのは怖い。

独房で朽ち果てるのが怖い。


「……ハハッ……俺、終わりかよ…。」


笑いながら、ナイフを自分の首に押し当てる。

指先が震え、じわりと刃が皮膚に食い込む。


「……だったら、先に死んでやるよ。」


そして——。


——ザクッ!!


鋭い音が鳴り、血が飛び散る。

黒崎は、その場で崩れ落ちた。


警察が踏み込んできたのは、それから数分後のことだった。


「……くそっ、まさか自死するとは…!」


隊員の一人が舌打ちする。


「どうする? こいつが自殺したなんて公表したら、大騒ぎになるぞ。」


「……あぁ。被害者遺族の手前、『逮捕された』ことにするしかない。」


「おいおい、そんなの——」


「仕方ないだろ……。

こんな奴でも、遺族にとっては”生きて償わせる”ことが意味を持つんだ。」


「……チッ。」


警官たちは口を閉じた。

遺体が回収されると同時に、黒崎は「逮捕された」と発表され、事件は幕を閉じた——。


──現実へ


「——っ!!」


息を詰まらせ、僕は現実へと引き戻された。


「先輩!?」


美琴の声が耳元で響く。


「……今回は大丈夫。」


彼女が不安げに覗き込む中、僕はゆっくりと呼吸を整える。

頭の中では、今見た記憶がぐるぐると渦を巻いていた。


「……黒崎は、ここで警察に捕まったんじゃない。」


「……え?」


美琴が首を傾げる。


「逮捕されたんじゃない。

あいつは…捕まる前に、自分で死を選んだ。」


「……!」


美琴の瞳が揺れる。


「……あいつの未練は……“死にたくなかった”んじゃない。

“逃げたかっただけ”なんだ。」


ただ、自分が捕まるのが怖くて、自分で命を絶った。


でも、その行動こそが、彼をこの世に縛り付けた——。


「……なら、ちゃんと終わらせましょう。」


美琴の紅い瞳が、結界の中の黒崎を捉えていた。




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