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序章 四話「戦いの先に見える光」

「くそっ……万事休すかよ……」


 ガイはララを庇うように前へ出た。剣を握る手は震えている。目の前の敵パーティは三人。こちらは満身創痍の二人。勝機は、限りなく薄い。


 ララも杖を握り直すが、その呼吸は荒く、脚にはもう力が入っていない。


 敵は距離を詰めながら包囲を固めていた。


「ガイ……私を置いて、逃げて。あなたなら、まだ助かるかもしれない……」


「ざっけんなよッ! 仲間を置いて逃げるなんて、そんなダセぇ真似、俺は絶対にしねぇ!」


 怒鳴るガイの目には、まだ光が残っていた。震える腕に、なおも力を込める。


「しねぇえええええっ!」


 敵の一人が突っ込んでくる。ガイが迎え撃とうと身構えた――その瞬間。


 閃光が走った――


 轟音ごうおんが空気を裂き、地面を走る一閃が、両者の間を強引に断ち切った。


「悪いが、そいつらは俺のパーティだ。手を出すな――殺すぞ」


 静かに、だが鋭く響く声が、空気の温度を一変させる。


「……やっと来たかよ、クソリーダー……」


 ガイが安堵混じりに呟き、ララは崩れるようにその場に座り込んだ。


 斬撃の飛来した方角――そこに現れたのは、黒髪の少年。剣を提げ、冷ややかな眼差しを湛えるたたえるルークだった。


「っち、もう一人いたのかよ!」

「関係ねぇ、まとめて潰すぞ!」


 敵三人が一斉に動き出す。


 だが、次の瞬間にはルークがガイたちの前に立ち、一人を蹴り飛ばし、残る二人の攻撃を鮮やかに捌いた。


 わずかに間があった後、ルークは単身で敵に飛び込むと瞬く間に剣士の片腕を斬り飛ばす。


 悲鳴が響き渡る中、ルークの目は次の敵を捉えていた。魔法使いが杖を振り上げるが、ルークはすでに背後に回っている。逃げ道を断つように足の腱を斬り裂くと、地面にねじ伏せる。


 残る一人が助けに駆け寄るが、それさえも読んでいた。無詠唱の風魔法が発動し、風刃ウィンドカッターが敵の首を断ち切った。


 瞬く間に三人が光の粒となって弾け、辺りに静寂が訪れる。


「生きてるか」


 剣を納めながら、ルークが問う。


 返事の代わりに、ガイが呆然としたまま一言漏らす。


「まじかよ……クソつえぇ……」


「ほら、人を見る目だけはあるでしょ?」


 ララが笑って言うと、ガイもつられて笑い出す。その様子に、ルークも思わず口元を緩めた。


(……今、俺、笑ったか?)


 久しく味わっていなかった感覚が胸に広がる。温かく、少し、くすぐったい。


「ルーク? どうしたの?」


「いや……なんでもない。少し休め。俺が見張ってる」


「ああ、助かる……マジで限界だわ……」

「私も、しばらくマナが戻らなさそう……」


 二人が木の根に腰を下ろす。


 それからしばらく、森には魔物が現れ続けた。だが、すべてルーク一人で退ける。中には二メートルを超えるオーガさえいたが――二人が立ち上がる暇すらなかった。


(……こいつ、何者だ? 見た目はボーッとしてるのに、隙がまるでねぇ……)


 ガイの心に浮かんでいた軽い敵意は、今や完全に消え去っていた。代わりにあるのは、畏敬いけい――それに近い感情だった。


「そろそろ行くか」


 ルークの言葉に、二人が立ち上がる。


「ねぇ、ルーク。さっきまでどこに行ってたの?」


「強さの証明をしに、な」


 そう言って、ルークは指先で小さなバッジを弾き、ララに投げ渡した。

 ルークの声には、どこか誇らしさが混じっていた。


「……バッジ?」


「なんだそれ?」


 二人はきょとんとした表情で、それを見つめる。


「刺客役の先輩たちは全員、これを持ってる。たぶん、これを広場まで持ち帰ることが、合格条件の一つなんだろう」


「……ってことは」


 ララが目を見開く。ガイもすぐに悟り、声を上げた。


「お前、倒したのか!? 先輩を!?」


 驚くのも無理はない。王立アストレア学園は、世界でも屈指の名門。その在校生を倒したとなれば、それだけで“規格外”だ。


「まぁ……言うほど強くはなかったけどな」


 あまりにもさらりと告げるルークに、二人は返す言葉を失った。


 やがて、木々の合間から広場が見えてきた。いくつかのパーティがすでに到着しており、光に包まれて次々と転送されていく。どうやら、ルーク以外にも“証明”を果たした者はいたらしい。


「行くぞ」


 ルークの声に、三人は歩き出す。


 ララの手に持たれたバッジが、眩い光を放ち始めた。その光が三人を包み――気づけば、最初に通ったゲートの前に戻っていた。


 周囲には、すでに何人かの志願者たちがいた。教師から説明を受けている者もいれば、悔しそうに泣き崩れる者もいた。


 そんな中、一人の教師が三人に歩み寄ってきた。


「二次試験、合格おめでとう。君たちは、最終試験への挑戦権を得た。ゲートの反対側――そこにある十の空間のいずれかに転送される。準備ができたら、進んでくれ」


 三人はそれぞれの想いを胸に、ゲートを見上げた。


「ルーク、お前がいてくれて、本当によかった。ララにも助けられた。でも……次は、敵かもしれない。それでも、できれば――入学式でまた……会えたら、いいな。今度も、同じ味方として」


「私も、三人一緒に入学できたら嬉しいな」


「先に合格して、待ってるよ」


「「それは生意気!」」


 ララとガイが同時にツッコミを入れ、三人の間に笑いが広がった。


 そして、それぞれが前を向く。


「――行くか」


「おう!」

「うん!」


 光の中へと踏み出す三人。

 その背に、試練の影が――静かに、忍び寄っていた。

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