――天暦七三二年、七月下旬。
真夏の陽射しが、学園の中庭を容赦なく照りつけていた。
虫たちの鳴き声が耳を満たし、木陰を渡る風さえもどこか熱を帯びている。
そんな暑さの中――ルークたちは、妙に浮かれた様子で木陰のベンチに腰かけていた。
「ついに来るぞ……! 夏休みッ!」
そう叫んだのはガイだった。
制服の上着を肩に引っかけ、汗をぬぐいながら、拳を空に突き上げている。
「夏休み、っていっても来週からだし、まだ気が早くない?」
ララが涼しい顔で冷たいお茶を飲みながら冷ややかに告げる。
「それでも! 自由な時間は正義だ! 水着にビーチにスイカに……夜の肝試しとか、ララとのツーショットとか、ロマンスの予感が――」
「黙れ」
ララの冷たい視線が飛び、ガイは椅子の背もたれに全力でのけぞった。
ルークはそんな二人のやりとりを微笑ましく見ながらも、ややぼんやりと空を見上げていた。
夏――休息と再出発。これまでの騒動がようやく一段落し、しばしの静寂が訪れる……そんな予感がしていた。
「ルークは夏休み、何する予定なの?」
ララがふと問いかけてくる。
「……特には。のんびりして、適度にクエストこなして、後は本でも読むかな」
「うわっ、真面目すぎて逆に不安になるわ」
ガイが茶化しながら肩をすくめる。
「けど、それも悪くないな。たまには平和ってやつを満喫しようぜ、なっ?」
「……ああ、そうだな」
ルークは小さく頷いた――そのときだった。
手元の通信端末が震え、小さな通知音が鳴った。
(……メイジス?)
画面には懐かしい名が表示されている。ルークはタップし、メッセージを開いた。
『“世界樹の実り”の入手方法が判明した。一度、皆で集まれないか?』
その一文を目にした瞬間、ルークの胸に冷たい緊張が走る。
「どうしたの、ルーク?」
ララが表情を曇らせ、のぞき込むように尋ねる。
ルークは数秒黙ってから、画面をララとガイに見せた。
「……サシャを、救えるかもしれない」
モニカの姉であり、自分のギルドメンバーだったサシャ。
長い間、呪われた状態で眠り続けている彼女を救うには、伝説級の希少素材が必要とされていた。
“世界樹の実り”。
それは、希望であり、奇跡であり、絶望の果てにあるかもしれない存在だった。
「……本当なの? その方法って」
ララの声が、そっと響く。
「わかんねぇけど……でも、メイジスが言うなら、試す価値はあるだろ」
ガイが真剣な顔で言う。
ルークは、二人の顔を見て――わずかにうつむいた。
「……俺、本当に行っていいのかな。あれから何もできてないのに……」
「……何言ってるのよ」
ララが、すぐに切り返す。
「ルークはちゃんと、ミレーナを助けたじゃない。今さら引け目感じる必要なんてないよ! それにこれはサシャさんだけじゃなくて、モニカちゃんも救うことになるんだし、行こうよ!」
「だな。俺たちで一緒に迎えに行こうぜ、奇跡ってやつを」
ガイが明るく笑って拳を突き出す。
ルークは小さく笑い、二人の拳に手を重ねた。
「……行こう」
◆
その日の夕刻。
学園近くのカフェの一室に、六人の仲間が再び集まっていた。
「……久しぶり」
モニカが照れたように手を振る。隣には、双剣使いのリオの姿もある。
「来てくれたか! 元気そうでなによりだ!」
メイジスは以前と変わらぬテンションで、安心したように頷いた。
「みんな、揃ったな」
ララ、ガイ、ルーク。互いに顔を見合わせ、自然と微笑みが浮かぶ。
以前のような雰囲気が戻った、そんな予感があった。
「さて――本題に入ろうか」
メイジスがそう口を開いた瞬間、場の空気が静まり返る。
「“世界樹の実り”の入手方法が見つかった。……方法はシンプルだが、かなり難しいぞ」
その言葉に、ルークの喉がごくりと鳴った。
――その方法とは、一体……?
次に語られるのは、希望か。それとも試練か――。