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導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜
導星のレガシー 〜世界を導く最後の継承者〜
烏羽 楓
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月06日
公開日
7万字
連載中
【ネオ書きコン2参加作品】 毎週平日19時更新! 「呪われた子」と呼ばれ、 貧困街で孤独に育った少年・ルーク。 暴力と絶望が支配する街で、 彼はただ生きるために戦い続けた。 だが―― 知らぬ間に、彼の存在は六大国を巻き込む陰謀の中心へと引き寄せられていく。 権力、富、名声。 欲望が渦巻く世界で、少年は何を信じ、 何を選び取るのか。 滅びへ向かう世界を導く、 最後の希望となるために――。 これは、一人の少年が、 運命に抗い、世界を変える物語。

序章

序章 一話「黒髪の少年」

 天暦七三二年、四月初頭。


 アストレア王国の首都ヘンデルは、春の陽気に包まれながら、今日も人々の活気に満ちていた。大通りには色とりどりの露店が並び、行商人と買い物客が声を交わす。笑い声、呼び声、そして時折聞こえる怒鳴り声。それらすべてが、この都市の息吹となって響いていた。


 六大国の一つ――その中心にあるこの街は、変わらぬ賑わいを見せている。


「……二年ぶり、か。ずいぶん様変わりしたもんだな。さすが、我が祖国ってところか」


 王都の正門前に立つのは、漆黒の髪を持つ少年。夜の闇を思わせるその髪と、深い蒼を湛えたたたえた瞳には、どこか冷えた静謐させいひつさが宿っていた。腰には王冠の紋章を刻んだ長剣。旅を終えた彼の背後には、フード付きのマント姿がひとり、静かに控えている。


「ルーク様、私はここまでで……」


「ああ。助かった」


 淡々と礼を述べたルークは、悠然ゆうぜんと門をくぐる。


「さて……入試、受かるかな」


 首都ヘンデルは、巨大な城壁に囲まれた都市。その中心には王城が構えられ、各方角の門から学園、ギルド、露店街へと枝分かれしている。西門には王立アストレア学園、東門には冒険者ギルドの本部。南門周辺は行商人の露店で溢れ、まさに喧噪けんそうの中心だった。


 その賑わいの中を歩くルークの黒髪に、人々の視線が突き刺さる。すれ違うたび、囁きささやきと視線が背中にまとわりつく。


(まあ、そういう反応にも慣れたけどな)


 この世界において、かつて存在した魔王は黒髪の持ち主とされていた。ゆえに、黒髪は「呪われた色」として忌避される風習が根強く残っている。ルークもまた、その宿命を背負って生きてきた。


 喧噪けんそうの中、ルークの耳には遠くの音のようにしか聞こえない。露店の呼び声も、子どものはしゃぎ声も、どこか霞んでかすんでいた。まるで、自分だけが現実から一歩離れているかのように。


 ――と、そのとき。


「ぐはっ!」


 不意に、巨体の男が肩をぶつけてきた。骨の軋むような衝撃に、ルークの体が一瞬たわむ。が、すぐに立て直し、目を細める。男は腕を押さえて大袈裟にうめきながら睨みつけてくる。


 刺青、刃こぼれした剣、乱れた身なり――路地裏のチンピラか、粗暴な傭兵か。


「おいガキ、どこ見て歩いてんだ! 詫びを入れろ!」


 その後ろから、小柄な男が口角を吊り上げて言う。


「兄貴、こいつの髪……呪われた黒だぜ。気持ちわりぃなぁ」


 その瞬間、ルークの瞳にかすかな光が宿った。冷たく、静かな氷のような光。


 無言のまま、ただ男たちを見つめる。その視線は言葉よりも鋭かった。


「そいつで許してやるから、置いていけ」


 腰の剣を顎で指しながら、薄ら笑いを浮かべる男。


 ルークはため息混じりに首を傾ける。


「はぁ……まるで俺がぶつかったみたいな言い草だな。ガキに絡んでる暇があるなら、働けよ」


 そう吐き捨て、歩き出そうとした刹那――


「てめぇ、呪われた分際で調子に乗んなよッ!」


 男が大剣を振り上げた。


 だが次の瞬間、ルークが剣の柄に手を添えたかと思うと、鋭い気配が走った。


 気づけば男たちは地面に倒れていた。白目を剥き、意識を失っている。


 その額には、一瞬だけ淡い青の光が浮かび、すぐに消えた。


「スラムのゴロツキの方が、まだマシだったな」


 転がる男たちを一瞥いちべつし、通行人がざわめく中をルークは涼しい顔で歩みを進める。何事もなかったかのように、背を向けて。


 ――通報により駆けつけた衛兵たちに、男たちは引きずられていった。


「治安、悪くなったな……余裕がないってのに。っと、あれか」


 視線の先にそびえる、壮麗そうれいな建物群――王立アストレア学園。


 その門前には、入学志願者たちが列を作っていた。


 ルークもその列に加わり、やがて試験官のもとへと辿り着く。


「志願者だな。名前と出身を」


 男の問いに、ルークはまっすぐ答えた。


「ルーク。出身はエルーラ」


 その名に、試験官の眉がかすかに動く。


「エルーラ? “天剣の魔女”の拠点か。面白いな」


 興味を含んだ声音で言うと、男は指を差した。


「まっすぐ進んで、闘技ホールへ。階段を上がって観客席につけ」


 軽く頷き、ルークは学園内へと足を踏み入れる。


 石造りの白い校舎、魔導灯が優しく灯る通路、華やかな花壇、そして歓迎の装飾――すべてが整然と整えられ、祭りのような空気を纏っていた。


 在学生たちが行き交い、鋭い所作と静かな自信を身にまとっている。ルークは彼らを無言で観察しつつ、表情を崩さない。


(……さすが、名門の名は伊達じゃないな)


 やがて、巨大な半球状の建物――闘技ホールが視界に入る。


 圧倒的な存在感と威圧感。力を競い合うために造られた檻のようなその場所へと、ルークも足を踏み入れる。


 指定された観客席に腰を下ろした直後、会場が暗転した。


 静寂。そして、中央に一人の老人が姿を現す。背は曲がり、杖を持ちながらも、ただそこに立つだけで空気が張りつめる。


 直感が告げる。何かが、始まる。


 ――次の瞬間、圧縮された魔力の波が場を包んだ。


 ぐらり、と揺らぐ視界。周囲の志願者たちが次々と席から崩れ落ちていく。意識を手放すように。


 ただ一人、ルークだけが座ったまま老人を見据えていた。


 焦りも、驚きも、恐れもない。


 その瞳に宿るのは、静かな興味と――わずかな警戒心だけだった。


 だが、この静寂の奥底には、誰も予期せぬ嵐の兆しが――確かに潜んでいた。

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