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第四章 九話「光の奇跡と、ちょっとした混乱」

 ミレーナの手足に生えた鱗が、音もなく砕けていった。

 まるで砂のように細かくなり、淡い光に溶けるように消えていく。


 黒く変色していた肌も、徐々に本来の色を取り戻しはじめる。


 闇に蝕まれていた彼女の身体から、静かに、確かに――“人間”の輪郭が戻っていく。


 その光景を、ルークは目を見開いたまま見つめていた。


「……戻っ、て……こ……い……」


 かすれるような声でそう呟いた直後、彼の身体は限界を迎えた。


 膝が崩れ、そのまま意識を手放す。


「ルーク!」


 すぐさま駆け寄ったララが彼を支え、ガイが背中を押さえるようにして床に寝かせる。


「医師を――!」


 駆けつけた医師がルークの脈を確認し、小さく息を吐いた。


「大丈夫です。極度の疲労と魔力消耗による気絶でしょう。命に別状はありません」


 その言葉に、ララとガイが顔を見合わせる。少しだけ肩の力が抜けた。


 続いて、医師はベッドの上のミレーナに目を向け、検査を始める。


 しばらくの沈黙の後、医師が言った。


「……魔素の浸蝕、すべて消えています。細胞も再生しており、異常なし。驚くべき回復力です!」


 その場にいた者たちは、安堵と歓喜が入り混じった声を上げた。


「よっしゃあああああ!!」


「ほんとに……助かったんだな!」


「さすがルーク! やる時はやるな!」


 ララとガイも同時に拳を握って喜び、ララはこっそりルークの頭を優しく撫でた。


(……よく、頑張ったね)


 そう心の中で呟きながら、ララはそっと笑みを浮かべた。



 ◆



 数日後。

 病室に、やわらかな朝の光が差し込んでいた。


 その光の中で、ミレーナが静かにまぶたを開ける。


 視界はまだぼやけている。頭も重い。

 だが、確かに生きている感覚があった。


「ここ……は……?」


 ゆっくりと顔を横に向ける。

 そこには、椅子に座ったまま眠る一人の少年の姿があった。


 ミレーナの手を握ったまま、微かに寝息を立てている。


「……ル、ーク……?」


 掠れた声で呼びかけた瞬間、彼のまぶたがゆっくりと開く。


 そして、目が合った。


「……ミレーナ!?」


 ルークが驚いたように叫び、すぐにその表情が安堵に変わった。


「目、覚めたんだな……良かった……!」


 彼は本当に嬉しそうに微笑み、手をぎゅっと握り返す。


「どう、して……」


 ミレーナは震える声で言った。


 自分のしてしまったこと、記憶は曖昧でも罪悪感は残っている。


 この状況と、彼の表情を見れば、誰が自分を助けてくれたのかは明らかだった。



 ◆



「……誰しもが、道を間違えることがある」


 ルークはミレーナの手を包んだまま、静かに語り始めた。


「俺も、昔間違えたことがあった。……そのせいで、大切な仲間を、失ったこともある」


 その声には、悔しさと過去の痛みがにじんでいた。


「これからも、間違えることはあるかもしれない。けど……間違えた自分を正してくれる誰かがいるなら、どんなに遠回りしても、また前に進めると思ってる」


 ルークはふっと笑った。


「お互いのダメなとこ、指摘し合ってさ。ぶつかりながらでも、成長していける関係って、悪くないだろ?」


 その言葉に、ミレーナは目を見開き、そして――顔を真っ赤にして、俯いた。


「……ありがとっ……」


 小さな声だった。けれど、はっきりと届いた。


 ルークは立ち上がると、やや照れたように顔を逸らす。


「よし。意識も戻ったし、そろそろ行くわ。……ゆっくり休めよ」


 背を向け、病室の出口へ向かう。


「……待って」


 その声に、ルークは足を止めて振り返る。


「ん?」


 次の瞬間、ミレーナがベッドから手を伸ばし、ルークのネクタイをぎゅっと掴んだ。


「ッ!?」


 そのまま引き寄せられ、彼女の唇が――ルークの唇に重なった。



 ◆



 しばしの静寂。


 どちらも動けず、時間が止まったような錯覚に陥る。


 ――が。


「――はぁぁぁぁあ!?」


 盛大に開かれる病室の扉と同時に、怒声が響いた。


「な、なにやってんのよぉぉぉぉぉぉ!!」


 立っていたのは、ララ。そして、その後ろにガイ。


 キスをしていたミレーナとルークを目撃し、ララの顔がみるみるうちに真っ赤になった。


「ちょっと、ミレーナちゃん!? なに勝手にキスしてんの!? ルークも! 何されてんのよ!?」


「ち、ちがっ、違うってこれは事故というか……! うおおおお!? 離せッ! 俺を巻き込むな!」


 ララがミレーナに掴みかかり、ミレーナは涼しい顔でネクタイを離さない。


 ルークは必死に二人の間で手を振り回す。


 一方、ガイはというと――


「……ま、元気そうでなによりだな」


 呆れとも苦笑ともつかない表情を浮かべて、そっとドアを閉めた。



 こうして、騒がしくも温かい笑いに包まれながら――

 ルークたちの戦いがひとつの節目を迎えた。

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