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二十一話 強制成仏・冥焔鎮送

悠斗君、と美琴が呼んでくれた。

その声は優しかった。でも、僕は喜びきれなかった。


代償——その言葉が頭をよぎる。


美琴は、すぅっと深呼吸をし、静かに両手を掲げた。

——彼女の霊力が、今までとは明らかに違う気配を帯びていく。


悪魂あくこんけがれを焼き払わん……我が祈りにて冥路めいろの果てへ押し込めよ……汝が罪を業火に焼き尽くせ!」


美琴の声が響く。

その瞬間、石津製鉄所の空気が震えた。


今までの詠唱とは何かが違う。

空間が歪むような、圧倒的な霊力の膨張——。


「強制成仏・冥焔鎮送めいえんちんそう


その名が紡がれた瞬間——。


——ゴウッ!!


黒崎の身体から、真紅の炎が噴き上がった。

それは渦を巻き、廃工場の錆びた鉄骨を照らし出し、焦げるような異臭が鼻をついた。

熱風が僕の頬を叩き、まるで空間そのものが燃えているかのようだった。


『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ!!!!!!』


絶叫。

耳を劈くような、悲鳴とも断末魔ともつかない咆哮。

黒崎の身体がのたうち回る。


『やめろおおおおお!!!!』


炎は消えない。

どれだけ手で叩こうが、転がろうが、皮膚に焼き付き、肉を抉るように燃え続ける。

その炎はただの火ではなく、まるで生き物のように彼を締め上げ、喰らい尽くしていた。


『熱い゛!!! 熱い゛!! た゛の゛む!! や゛め゛て゛ぐれぇ゛ぇ゛ぇ゛!!』


喉が枯れるまで叫び、もがき、全身を叩きつける。

だが炎は衰えない。


『俺が……!! 俺がわ゛るがった゛から゛!!!! 頼む゛から゛やめ゛でぐれぇ゛ぇ゛!!!!』


僕は息を飲む。


全身が焼けるような痛みなのだろう…。


いや、それ以上かもしれない。

業火に焼かれる苦しみは、死すら逃げ道にならない。


美琴は、顔を俯かせたまま手をかざし続ける。

でも、その唇はわずかに震えていた。

まるで——迷いがあるかのように。


(美琴……。)


優しい彼女のことだ。

こんな奴相手でも、裁きを下すことに葛藤があるんだろう。


——それでも。


この選択をしたのは、美琴自身だ。

僕は、それを尊重するって決めたんだ。


だから——止めることはできない。


『がぁぁぁぁぁぁ…!!!』


黒崎の苦しみは続く。

炎の勢いは増し、彼の形が曖昧になっていく。

炎の中で、黒崎の叫び声に混じって、かつての笑い声や泣き声が一瞬響いた——それすらも業火に飲み込まれていく。


——メキ……メキ……。


不気味な音が響く。

炎の揺らめきの中で、黒崎の影が捩じれるように揺れた。


『嫌だ……!!! いやだあ゛あ゛あ゛あ!!! 俺は……こんな……こんなことで……!!!』


——シュウゥゥ……。


黒崎の姿が、赤黒い霊の粒子となって舞い上がる。

だが、それは美琴が今まで救った霊たちのように、清らかなものではなかった。

血のような、穢れた赤。

黒い淀みを帯び、ゆっくりと、塵のように散っていく。


そして——黒崎は、跡形もなく消え去った。


静寂。


誰も、何も言わない。

ただそこに、罪だけが残ったような空気が漂う。


美琴がふらつく。


僕はすぐに駆け寄り、支えた。


「美琴……!!」


彼女の体が驚くほど冷たい。

顔色も青白く、息が浅い。


「……悠斗君……。」


美琴が微かに笑う。


「……代償が……きます……。」


その言葉が終わるのと同時に、彼女の膝が崩れた。


「美琴!!!」


僕の腕の中で、美琴の意識が途切れた。


「っ……!!」


苦しそうな表情のまま、彼女の体は完全に力を失った。

僕は彼女を支えながら、喉の奥で何かが詰まるのを感じた。

尊重するって決めたのに——やはり苦しかった。


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