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第四章 六話「拡散術式の糸口」

 学園長のヴェルディは、ゆっくりと本を閉じた。


 静かに首を傾けたまま、こちらを見ている。


「……何か用かな、諸君?」


 ルークが一歩前に出て頭を下げた。


「突然すみません。学園長。お時間、少しだけいただけませんか」


 ララとガイもそれに倣って頭を下げる。


 ヴェルディは目を細め、三人を順に見渡した。


「顔は覚えているよ。……ルーク君、だったね」


「はい」


「かまわんよ。ただ、ここは話には向かない。私の執務室へ来なさい」



 ◆



 案内されたのは、大図書館を出て渡り廊下を抜けた先にある学園長室だった。


 広々とした空間に、重厚な本棚と緻密な魔術陣が描かれた机。


 壁には歴代の学園長の肖像画が飾られており、荘厳な雰囲気が漂っている。


 ヴェルディは椅子に腰を下ろし、三人にも着席を促した。


「それで……話というのは?」


 ララが口火を切る。


「実は、友人が魔素を取り込んだことで暴走して、今は昏睡状態に陥っていて……浄化魔法も効かず、今は学園付属の治療所で隔離されています」


 ヴェルディの表情がわずかに曇る。


「原因は、術式か何かかね?」


「おそらく、特殊な丸薬を服用したことが要因です。それを使ったことで、魔素が取り込まれたようで……」


 ララがそこで言葉を切り、ルークが続きを引き取る。


「彼女を救う手段を探していて……ララの記憶にあった、“魔素を意図的に集めて魔物を強化・進化させる術式”の断片をもとに、反転応用できないかと調査していました」


「ふむ……それで大図書館を?」


「はい。三日間探しましたが、それらしい記述は見つからなくて。ヴェルディ学園長なら何か知っているのではないかと」


 一瞬、沈黙が落ちた。


 ヴェルディは椅子の背に体を預け、長く目を閉じた。


 記憶を探るように、静かに思考を巡らせている。


「……残念じゃが、そのような術式について、わしは知らんのお」


 その一言に、ガイの肩が落ちる。ララも手を膝の上で握りしめ、黙り込んだ。


 ルークもまた、俯きかけたそのとき。


「だが――」


 ヴェルディの声が、再び空気を引き締めた。


「“魔素”ではなく、“マナ”を拡散させる術式なら、心当たりがある」


 ルークが顔を上げた。


 ヴェルディはまっすぐにルークを見つめている。


「君なら、ある程度の記憶があるのではないかと思ってね」


「……え?」


 ルークは戸惑いの表情を浮かべる。


「君の師、エイネシアが数年前に私を訪ねてきた。彼女は“マナの流れを制御し、強制的に遮断・分散する”装置の製作について相談してきたのだ」


「……!」


 ルークの胸に、過去の記憶がよみがえる。


 師匠のエイネシアが持っていた、あの“特殊”なアイテム。


「完成したアイテムは《アンチマナブロック》と名付けられた。マナを拡散し、一時的に魔術的干渉を遮断する特殊なアイテムだ。……覚えているかね?」


 ルークの瞳が、わずかに揺れる。


 その名を聞いたとき、胸の奥で何かが静かに弾けた気がした。


 かつてエイネシアが「ルークに必要なものだ」と言って渡してきた、小さなアイテム。当時はそのアイテムの”異質さ”に驚きつつも、確かな成長を与えてくれた。


 記憶の断片が繋がる。呼吸が深くなり、冷えかけていた頭に熱が戻る感覚。


 ルークは心の中で静かに言葉を繰り返していた。


(やれる……これなら、希望はある)


 思い出した。修行時代、最初の修行の一つに使われたアイテム。それが《アンチマナブロック》だった。


 あれは、確かに、意図的に“流れ”を操作するアイテムだった。


 今なら分かる――、なにをどうすればいいのか。


「……ありがとうございます、学園長」


 ルークは立ち上がり、頭を下げた。


「行こう、ララ、ガイ」


 二人は顔を見合わせ、頷く。


 三人は足早に部屋を後にした。


 残されたヴェルディは、どこか懐かしげに微笑んだ。


「エイネシアよ……お主の弟子は、師匠似でなかなか面白い子じゃのお」

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