ルークは感心したようにうなった。
「なるほどなぁ。なんで闘技ホールと体育館を分けてるんだ? 目的は同じに見えるけど」
隣を歩くララが笑いながら答える。
「闘技ホールは基本立ち入り禁止なの。夏にやる学年別闘技大会とか、特別なイベントの時だけ使うらしいよ」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
アストレア学園では毎年夏、全校生徒が参加する学年別闘技大会が開かれる。成績次第でランキングが大きく変わるため、生徒たちは血気盛んに戦い、例年会場は熱狂に包まれる。
ふと、ルークは別の疑問が浮かんできた。
「そういや、MADって何を動力にしてるんだ?」
「大気マナみたいだよ。詳しい仕組みはわかんないけど……あ、壊したら超高額請求が来るらしいから、気を付けないとだね!」
魔法を操るためには、術者の体内で生まれる〈身体マナ〉と、空気中に漂う〈大気マナ〉を混ぜ合わせ、魔力を練り上げる必要がある。
それをMADは擬似的に行っているというのだから、改めてこの国の魔法技術の高さに驚かされる。
「へぇ、じゃあ――」
「お前は子供かッ!」
横からガイが鋭いツッコミを入れた。
ルークはぽかんとした顔で首をかしげる。何が悪かったのか、心当たりがない。
当然だった。
ルークにとって、今の質問は純粋な探究心から出たもの。嫌がらせでも、話を繋げようとしたわけでもない。ほとんど独り言の延長だったのだ。
「はぁ……。戦闘になるとやたら強いくせに、普段はまるで子供みたいだな」
「そうか? 俺は普通だけど」
「だろうなッ!」
素直すぎる返しに、ガイは思わず叫びそうになった。
「えー、いいじゃん。ぽわぽわしてて可愛いし、私は好きだけどな〜」
ララは微笑んで言ったが、それは母性に近いものではないかとルークは密かに思った。
そんな会話を交わしながら、三人は目的地へとたどり着く。
木造の大きな建物に、ガラスを多用した優美な作り。掲げられた石の看板には「大図書館」と刻まれていた。
重厚な扉を開くと、そこは静謐な世界だった。天井から降り注ぐ柔らかな光。視界の限り本棚が並び、二階、三階へと本が積み上がるように続いている。
あまりの荘厳さに、思わずルークたちは足を止めた。――いや、"たち"ではなかった。
「あれ? ルークがいないよ?」
「は? 嘘だろ!?」
ララが振り返った時には、すでにルークの姿は消えていた。
二人は大声を出すわけにもいかず、手分けして探し始める。
そしてすぐに、ガイが魔法書コーナーの一角で、夢中で本を読むルークを見つけた。
「あれ、なに読んでるんだろ?」
「魔法関係だろ。ここ、魔法書エリアだし」
そう答えたものの、ガイは疑問を抱く。ルークは確か――
「でも、ルークって自分じゃ魔法がほとんど使えないって言ってなかった?」
ララが小声で問いかけ、ガイも目を見開いた。
そうだ。入学式の前、ルークはさらりと言っていた。
「じゃあ、なんで魔法書を……?」
「わかんないけど、今はそっとしておこ?」
ララは笑顔で手を振り、別の棚へと向かった。
それぞれが興味のある本を読みふけるうちに、外はすっかり夕闇に包まれていた。
慌てて合流したガイとララは、再びルークを探す。
今度はすぐに見つかった。魔法書の机に、積み上げられた本の山。その中心に、なおも真剣な顔でページをめくるルークの姿があった。
「うげっ、まさかこれ全部読んだのか?」
「ああ」
パタン、とルークが一冊の本を閉じた。
ガイが一冊を手に取ると、びっしり書き込まれた難解な理論と数式に顔をしかめた。どれもこれも、専門的な魔法書ばかりだ。
「ここ、いいな。資料も研究書も、幅広く揃ってるし……入り浸りそうだ」
「ルーク、本好きなんだね!」
ララが微笑むと、ルークも静かに頷いた。
「本が、というより――魔法が好きなんだ」
その顔はどこか、少年らしい純粋さに満ちていた。
「でもよ、ルーク。魔法、ほとんど使えないんだろ?」
ガイが不思議そうに問うと、ルークは肩をすくめた。
「ああ。マナ総量が、たぶんガイの二十分の一もない」
「はああああ!? 俺、人より多い方だけど! それって……一般人より少ないぞ!?」
ガイの叫びも無理はない。マナの少なさは、魔法社会で生きる上で致命的な弱点だ。
「まぁ、ちょっと色々あってな。でも、問題ないよ」
ルークはそう言うと、手をかざして本の山に魔力を流す。本たちはふわりと浮き、元の棚へと次々に収まっていった。
「魔法の扱いには、自信があるから」
その一連の行動に、ララは目を見張った。
「え、いまの……」
「は? ただの風魔法だろ? ララもあれぐらいできるだろ?」
ガイは呆れたように言ったが、ララは首を横に振る。
ルークが見せた制御は――ただの風魔法では到底済まない、精密さを宿していた。