「くそっ……万事休すかよ……」
ガイはララを庇うように前へ出た。剣を握る手は震えている。目の前の敵パーティは三人。こちらは満身創痍の二人。勝機は、限りなく薄い。
ララも杖を握り直すが、その呼吸は荒く、脚にはもう力が入っていない。
敵は距離を詰めながら包囲を固めていた。
「ガイ……私を置いて、逃げて。あなたなら、まだ助かるかもしれない……」
「ざっけんなよッ! 仲間を置いて逃げるなんて、そんなダセぇ真似、俺は絶対にしねぇ!」
怒鳴るガイの目には、まだ光が残っていた。震える腕に、なおも力を込める。
「しねぇえええええっ!」
敵の一人が突っ込んでくる。ガイが迎え撃とうと身構えた――その瞬間。
閃光が走った――
「悪いが、そいつらは俺のパーティだ。手を出すな――殺すぞ」
静かに、だが鋭く響く声が、空気の温度を一変させる。
「……やっと来たかよ、クソリーダー……」
ガイが安堵混じりに呟き、ララは崩れるようにその場に座り込んだ。
斬撃の飛来した方角――そこに現れたのは、黒髪の少年。剣を提げ、冷ややかな眼差しを
「っち、もう一人いたのかよ!」
「関係ねぇ、まとめて潰すぞ!」
敵三人が一斉に動き出す。
だが、次の瞬間にはルークがガイたちの前に立ち、一人を蹴り飛ばし、残る二人の攻撃を鮮やかに捌いた。
わずかに間があった後、ルークは単身で敵に飛び込むと瞬く間に剣士の片腕を斬り飛ばす。
悲鳴が響き渡る中、ルークの目は次の敵を捉えていた。魔法使いが杖を振り上げるが、ルークはすでに背後に回っている。逃げ道を断つように足の腱を斬り裂くと、地面にねじ伏せる。
残る一人が助けに駆け寄るが、それさえも読んでいた。無詠唱の風魔法が発動し、
瞬く間に三人が光の粒となって弾け、辺りに静寂が訪れる。
「生きてるか」
剣を納めながら、ルークが問う。
返事の代わりに、ガイが呆然としたまま一言漏らす。
「まじかよ……クソつえぇ……」
「ほら、人を見る目だけはあるでしょ?」
ララが笑って言うと、ガイもつられて笑い出す。その様子に、ルークも思わず口元を緩めた。
(……今、俺、笑ったか?)
久しく味わっていなかった感覚が胸に広がる。温かく、少し、くすぐったい。
「ルーク? どうしたの?」
「いや……なんでもない。少し休め。俺が見張ってる」
「ああ、助かる……マジで限界だわ……」
「私も、しばらくマナが戻らなさそう……」
二人が木の根に腰を下ろす。
それからしばらく、森には魔物が現れ続けた。だが、すべてルーク一人で退ける。中には二メートルを超えるオーガさえいたが――二人が立ち上がる暇すらなかった。
(……こいつ、何者だ? 見た目はボーッとしてるのに、隙がまるでねぇ……)
ガイの心に浮かんでいた軽い敵意は、今や完全に消え去っていた。代わりにあるのは、
「そろそろ行くか」
ルークの言葉に、二人が立ち上がる。
「ねぇ、ルーク。さっきまでどこに行ってたの?」
「強さの証明をしに、な」
そう言って、ルークは指先で小さなバッジを弾き、ララに投げ渡した。
ルークの声には、どこか誇らしさが混じっていた。
「……バッジ?」
「なんだそれ?」
二人はきょとんとした表情で、それを見つめる。
「刺客役の先輩たちは全員、これを持ってる。たぶん、これを広場まで持ち帰ることが、合格条件の一つなんだろう」
「……ってことは」
ララが目を見開く。ガイもすぐに悟り、声を上げた。
「お前、倒したのか!? 先輩を!?」
驚くのも無理はない。王立アストレア学園は、世界でも屈指の名門。その在校生を倒したとなれば、それだけで“規格外”だ。
「まぁ……言うほど強くはなかったけどな」
あまりにもさらりと告げるルークに、二人は返す言葉を失った。
やがて、木々の合間から広場が見えてきた。いくつかのパーティがすでに到着しており、光に包まれて次々と転送されていく。どうやら、ルーク以外にも“証明”を果たした者はいたらしい。
「行くぞ」
ルークの声に、三人は歩き出す。
ララの手に持たれたバッジが、眩い光を放ち始めた。その光が三人を包み――気づけば、最初に通ったゲートの前に戻っていた。
周囲には、すでに何人かの志願者たちがいた。教師から説明を受けている者もいれば、悔しそうに泣き崩れる者もいた。
そんな中、一人の教師が三人に歩み寄ってきた。
「二次試験、合格おめでとう。君たちは、最終試験への挑戦権を得た。ゲートの反対側――そこにある十の空間のいずれかに転送される。準備ができたら、進んでくれ」
三人はそれぞれの想いを胸に、ゲートを見上げた。
「ルーク、お前がいてくれて、本当によかった。ララにも助けられた。でも……次は、敵かもしれない。それでも、できれば――入学式でまた……会えたら、いいな。今度も、同じ味方として」
「私も、三人一緒に入学できたら嬉しいな」
「先に合格して、待ってるよ」
「「それは生意気!」」
ララとガイが同時にツッコミを入れ、三人の間に笑いが広がった。
そして、それぞれが前を向く。
「――行くか」
「おう!」
「うん!」
光の中へと踏み出す三人。
その背に、試練の影が――静かに、忍び寄っていた。