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第二話 五話「無詠唱と魔力制御の理解」

「ガイ、それ本気で言ってるの? あんな完璧な魔力コントロール、普通できないよ! しかも無詠唱だよ!?」


 ララが驚いたように目を丸くして詰め寄る。


 図書館の静寂を破るわけにはいかず、声は抑えめだったが、感情の高ぶりは隠しきれていなかった。


 ルークは苦笑しながら、その様子を見ていた。


 魔法を扱うには本来、いくつもの工程を踏む。


 まず、魔法を発動するための構文――いわば設計図を書き上げることから始まる。


 構文には、【使用する魔力量】【属性】【何をさせるか】という三つの要素が組み込まれている。


 これを魔力で丁寧に描き、さらに詠唱で起動することで、初めて魔法として成立するのだ。


 構文が複雑になれば消費する魔力量も増える。暴発させないためには、極めて繊細な魔力コントロールが求められる。これが、中級魔法や上級魔法の習得が難しい理由だ。


 しかも、先ほどルークが見せたのは、極小の魔力量で、風属性を使い、対象を元の位置へ戻す――それらを【簡略構文】かつ【無詠唱】で成し遂げるという、超高難度の芸当。


 簡略すれば当然、発動の成功率は下がり、術者の技量次第で効果が大きく左右される。


 ましてや、それを無詠唱で――。並大抵の理解力と技術では、到底できない。


「んー、俺は一回見た魔法ならだいたいできるからな」


 ガイが胸を張る。あまりに当然のように言うので、ルークも少しだけ唖然とした。


「それは……すごいな」


 率直な感想だった。ルーク自身、魔法に関しては人一倍努力してきた自負があるが、一度見ただけで真似できるなんて、想像もできなかった。


 ララも、どこか疑わしげな目を細める。


「じゃあ、これやってみて。《猛る炎よ、優しき導きに可憐な華となりてその身を咲かせ【ファイアーフラワー】》」


 ララは指先に炎を集め、美しい薔薇の花を象る。炎の花弁がふわりと舞い、辺りに温かな光を灯した。


 その光景を見て、ガイは即座に魔力を練り上げる。


「《猛る炎よ、優しき導きに可憐な華となりてその身を咲かせ【ファイアーフラワー】》」


 発動――完全な再現だった。


 ララが驚愕の声を漏らす間もなく、いくつか魔法を変えて試してみても、ガイはすべて正確に模倣してみせた。


「う、嘘……。一回見ただけで……!」


「だから言ったろ? 魔力さえ足りてれば余裕だって」


 ガイは勝ち誇ったように笑う。


 ルークは、その才能に素直に感心しつつも、どこかで違和感も覚えていた。


(……でも、単純な再現と、制御技術は別物だ)


 内心で、冷静にそう分析する。


「じゃあ、ルークの魔法もやってみてよ!」


 ララが無邪気に提案すると、ガイも勢いそのままに本を積み上げ、手をかざした。


 だが――何も起こらない。


 静かな図書館の中、ガイの顔にじわりと焦りの色が滲む。


 ルークは苦笑しながら肩をすくめた。


「ガイ、それじゃダメだ。魔力コントロールが粗すぎて、術式がうまく構築できてない。無詠唱には、魔法のイメージを完全に一致させることが必要なんだ。俺が思い描いてたものと、ガイのイメージは違う」


「ぐぬぬ……! 別のやつならできるかもしれねぇだろ! なんかやってみろ!」


 すっかり火がついたガイが叫ぶ。


 (ふふ、少し意地悪してみようか……)


 ルークは、ふと悪戯心を抱く。口元に小さな笑みを浮かべ、両手を向かい合わせに広げる。


 掌の間に、赤黒い渦がゆっくりと巻き起こり始めた。空気がわずかに震え、周囲の気温すら変わる感覚――


 だが、その瞬間だった。


「何をしているんだお前らぁあああ! 館内魔法禁止だって書いてあるだろうがッ!」


 怒号と共に、背後から先生が飛び出してきた。


「うわっ……!」


 ルークは慌てて魔法を中断する。


 だがもう遅い。三人は有無を言わさず、図書館の外へと叩き出された。


 外に出ると、夜風が頬を撫でる。


 ふと、顔を見合わせ――


「「「っぷははははは!!」」」


 腹の底から笑いがこみ上げた。


 何がそんなに可笑しかったのか、自分たちでもよくわからない。けれど、笑いは止まらなかった。


「怒られちゃったね」


「だな」


「初日からこれって、俺らバカだな」


 笑い合いながら、自然と心の距離が近づいていくのをルークは感じていた。


 ふとガイが手を叩く。


「よし、学園ギルド行こうぜ! 登録して、ついでに飯も食おう!」


「賛成!」


 ララが元気よく答え、ルークも微笑んで頷く。


 歩き出した道は、すでに街灯が灯り、昼間とは違った賑わいを見せていた。


 しばらく進むと、煌々と明かりが漏れる建物が見えてくる。


 掲げられた看板には――『学園ギルド』。


「おお、ここが……」


 ルークは思わず感嘆の声を漏らした。


 中へ入ると、ホールは生徒たちで溢れかえり、まるで市場のような活気に包まれていた。


 正面のカウンターには、忙しそうに動く三人の受付嬢。上部のスクリーンには、ランキングや新着クエスト、討伐対象魔物などの情報が流れている。


「すっげぇな……。俺が知ってるギルドより、はるかに立派だ」


「へぇ? どっかのギルド入ってるのか?」


 ガイが驚いたように尋ねる。


「まあ、一応な。幽霊メンバーみたいなもんだけど」


 ルークは苦笑交じりに答えた。


「えっ、どこのギルド!? 私、結構詳しいよ!」


 ララが興味津々で身を乗り出す。


 ルークはふっと微笑むと、軽くいなす。


「秘密だよ。ほら、行こうぜ」


 その言葉に、二人も顔を見合わせてから小さく頷き、受付カウンターへと向かっていった。

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