——バチバチバチッ!!
紅い光が炸裂し、結界が展開される。
黒崎の体がビリビリと痺れ、運搬車ごと封じ込められた。
『ぐあああっ!!何だこれ!? 動けねぇ!!』
『クソッ……!!』
悶える黒崎を見ながら、僕は膝をつき、荒れた呼吸を整えた。
首の傷が疼き、肩から血が滲む。
視界が揺れるけど、なんとか意識を保つ。
「……はぁ…はぁ…美琴、助かったよ。」
柔らかく笑う。
でも、美琴は真っ直ぐ僕を見つめていた。
「……先輩。」
彼女の声が低い。
怒りと心配が入り混じった目で、僕の前に立つ。
「……美琴?」
「本当に心配したんです。」
美琴が一歩近づく。
声が詰まり、拳を握りしめた。
「先輩が囮になって、私を守ろうとして……。
何かあったらって思うと、私……。」
その目が潤む。
「もう二度と、こんなことしないでください。
約束してほしいです。」
「……ごめんね、美琴。
でも、君が無事で——」
「言い訳しないでください!」
彼女の声が鋭くなる。
石津製鉄所の冷たい空気が一瞬張り詰め、黒崎が結界の中で悶えてるのも完全無視だ。
「私、先輩があんな無茶するの、見てられなかったんです。
お願いですから、もうやめてください。」
「……分かったよ…。約束する。」
美琴が急に僕に抱きついてきた。
細い腕が僕の背中に回り、ぎゅっと締め付ける。
「無事で良かった……。」
美琴の声が震える。
僕の胸に顔を埋めてる彼女の鼓動が、ドクドクと伝わってくる。
早鐘みたいに速くて、熱い。
本当に心配してたんだって、肌で感じる。
「……美琴、ごめんね。」
彼女の髪に触れながら、そっと呟く。
「……本当ですよ?
次やったら、私、許しませんから。」
顔を上げた美琴の目が潤んでる。
鼓動はまだ速いまま。
柔らかく頷く。
美琴の顔が、少し緩んだ。
『——おい!!
ガキども、ただで済むと思うなよ!!』
黒崎が喚く。
結界の中でじたばたしてる。
美琴がチラッと見て、ため息をつく。
「……うるさいですね。」
いつにもなく辛辣な美琴だ……。
僕はどうにか体力を整え、結界の中でもがく黒崎へ霊眼術を向ける。
今度こそ、こいつの未練を見つけてみせる。
「
我が静かなる祈りに応え、魂の記憶を映せ。」
教えてもらった詠唱を僕は唱える。
すると——視界が歪み、記憶が流れ込んでくる。
──
パトカーのサイレンが鳴り響く。
工場の外で、警察の拡声器が声を飛ばす。
「黒崎剛三!! お前を連続殺人の容疑で逮捕する!!」
「チッ……!」
黒崎は石津製鉄所の奥に追い詰められていた。
手には血に濡れたナイフ。
全身が汗でじっとりと濡れる。
「……逃げ道がねぇ……。」
足元には、転がった遺体。
かつての同僚。
笑いながら殺したはずの顔が、今は不気味に見えた。
「黒崎!! 投降しろ!! これ以上の抵抗は無駄だ!!」
「……クソが……!」
黒崎は舌打ちする。
詰んでる。
どこへ逃げても、もう終わりだ。
他人の命を奪ったが——。
自分が捕まるのは怖い。
独房で朽ち果てるのが怖い。
「……ハハッ……俺、終わりかよ…。」
笑いながら、ナイフを自分の首に押し当てる。
指先が震え、じわりと刃が皮膚に食い込む。
「……だったら、先に死んでやるよ。」
そして——。
——ザクッ!!
鋭い音が鳴り、血が飛び散る。
黒崎は、その場で崩れ落ちた。
警察が踏み込んできたのは、それから数分後のことだった。
「……くそっ、まさか自死するとは…!」
隊員の一人が舌打ちする。
「どうする? こいつが自殺したなんて公表したら、大騒ぎになるぞ。」
「……あぁ。被害者遺族の手前、『逮捕された』ことにするしかない。」
「おいおい、そんなの——」
「仕方ないだろ……。
こんな奴でも、遺族にとっては”生きて償わせる”ことが意味を持つんだ。」
「……チッ。」
警官たちは口を閉じた。
遺体が回収されると同時に、黒崎は「逮捕された」と発表され、事件は幕を閉じた——。
──現実へ
「——っ!!」
息を詰まらせ、僕は現実へと引き戻された。
「先輩!?」
美琴の声が耳元で響く。
「……今回は大丈夫。」
彼女が不安げに覗き込む中、僕はゆっくりと呼吸を整える。
頭の中では、今見た記憶がぐるぐると渦を巻いていた。
「……黒崎は、ここで警察に捕まったんじゃない。」
「……え?」
美琴が首を傾げる。
「逮捕されたんじゃない。
あいつは…捕まる前に、自分で死を選んだ。」
「……!」
美琴の瞳が揺れる。
「……あいつの未練は……“死にたくなかった”んじゃない。
“逃げたかっただけ”なんだ。」
ただ、自分が捕まるのが怖くて、自分で命を絶った。
でも、その行動こそが、彼をこの世に縛り付けた——。
「……なら、ちゃんと終わらせましょう。」
美琴の紅い瞳が、結界の中の黒崎を捉えていた。