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第二話 四話「静寂の図書館と、秘めた力」

 ルークは感心したようにうなった。


「なるほどなぁ。なんで闘技ホールと体育館を分けてるんだ? 目的は同じに見えるけど」


 隣を歩くララが笑いながら答える。


「闘技ホールは基本立ち入り禁止なの。夏にやる学年別闘技大会とか、特別なイベントの時だけ使うらしいよ」


「へぇ、そんなのがあるんだ」


 アストレア学園では毎年夏、全校生徒が参加する学年別闘技大会が開かれる。成績次第でランキングが大きく変わるため、生徒たちは血気盛んに戦い、例年会場は熱狂に包まれる。


 ふと、ルークは別の疑問が浮かんできた。


「そういや、MADって何を動力にしてるんだ?」


「大気マナみたいだよ。詳しい仕組みはわかんないけど……あ、壊したら超高額請求が来るらしいから、気を付けないとだね!」


 魔法を操るためには、術者の体内で生まれる〈身体マナ〉と、空気中に漂う〈大気マナ〉を混ぜ合わせ、魔力を練り上げる必要がある。


 それをMADは擬似的に行っているというのだから、改めてこの国の魔法技術の高さに驚かされる。


「へぇ、じゃあ――」


「お前は子供かッ!」


 横からガイが鋭いツッコミを入れた。


 ルークはぽかんとした顔で首をかしげる。何が悪かったのか、心当たりがない。


 当然だった。


 ルークにとって、今の質問は純粋な探究心から出たもの。嫌がらせでも、話を繋げようとしたわけでもない。ほとんど独り言の延長だったのだ。


「はぁ……。戦闘になるとやたら強いくせに、普段はまるで子供みたいだな」


「そうか? 俺は普通だけど」


「だろうなッ!」


 素直すぎる返しに、ガイは思わず叫びそうになった。


「えー、いいじゃん。ぽわぽわしてて可愛いし、私は好きだけどな〜」


 ララは微笑んで言ったが、それは母性に近いものではないかとルークは密かに思った。


 そんな会話を交わしながら、三人は目的地へとたどり着く。


 木造の大きな建物に、ガラスを多用した優美な作り。掲げられた石の看板には「大図書館」と刻まれていた。


 重厚な扉を開くと、そこは静謐な世界だった。天井から降り注ぐ柔らかな光。視界の限り本棚が並び、二階、三階へと本が積み上がるように続いている。


 あまりの荘厳さに、思わずルークたちは足を止めた。――いや、"たち"ではなかった。


「あれ? ルークがいないよ?」


「は? 嘘だろ!?」


 ララが振り返った時には、すでにルークの姿は消えていた。


 二人は大声を出すわけにもいかず、手分けして探し始める。


 そしてすぐに、ガイが魔法書コーナーの一角で、夢中で本を読むルークを見つけた。


「あれ、なに読んでるんだろ?」


「魔法関係だろ。ここ、魔法書エリアだし」


 そう答えたものの、ガイは疑問を抱く。ルークは確か――


「でも、ルークって自分じゃ魔法がほとんど使えないって言ってなかった?」


 ララが小声で問いかけ、ガイも目を見開いた。


 そうだ。入学式の前、ルークはさらりと言っていた。


「じゃあ、なんで魔法書を……?」


「わかんないけど、今はそっとしておこ?」


 ララは笑顔で手を振り、別の棚へと向かった。


 それぞれが興味のある本を読みふけるうちに、外はすっかり夕闇に包まれていた。


 慌てて合流したガイとララは、再びルークを探す。


 今度はすぐに見つかった。魔法書の机に、積み上げられた本の山。その中心に、なおも真剣な顔でページをめくるルークの姿があった。


「うげっ、まさかこれ全部読んだのか?」


「ああ」


 パタン、とルークが一冊の本を閉じた。


 ガイが一冊を手に取ると、びっしり書き込まれた難解な理論と数式に顔をしかめた。どれもこれも、専門的な魔法書ばかりだ。


「ここ、いいな。資料も研究書も、幅広く揃ってるし……入り浸りそうだ」


「ルーク、本好きなんだね!」


 ララが微笑むと、ルークも静かに頷いた。


「本が、というより――魔法が好きなんだ」


 その顔はどこか、少年らしい純粋さに満ちていた。


「でもよ、ルーク。魔法、ほとんど使えないんだろ?」


 ガイが不思議そうに問うと、ルークは肩をすくめた。


「ああ。マナ総量が、たぶんガイの二十分の一もない」


「はああああ!? 俺、人より多い方だけど! それって……一般人より少ないぞ!?」


 ガイの叫びも無理はない。マナの少なさは、魔法社会で生きる上で致命的な弱点だ。


「まぁ、ちょっと色々あってな。でも、問題ないよ」


 ルークはそう言うと、手をかざして本の山に魔力を流す。本たちはふわりと浮き、元の棚へと次々に収まっていった。


「魔法の扱いには、自信があるから」


 その一連の行動に、ララは目を見張った。


「え、いまの……」


「は? ただの風魔法だろ? ララもあれぐらいできるだろ?」


 ガイは呆れたように言ったが、ララは首を横に振る。


 ルークが見せた制御は――ただの風魔法では到底済まない、精密さを宿していた。

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