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序章 三話「試練の森の戦い」

「分かった。あなたでいいよ。パーティに入るなら……強さを、ちゃんと見せてね?」


 ララのまっすぐな視線に、ルークは軽く顎を引いた。


「今すぐか?」


「ううん、サバイバル期間中で大丈夫」


 その言葉を聞いたルークは、静かに手を差し出す。


「悪くない判断だ。俺はルーク。よろしく頼む」


「私はララ! それで、こっちはガイ」


 にっこりと笑って手を取るララに続いて、少年――ガイも渋い表情のまま手を差し出してきた。


「っち……俺はガイだ。”特別に”パーティ加入を認めてやるよ、新人!」


「お前も新人だろ」


「……そういう意味じゃねぇよッ!」


 ルークたちが軽口を交わしていた、その時だった。


 ピシュッ――と風を裂く音。


「っ!」


 一筋の矢が森の影から放たれ、ルークたちのすぐ傍を掠めて地面に突き刺さった。続けざまに、二本、三本と矢が飛来する。


「くそッ、どうやら他のパーティの襲撃だな! 一旦森の中へ入ろう。ここじゃ狙い撃ちされる!」


「そうだね、早く!」


 ララとガイが先に駆け出し、木々の影に身を隠していく。


 だが、ルークはその場から動かなかった。森の入口で立ち止まり、矢の飛来方向と周囲の地形を目で追う。


「おい、ルーク! なにやってんだ、早く来いよ!」


「いや、いい。先に行ってくれ。あとで合流する」


「ちょっ、おいっ!」


 呼び止める声を背に、ルークは逆方向へと踏み出す。


(この試験――引っかかるな。あまりにも情報が少なすぎる。まずは、探るべきだ)


 地面は根が這い、足を取られやすい。ルークは軽やかに木へと跳び移り、高所から森を見下ろす。


 木から木へと飛び移りながら進むルークの視界に、ちらほらと動く影が映る。罠にかかった者、パーティ同士で争う者。――まさに、生き残りを賭けた実戦の縮図だった。


 その中で、彼の感覚が一つの“気配”を捉えた。


(……いたな)


 風の向きを計算し、音を立てずに枝から降りる。茂みに向かって声をかけた。


「なぁ。そこにいるんだろ、先輩」


「おっと、バレちまったか」


 茂みの中から現れたのは、ルークよりも一回り大きな体格を持つ金髪の男だった。筋肉質な肉体、チャラついたネックレス、左耳に三連ピアス。見た目は軽薄だが、立ち姿から滲み出る威圧感は、まるで野生の獣のように重い。


