「……ここは?」
ゲートを抜けた先に広がっていたのは、果てのない真っ白な空間だった。視界を満たすのは、ただ白だけ。ルークは警戒しながら一歩踏み出す。
その瞬間、目前に光が集まり、ホログラムの映像が浮かび上がった。そこには学園長、ヴェルディの姿が映っている。
「よくぞここまで来た! いよいよ最終試験じゃな。試験の内容を話そうかの。あ、ちなみにこのホログラムは一方通行じゃから質問には答えられんぞい」
冗談めかした口調でそう言いながら、背後に映像が投影される。
「今回は十の異なる空間に分かれてもらう。それぞれ森、街中、砂漠、洞窟などの環境が用意されており、君たちの行動履歴や戦闘記録から“最も苦手”と判断された空間へと転送される。
各空間には七十名ずつ振り分けられ、与えられたミッションをこなす。その上で、好成績を収めた六十名のみが、学園の門をくぐれるのじゃ」
(地形、状況、戦闘……すべてが評価対象。勝ち残るには、“最善”を選び続けるしかない)
ルークが思考を巡らせていると、ヴェルディの声が再び響く。
「さあ、最終試練じゃ。――運命を握れ、若者よ!」
ホログラムが消え、代わりに一枚の扉が目の前に現れる。ルークは深く息を吸い、その扉を押し開けた。
――その先にあったのは、崩壊寸前の街だった。
あちこちから火の手が上がり、爆音がこだまする。魔法が飛び交い、市民たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
「……いったいこれは」
呆然とするルークの前に、空中に文字が浮かぶ。
『任務内容:対象地域における【最善の選択】を実行せよ。指揮官の無力化/住民の救出/魔物の掃討――すべてが評価指標となる。』
(まるで……二年前の光景。いや、今は目の前に集中しろ)
ルークは即座に動き出し、街で最も高い建物――時計台へと登る。
視界を確保し、次に魔力を放つ。 「《ソナー》」
波紋のように広がる魔力が街を走り、脳裏に魔物や仲間の位置情報が浮かぶ。
(指揮官の反応はなし……魔力量を抑えている。熟練者、もしくは化け物か)
判断を終え、行動に移ろうとした瞬間だった。
「邪魔だ、どけッ!」
突然の怒声と共に、下から突き上げる衝撃が時計台を襲う。ルークの隣を、猛獣のような気配が吹き抜けた。
現れたのは、褐色の肌に白髪を後ろで束ねた男。オッドアイの双眸が怒りに燃え、筋骨隆々としたその身体から圧倒的な気迫があふれ出していた。
「……あいつだな。ぶっ潰す」
男は何かを見定めると、建物を踏み抜く勢いで突進していった。時計台の一部が崩れ落ちる。
(なんて踏み込みだ……化け物かよ)
だが、感心している暇はない。ルークはすぐに飛び降り、街に侵入した魔物たちを優先的に討伐していく。強力な個体から順に間引き、戦線の維持を図る。
しばらくして、街の外れから大きな魔力の波動が届いた。
「……結界?」
そこには光の属性を帯びた半球状のバリアが展開されていた。他の志願者たちが気付き、住民たちを誘導している。
「やるな……助かる!」
その時だった。
ドォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き、別の区画の建物が次々と崩壊していく。ルークが振り返ると、空中に巨大な影が舞い上がった。
半魔物と化した大男。その身から漏れ出す魔力は《ソナー》すらかすめなかった。
「……見逃していた、のか。いや、違う。魔力の気配を“隠していた”」
そこへ、白髪の男が再び姿を見せる。
「クソ雑魚がッ! くたばれェエエ!」
叫びと共に、拳を振り下ろす。拳と拳が激突し、大男は大地に叩きつけられた。
(……空中でこの威力。あの体幹、尋常じゃない)
再び文字が浮かぶ。
『敵指揮官が討伐されました。魔物の侵攻が停止します。街の魔物を掃討し次第、試験が終了します』
志願者たちが一斉に街へ走り出す。点数稼ぎの時間だ。ルークも行動を開始しようとした――その時。
「……助けてぇぇっ……!」
遠くから悲鳴が届いた。
(……違和感。戦闘の悲鳴じゃない)
ルークは声の方へと急行する。
たどり着いた先にいたのは――暴走する白髪の男。
彼は指揮官を倒した後も残党を掃討する為、力を振るい続けていたが、加減をしない攻撃に志願者や住民すら巻き込んでいた。
「やめろッ!」
斬撃を放ち、その拳を相殺する。すると砂煙の中から現れ、殺気を滲ませた瞳でルークを睨みつける。
「邪魔すんな、雑魚が……!」
「味方を巻き込んでどうする。お前、戦場の基本すら――」
「黙れ、虫ケラがァッ!!」
ルークの背後を取り拳を振りかぶる。
その拳には、敵将を討った時と同じ密度の魔力が込められていた。
(――ッ! やむを得ないか……!)
ルークは体勢を整えると、連戦で少なくなった魔力を絞り出し、自身と剣に魔力を流す。
《身体強化》、《感覚強化》、《鋭利強化》、《靭性強化》、《闇・火属性【蒼】付与》を瞬時に発動。ルークの剣が蒼い光と黒焔を纏う。続けて高速詠唱を唱える。
「夜を裂き、魂を焼き尽くす焔となりて、我が刃に宿れ――《ゲヘナバースト》」
剣に纏った黒焔が
衝撃の強さに両者の表情が歪む。――しかし、その鍔迫り合いを制したのは一閃の蒼い光だった。
「はぁ、はぁ」
地面に着地したルークの剣から輝きが消え、ルークは魔力切れを起こしていた。
呼吸を乱しながら振り返るルーク。そこには額から血を流しながら、片腕を黒焔に焼く男の姿があった。
「おい、お前。名前は?」
男は怒りに満ちた表情を浮かべながら振り返り、小さく問う。
「……ルークだ」
二人の間に少しの沈黙があった後、文字が浮かび上がる。
『魔物が掃討されました。試験は以上となります、お疲れ様でした』
その文字と共にルークが光に包まれると男はルークに向かって告げる。
「ルーク、か……次は潰す。俺の名は、バルバトス――お前の名、覚えたからな」
向けられたその鋭い瞳を見送りながら転送される。
そして、光が弾け再び真っ白な空間へ。
試験は、幕を閉じた。
――また、必ずあの男と相まみえる日が来る。
ルークはそう確信していた。