「ふぉっふぉっ、豊作じゃのう!」
甲高くも朗らかな声が、闘技ホールに響き渡る。
壇上に現れたのは、白髪と白髭をたっぷりと蓄えた老人だった。重厚な金の装飾が施された白のローブに身を包み、手には銀の杖。優しげな微笑みを浮かべつつ、その佇まいはただ者ではない風格を放っている。
「ようこそ、志願者諸君。わしはヴェルディ・フォン・ベルロン。この学園で学園長をしとる者じゃ」
穏やかに語られたその声と同時に、さっきまで肌を刺していた冷気がすっと引いた。だが油断できない。あの圧迫感は、ただの演出ではない。
(……あれが“神雷のヴェルディ”、か。なるほど、只者じゃないな)
ルークは席に腰を下ろしたまま、静かに彼を観察していた。
学園長――ヴェルディ・フォン・ベルロン。かつて『神雷の魔導師』として名を馳せた、伝説級の大魔導師。老いを感じさせる外見とは裏腹に、その一挙手一投足から滲む力は、会場の空気を支配していた。
「さっきのは試練の一つ。今、ここで意識を保っておる者たち――一次試験合格じゃ!」
ざわっ、と会場が騒めく。
だがヴェルディは気にも留めず、朗々と語り続けた。
「これより二次試験へ進んでもらう。合格すれば最終試験。すべてを乗り越えた者のみが、学園の一員となる。そして、王国の未来を担うことになるじゃろう。――まあ、詳しい話は後ほどじゃ」
パン、とヴェルディが手を打つと、ホールの照明が一斉に灯る。先ほどまで席にいたはずの気絶者たちの姿は、もうどこにもなかった。
「失格者には退場してもらった。さて、それでは二次試験の準備じゃ。外に出れば先生方が待っておる。誘導に従い、試験会場へ向かってくれ。諸君らの健闘を祈っておるぞ」
言葉を締めくくると、雷鳴が響き、微かな電光と共にヴェルディの姿が霧のように掻き消える。
その様子を見届けながら、ルークは目を細めた。
(見せ方も含めて、なかなかのクセ者……ってところか)
無言のまま、他の志願者たちとともに闘技ホールを後にする。
外に出ると、そこには教師たちが整然と並び、志願者たちを噴水広場へと誘導していた。
石畳の広場。中央に巨大な噴水があり、その周囲には淡く揺れる光の門が四つ、神殿のように並び立っている。
「この門は“ロストレリック”と呼ばれる古代の遺物だ。中に入れば、次の試験会場へと転移するぞ」
説明を聞きながら、ルークは門を一瞥する。
(これが……古代戦争の時代、英雄たちを試したという“門”か。実物を目にするのは、これが初めてだな)
次々と志願者たちが光の門に吸い込まれていく。その流れに続き、ルークも一歩を踏み出す。
瞬間、視界が白に染まった。
――気がつけば、辺りは深い森に囲まれた広場だった。教師の姿はなく、聞こえるのは風の音と鳥のさえずりのみ。
その静寂を破るように、空中から声が響く。
『これより二次試験を開始する!』
明瞭で、よく通る声。ルーク以外の志願者たちが、緊張に包まれる。
『現在、ここにいる志願者の数は930名。これより三人一組でのサバイバル試験を行う。そして――森に潜む“新二年生”六名が、お前たちを狩りに来る』
その言葉に、どよめきが起こる。
『この試験では、生存人数が700名になるまで、生き延びることが合格条件だ。入学できるのは600名まで』
「な……!」
驚きと動揺が走る中、声はさらに続けた。
『これは模擬戦だ。死ぬことはない。だが、致命傷を負えば即時転移――即、失格となる。魔物も罠も、容赦はせん。油断すれば、それまでだ。これは、お前たちの力、連携、判断――すべてを試す試練である。それでは、試験開始!』
合図と同時に、周囲はにわかに騒がしくなる。
「誰か一緒に組もう! 俺は剣士だ! 実戦経験もある!」
「私はヒーラーです! 軽傷ならすぐ治せるよ!」
「シーカーだ! 罠探知と索敵なら任せてくれ!」
声が飛び交い、次々とパーティが結成されていく。その様子を、ルークは静かに眺めていた。
(三人一組、ね……さて、どうするか)
目を細めながら周囲を観察する。
強そうな志願者は多い。だが――
(力だけじゃ駄目だ。即席の連携に必要なのは、冷静さと柔軟性。見栄やプライドで動くタイプは足を引っ張る)
そう思いながら、ふと視線に留まったのは、組んでいない男女の二人組。どちらもアタッカー系に見える。
赤髪で青い瞳の少年と、茶髪のロングヘアの少女。彼らに歩み寄り、声をかけた。
「なぁ、お前ら。まだ一人、空いてるか?」
少年がルークを見て、眉をひそめる。
「ああ。俺も彼女も前衛。できればヒーラーか索敵役、あるいはタンクが欲しいところだが」
「悪いが俺も前衛だ。魔剣士をやっている」
「……魔剣士だぁ?」
少年の顔が露骨にしかめられる。
「器用貧乏の典型じゃねぇか! 派手な肩書きだけで中身スカスカってやつだろ?」
見下したように呟く少年に対し、ルークは無表情のまま受け流す。
一方、少女はじっとルークを見つめ――やがて、ふっと微笑んだ。
「私は……この人、アリだと思うな」
「本気か!? 試験に落ちたら終わりだぞ!? 俺は家族のためにも負けられないってのに。それにこいつは――」
「大丈夫。私、人を見る目には自信あるから」
真っ直ぐにルークを見つめる瞳に、揺らぎはなかった。
だが、ルークは首を横に振る。
「悪いが、俺は“入る”なんてまだ言ってない」
「――は?」
「俺が入る条件は一つ。“俺がリーダーをやること”。その代わり――確実に、勝たせてやる」
言い切る声は静かだが、確かな重みを帯びていた。
その言葉に、一瞬空気が凍る。
「……お前、何様だよ」
少年が掴みかかろうとした、その瞬間――
「ストップ」
少女の鋭い一声が、少年の動きを止めた。
その瞳には、何かを見据えるような、強い光が宿っていた。