「分かった。あなたでいいよ。パーティに入るなら……強さを、ちゃんと見せてね?」
ララのまっすぐな視線に、ルークは軽く顎を引いた。
「今すぐか?」
「ううん、サバイバル期間中で大丈夫」
その言葉を聞いたルークは、静かに手を差し出す。
「悪くない判断だ。俺はルーク。よろしく頼む」
「私はララ! それで、こっちはガイ」
にっこりと笑って手を取るララに続いて、少年――ガイも渋い表情のまま手を差し出してきた。
「っち……俺はガイだ。”特別に”パーティ加入を認めてやるよ、新人!」
「お前も新人だろ」
「……そういう意味じゃねぇよッ!」
ルークたちが軽口を交わしていた、その時だった。
ピシュッ――と風を裂く音。
「っ!」
一筋の矢が森の影から放たれ、ルークたちのすぐ傍を掠めて地面に突き刺さった。続けざまに、二本、三本と矢が飛来する。
「くそッ、どうやら他のパーティの襲撃だな! 一旦森の中へ入ろう。ここじゃ狙い撃ちされる!」
「そうだね、早く!」
ララとガイが先に駆け出し、木々の影に身を隠していく。
だが、ルークはその場から動かなかった。森の入口で立ち止まり、矢の飛来方向と周囲の地形を目で追う。
「おい、ルーク! なにやってんだ、早く来いよ!」
「いや、いい。先に行ってくれ。あとで合流する」
「ちょっ、おいっ!」
呼び止める声を背に、ルークは逆方向へと踏み出す。
(この試験――引っかかるな。あまりにも情報が少なすぎる。まずは、探るべきだ)
地面は根が這い、足を取られやすい。ルークは軽やかに木へと跳び移り、高所から森を見下ろす。
木から木へと飛び移りながら進むルークの視界に、ちらほらと動く影が映る。罠にかかった者、パーティ同士で争う者。――まさに、生き残りを賭けた実戦の縮図だった。
その中で、彼の感覚が一つの“気配”を捉えた。
(……いたな)
風の向きを計算し、音を立てずに枝から降りる。茂みに向かって声をかけた。
「なぁ。そこにいるんだろ、先輩」
「おっと、バレちまったか」
茂みの中から現れたのは、ルークよりも一回り大きな体格を持つ金髪の男だった。筋肉質な肉体、チャラついたネックレス、左耳に三連ピアス。見た目は軽薄だが、立ち姿から滲み出る威圧感は、まるで野生の獣のように重い。
「ヒヨッコが自分から来るとはな。自殺願望でもあんのか?」
「聞きたいことがある。三つだ」
ルークは一歩も引かず、淡々と問いを放つ。
「一つ、なぜ在学生がこの試験に参加しているのか。二つ、志願者が在学生を倒した場合はどうなる? 三つ、教師の姿がどこにも見えない理由は?」
男は思わず吹き出した。
「はっは、マジメかよ。ま、教えてやってもいいぜ。ヒヨッコが何を知ったところで、俺には勝てねぇ」
軽口を叩きながら、男は指を一本立てる。
「一つ目、俺たちの成績が悪くてな、これは言っちゃ悪いが救済処置。志願者を倒した数だけ、成績にポイントが加算される。言ってみりゃ、ボーナスステージってやつだ」
次いで、胸元のバッジをトンと指差した。
「二つ目、これ。このバッジを持って広場まで戻れば、お前らにもボーナスがつく。奪って広場に行けば、合格が近づくってワケだ」
「なるほどな」
「三つ目――ここはロストレリックが作り出した疑似空間。教師どもは外で監視してる。まぁ、何かあったら救出されるが、それまでが勝負ってことだな。以上、満足か?」
ルークが軽く頷き、踵を返す――
だが、ロイドの足が一歩前に出た。剣を抜き放ち、鋭い鉄の刃が空気を裂く。
「おいおい。聞くだけ聞いて、帰るつもりかよ。礼には礼を返すのが世の道理ってもんだ。――俺の得点になってくれや」
ルークは立ち止まり、静かに振り返る。
「やめておいた方がいい。他の志願者を相手にするならともかく、先輩じゃ……俺には勝てない」
「おぉ?」
睨み合いが続く。張り詰めた空気の中、先に沈黙を破ったのは、ルークのため息だった。
「俺はルーク。後悔しないでくださいよ、先輩」
「……ははっ! 面白ぇじゃねぇか。俺はロイド。勝てたなら、その名、覚えといてやるよ、ヒヨッコ」
互いに名を告げた瞬間、二人の間に電流のような緊張が走る。
ルークが剣を抜く。鞘から抜けた瞬間、刃が青い光を帯び、空気がわずかに震えた。
一呼吸ののち――先に動いたのは、ルーク。
地を滑るように距離を詰め、低く構えた体勢から、喉元を狙って突きを放つ。ロイドはギリギリでそれを躱し、反撃に転じるが――
(遅い……)
ルークはその刃をするりとかわし、背後へと回り込む。体のひねりを加えた一撃が、青い閃光を伴ってロイドの首筋をなぞった。
刹那、勝負は決まった。
「運が悪かったですね」
「……っは、バケモンかよ……! 次は負けねぇぞ!」
ロイドの体が光となって霧散し、剣と盾の紋章を刻んだバッジだけが地に残された。
「バケモン、ね……。皮肉にしては、なかなか刺さるな」
ルークは剣を納め、静かにバッジを拾い上げる。
(さて――あっちはどうなってるかな)
◆
その頃、森の奥――。
深く静かな林の中。木漏れ日の下、大樹の根に座り込むララとガイの姿があった。二人とも肩で息をし、額には玉の汗。
「はぁ……さすがに、そろそろキツいな……」
「ほんと……少し休まないと、動けそうにない……」
ララがロングヘアをかき上げ、あたりを見回す。対してガイは額の汗を拭い、息を吐いた。
「それにしても、あのルークってやつ。リーダーをやるって言ったくせに、いきなり姿を消しやがって……。まさか逃げたんじゃないだろうな?」
「それはないと思う。彼、私たちの中でも一番……異質だった」
「異質?」
「普通、緊張とか不安って、少しは滲み出るものだよ。なのに、彼からは何も感じなかった。ただ……淡々と、全てを見透かしてるような――」
「ふぅん。“無感情系”かよ。苦手なタイプだぜ……」
と、その時。
ガサッ、と茂みが揺れ、数体の魔物が姿を現す。
緑がかった体毛、鋭い牙。森に棲む
「っち、またかよ! もう何体目だってんだ!」
「右の茂み! まだ来るよ!」
ガイが叫び、剣を抜いて迎え撃つ。
「家族のために……こんなとこで終わってたまるかよッ!」
一方のララは、杖を構えて詠唱を始める。
「集いて青冰の形をなし、仇なす敵を討ち滅ぼさん――《アイスニードル》!」
空中に氷の槍が無数に現れ、魔物たちの体を貫く。
だが直後――ララの膝が崩れた。
「っ……はぁ、はぁ……ごめん、ちょっとマナが……」
「おい、大丈夫かよ!」
「うん、平気……少し、休めば……」
限界は近い。タンク不在の二人での連戦は、思っていたよりも過酷だった。
そんな二人の前に、茂みから現れた三人――鋭い目つきの剣士、杖を握る魔法使い、盾を構えるタンクが、獲物を狙うように微笑む。
二人の額に嫌な汗が流れ、顔を歪める。
そして、敵たちは静かに武器を構えた――逃げ場は、ない。