「ヒヨッコが自分から来るとはな。自殺願望でもあんのか?」


「聞きたいことがある。三つだ」


 ルークは一歩も引かず、淡々と問いを放つ。


「一つ、なぜ在学生がこの試験に参加しているのか。二つ、志願者が在学生を倒した場合はどうなる? 三つ、教師の姿がどこにも見えない理由は?」


 男は思わず吹き出した。


「はっは、マジメかよ。ま、教えてやってもいいぜ。ヒヨッコが何を知ったところで、俺には勝てねぇ」


 軽口を叩きながら、男は指を一本立てる。


「一つ目、俺たちの成績が悪くてな、これは言っちゃ悪いが救済処置。志願者を倒した数だけ、成績にポイントが加算される。言ってみりゃ、ボーナスステージってやつだ」


 次いで、胸元のバッジをトンと指差した。


「二つ目、これ。このバッジを持って広場まで戻れば、お前らにもボーナスがつく。奪って広場に行けば、合格が近づくってワケだ」


「なるほどな」


「三つ目――ここはロストレリックが作り出した疑似空間。教師どもは外で監視してる。まぁ、何かあったら救出されるが、それまでが勝負ってことだな。以上、満足か?」


 ルークが軽く頷き、踵を返す――


 だが、ロイドの足が一歩前に出た。剣を抜き放ち、鋭い鉄の刃が空気を裂く。


「おいおい。聞くだけ聞いて、帰るつもりかよ。礼には礼を返すのが世の道理ってもんだ。――俺の得点になってくれや」


 ルークは立ち止まり、静かに振り返る。


「やめておいた方がいい。他の志願者を相手にするならともかく、先輩じゃ……俺には勝てない」


「おぉ?」


 睨み合いが続く。張り詰めた空気の中、先に沈黙を破ったのは、ルークのため息だった。


「俺はルーク。後悔しないでくださいよ、先輩」


「……ははっ! 面白ぇじゃねぇか。俺はロイド。勝てたなら、その名、覚えといてやるよ、ヒヨッコ」


 互いに名を告げた瞬間、二人の間に電流のような緊張が走る。


 ルークが剣を抜く。鞘から抜けた瞬間、刃が青い光を帯び、空気がわずかに震えた。


 一呼吸ののち――先に動いたのは、ルーク。


 地を滑るように距離を詰め、低く構えた体勢から、喉元を狙って突きを放つ。ロイドはギリギリでそれを躱し、反撃に転じるが――


(遅い……)


 ルークはその刃をするりとかわし、背後へと回り込む。体のひねりを加えた一撃が、青い閃光を伴ってロイドの首筋をなぞった。


 刹那、勝負は決まった。


「運が悪かったですね」


「……っは、バケモンかよ……! 次は負けねぇぞ!」


 ロイドの体が光となって霧散し、剣と盾の紋章を刻んだバッジだけが地に残された。


「バケモン、ね……。皮肉にしては、なかなか刺さるな」


 ルークは剣を納め、静かにバッジを拾い上げる。


(さて――あっちはどうなってるかな)



 ◆



 その頃、森の奥――。


 深く静かな林の中。木漏れ日の下、大樹の根に座り込むララとガイの姿があった。二人とも肩で息をし、額には玉の汗。


「はぁ……さすがに、そろそろキツいな……」


「ほんと……少し休まないと、動けそうにない……」


 ララがロングヘアをかき上げ、あたりを見回す。対してガイは額の汗を拭い、息を吐いた。


「それにしても、あのルークってやつ。リーダーをやるって言ったくせに、いきなり姿を消しやがって……。まさか逃げたんじゃないだろうな?」


「それはないと思う。彼、私たちの中でも一番……異質だった」


「異質?」


「普通、緊張とか不安って、少しは滲み出るものだよ。なのに、彼からは何も感じなかった。ただ……淡々と、全てを見透かしてるような――」


「ふぅん。“無感情系”かよ。苦手なタイプだぜ……」


 と、その時。


 ガサッ、と茂みが揺れ、数体の魔物が姿を現す。


 緑がかった体毛、鋭い牙。森に棲む魔獣グリーンウルフだ。


「っち、またかよ! もう何体目だってんだ!」


「右の茂み! まだ来るよ!」


 ガイが叫び、剣を抜いて迎え撃つ。


「家族のために……こんなとこで終わってたまるかよッ!」


 一方のララは、杖を構えて詠唱を始める。


「集いて青冰の形をなし、仇なす敵を討ち滅ぼさん――《アイスニードル》!」


 空中に氷の槍が無数に現れ、魔物たちの体を貫く。


 だが直後――ララの膝が崩れた。


「っ……はぁ、はぁ……ごめん、ちょっとマナが……」


「おい、大丈夫かよ!」


「うん、平気……少し、休めば……」


 限界は近い。タンク不在の二人での連戦は、思っていたよりも過酷だった。


 そんな二人の前に、茂みから現れた三人――鋭い目つきの剣士、杖を握る魔法使い、盾を構えるタンクが、獲物を狙うように微笑む。


 二人の額に嫌な汗が流れ、顔を歪める。


 そして、敵たちは静かに武器を構えた――逃げ場は、ない。



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