「ガイ、それ本気で言ってるの? あんな完璧な魔力コントロール、普通できないよ! しかも無詠唱だよ!?」
ララが驚いたように目を丸くして詰め寄る。
図書館の静寂を破るわけにはいかず、声は抑えめだったが、感情の高ぶりは隠しきれていなかった。
ルークは苦笑しながら、その様子を見ていた。
魔法を扱うには本来、いくつもの工程を踏む。
まず、魔法を発動するための構文――いわば設計図を書き上げることから始まる。
構文には、【使用する魔力量】【属性】【何をさせるか】という三つの要素が組み込まれている。
これを魔力で丁寧に描き、さらに詠唱で起動することで、初めて魔法として成立するのだ。
構文が複雑になれば消費する魔力量も増える。暴発させないためには、極めて繊細な魔力コントロールが求められる。これが、中級魔法や上級魔法の習得が難しい理由だ。
しかも、先ほどルークが見せたのは、極小の魔力量で、風属性を使い、対象を元の位置へ戻す――それらを【簡略構文】かつ【無詠唱】で成し遂げるという、超高難度の芸当。
簡略すれば当然、発動の成功率は下がり、術者の技量次第で効果が大きく左右される。
ましてや、それを無詠唱で――。並大抵の理解力と技術では、到底できない。
「んー、俺は一回見た魔法ならだいたいできるからな」
ガイが胸を張る。あまりに当然のように言うので、ルークも少しだけ唖然とした。
「それは……すごいな」
率直な感想だった。ルーク自身、魔法に関しては人一倍努力してきた自負があるが、一度見ただけで真似できるなんて、想像もできなかった。
ララも、どこか疑わしげな目を細める。
「じゃあ、これやってみて。《猛る炎よ、優しき導きに可憐な華となりてその身を咲かせ【ファイアーフラワー】》」
ララは指先に炎を集め、美しい薔薇の花を象る。炎の花弁がふわりと舞い、辺りに温かな光を灯した。
その光景を見て、ガイは即座に魔力を練り上げる。
「《猛る炎よ、優しき導きに可憐な華となりてその身を咲かせ【ファイアーフラワー】》」
発動――完全な再現だった。
ララが驚愕の声を漏らす間もなく、いくつか魔法を変えて試してみても、ガイはすべて正確に模倣してみせた。
「う、嘘……。一回見ただけで……!」
「だから言ったろ? 魔力さえ足りてれば余裕だって」
ガイは勝ち誇ったように笑う。
ルークは、その才能に素直に感心しつつも、どこかで違和感も覚えていた。
(……でも、単純な再現と、制御技術は別物だ)
内心で、冷静にそう分析する。
「じゃあ、ルークの魔法もやってみてよ!」
ララが無邪気に提案すると、ガイも勢いそのままに本を積み上げ、手をかざした。
だが――何も起こらない。
静かな図書館の中、ガイの顔にじわりと焦りの色が滲む。
ルークは苦笑しながら肩をすくめた。
「ガイ、それじゃダメだ。魔力コントロールが粗すぎて、術式がうまく構築できてない。無詠唱には、魔法のイメージを完全に一致させることが必要なんだ。俺が思い描いてたものと、ガイのイメージは違う」
「ぐぬぬ……! 別のやつならできるかもしれねぇだろ! なんかやってみろ!」
すっかり火がついたガイが叫ぶ。
(ふふ、少し意地悪してみようか……)
ルークは、ふと悪戯心を抱く。口元に小さな笑みを浮かべ、両手を向かい合わせに広げる。
掌の間に、赤黒い渦がゆっくりと巻き起こり始めた。空気がわずかに震え、周囲の気温すら変わる感覚――
だが、その瞬間だった。
「何をしているんだお前らぁあああ! 館内魔法禁止だって書いてあるだろうがッ!」
怒号と共に、背後から先生が飛び出してきた。
「うわっ……!」
ルークは慌てて魔法を中断する。
だがもう遅い。三人は有無を言わさず、図書館の外へと叩き出された。
外に出ると、夜風が頬を撫でる。
ふと、顔を見合わせ――
「「「っぷははははは!!」」」
腹の底から笑いがこみ上げた。
何がそんなに可笑しかったのか、自分たちでもよくわからない。けれど、笑いは止まらなかった。
「怒られちゃったね」
「だな」
「初日からこれって、俺らバカだな」
笑い合いながら、自然と心の距離が近づいていくのをルークは感じていた。
ふとガイが手を叩く。
「よし、学園ギルド行こうぜ! 登録して、ついでに飯も食おう!」
「賛成!」
ララが元気よく答え、ルークも微笑んで頷く。
歩き出した道は、すでに街灯が灯り、昼間とは違った賑わいを見せていた。
しばらく進むと、煌々と明かりが漏れる建物が見えてくる。
掲げられた看板には――『学園ギルド』。
「おお、ここが……」
ルークは思わず感嘆の声を漏らした。
中へ入ると、ホールは生徒たちで溢れかえり、まるで市場のような活気に包まれていた。
正面のカウンターには、忙しそうに動く三人の受付嬢。上部のスクリーンには、ランキングや新着クエスト、討伐対象魔物などの情報が流れている。
「すっげぇな……。俺が知ってるギルドより、はるかに立派だ」
「へぇ? どっかのギルド入ってるのか?」
ガイが驚いたように尋ねる。
「まあ、一応な。幽霊メンバーみたいなもんだけど」
ルークは苦笑交じりに答えた。
「えっ、どこのギルド!? 私、結構詳しいよ!」
ララが興味津々で身を乗り出す。
ルークはふっと微笑むと、軽くいなす。
「秘密だよ。ほら、行こうぜ」
その言葉に、二人も顔を見合わせてから小さく頷き、受付カウンターへと向かっていった。