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第五章

第五章 一話「夏の予兆、希望の知らせ」

 ――天暦七三二年、七月下旬。


 真夏の陽射しが、学園の中庭を容赦なく照りつけていた。


 虫たちの鳴き声が耳を満たし、木陰を渡る風さえもどこか熱を帯びている。


 そんな暑さの中――ルークたちは、妙に浮かれた様子で木陰のベンチに腰かけていた。


「ついに来るぞ……! 夏休みッ!」


 そう叫んだのはガイだった。


 制服の上着を肩に引っかけ、汗をぬぐいながら、拳を空に突き上げている。


「夏休み、っていっても来週からだし、まだ気が早くない?」


 ララが涼しい顔で冷たいお茶を飲みながら冷ややかに告げる。


「それでも! 自由な時間は正義だ! 水着にビーチにスイカに……夜の肝試しとか、ララとのツーショットとか、ロマンスの予感が――」


「黙れ」


 ララの冷たい視線が飛び、ガイは椅子の背もたれに全力でのけぞった。


 ルークはそんな二人のやりとりを微笑ましく見ながらも、ややぼんやりと空を見上げていた。


 夏――休息と再出発。これまでの騒動がようやく一段落し、しばしの静寂が訪れる……そんな予感がしていた。


「ルークは夏休み、何する予定なの?」


 ララがふと問いかけてくる。


「……特には。のんびりして、適度にクエストこなして、後は本でも読むかな」


「うわっ、真面目すぎて逆に不安になるわ」


 ガイが茶化しながら肩をすくめる。


「けど、それも悪くないな。たまには平和ってやつを満喫しようぜ、なっ?」


「……ああ、そうだな」


 ルークは小さく頷いた――そのときだった。


 手元の通信端末が震え、小さな通知音が鳴った。


(……メイジス?)


 画面には懐かしい名が表示されている。ルークはタップし、メッセージを開いた。


『“世界樹の実り”の入手方法が判明した。一度、皆で集まれないか?』


 その一文を目にした瞬間、ルークの胸に冷たい緊張が走る。


「どうしたの、ルーク?」


 ララが表情を曇らせ、のぞき込むように尋ねる。


 ルークは数秒黙ってから、画面をララとガイに見せた。


「……サシャを、救えるかもしれない」


 モニカの姉であり、自分のギルドメンバーだったサシャ。


 長い間、呪われた状態で眠り続けている彼女を救うには、伝説級の希少素材が必要とされていた。


 “世界樹の実り”。


 それは、希望であり、奇跡であり、絶望の果てにあるかもしれない存在だった。


「……本当なの? その方法って」


 ララの声が、そっと響く。


「わかんねぇけど……でも、メイジスが言うなら、試す価値はあるだろ」


 ガイが真剣な顔で言う。


 ルークは、二人の顔を見て――わずかにうつむいた。


「……俺、本当に行っていいのかな。あれから何もできてないのに……」


「……何言ってるのよ」


 ララが、すぐに切り返す。


「ルークはちゃんと、ミレーナを助けたじゃない。今さら引け目感じる必要なんてないよ! それにこれはサシャさんだけじゃなくて、モニカちゃんも救うことになるんだし、行こうよ!」


「だな。俺たちで一緒に迎えに行こうぜ、奇跡ってやつを」


 ガイが明るく笑って拳を突き出す。


 ルークは小さく笑い、二人の拳に手を重ねた。


「……行こう」



 ◆



 その日の夕刻。

 学園近くのカフェの一室に、六人の仲間が再び集まっていた。


「……久しぶり」


 モニカが照れたように手を振る。隣には、双剣使いのリオの姿もある。


「来てくれたか! 元気そうでなによりだ!」


 メイジスは以前と変わらぬテンションで、安心したように頷いた。


「みんな、揃ったな」


 ララ、ガイ、ルーク。互いに顔を見合わせ、自然と微笑みが浮かぶ。


 以前のような雰囲気が戻った、そんな予感があった。


「さて――本題に入ろうか」


 メイジスがそう口を開いた瞬間、場の空気が静まり返る。


「“世界樹の実り”の入手方法が見つかった。……方法はシンプルだが、かなり難しいぞ」


 その言葉に、ルークの喉がごくりと鳴った。


 ――その方法とは、一体……?

 次に語られるのは、希望か。それとも試練か――。

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