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第五章 四話「ただいま」

 数日後、ルークたちは北東に位置する街、エルーラへと到着した。


 小高い丘に広がるこの街は、王都の喧騒けんそうとは無縁の静けさをまといながらも、どこか芯のある活気に満ちている。


 石畳を走る子供たちの笑い声が、風に乗って響いてくる。通りには露店が並び、焼き立てのパンの香りが鼻をくすぐる。ここが、かつて自分を育ててくれた場所――そう思うだけで、ルークの胸にわずかな熱が宿った。


「……いい街だね」


 ララが感嘆の声を上げる。


「治安がいい証拠だな。子供たちがあんなに自由に走り回ってるなんて」


 ガイの言葉に、メイジス達も微笑を浮かべた。


 街の中心部――かつて教会だった建物が、今や冒険者ギルド《金獅子》の拠点となっている。


 白い石造りの外壁、尖塔のシルエットはそのままに、入り口の上には堂々とした金色の獅子の紋章が掲げられていた。


 ルークは一歩、扉へと進み出る。


 ――ギィ、と重々しい音を立てて扉を開けると、懐かしい空気が一気に流れ込んできた。木の床の香り、革の擦れる音、掲示板に貼られた無数のクエスト依頼――そのすべてが、彼の記憶を刺激する。


「ルーク様!」


 ひときわ高い声が響いた瞬間、小柄な”黒髪”の少女が駆け寄ってきた。琥珀色の瞳がきらきらと輝き、真っ直ぐにルークを見上げている。


「シエル……!」


 驚きと共に名を呼ぶと、少女――シエルは勢いよくルークの前に立ち、深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ、ルーク様! ご無事で何よりです!」


「はは……そんな堅苦しくしなくていいって。入試の時は送ってくれてありがとうな」


「いえっ、ルーク様は、私の恩人ですからっ!」


 頬を染め、胸を張る姿に、仲間たちは思わず目を見張った。


「誰、この子……」とミレーナがぽつりと呟くと、「まさか……ファン?」とガイが茶化すように言い、ルークは小さく肩をすくめた。


「昔、ちょっとした縁があってな。境遇が似てたのもあって今はここで色々手伝ってもらってる。優秀な子だよ」


「うぅ……ルーク様、ちょっと照れます……」


 シエルはそう言いながらも嬉しそうに笑い、手を広げてギルドの中を案内する。


「皆さま、こちらが受付カウンターと依頼掲示板です。奥には医務室と仮眠室がありまして、訓練場にはそちらの扉から出られます。そして、こちらの階段の上がギルドマスターの部屋になります」


 訓練場は、建物の裏手にある広い空間だった。地面には無数の踏み跡があり、木製の人形や障害物が所狭しと並ぶ。


 様々な環境を想定されて作られた訓練場は、まさに修行をするには持って来いの環境だった。


「ここが……訓練場……!」


 ガイが目を見開いた。


「俺の知ってる訓練場ってレベルじゃねぇ……」


「環境が整ってるってこういうことなんだね……」


 仲間たちは一様に感嘆の声を上げたが、ルークはその視線の先を静かに見据えていた。ここは“強くなる”ための場所――それだけは、決して間違いなかった。


 訓練場の視察を終え、皆が汗を拭いながら戻ってくる。


「私、見てるだけで筋肉痛になりそう……」


 モニカがぽつりと呟き、ガイは妙に満足そうな顔をしていた。


「へへっ、ああいう場所で腕を磨くんだな……燃えるぜ、マジで」


 そのとき、シエルがふとルークの袖を引いた。


「ルーク様。よろしければ、この機会に“あちら”をご案内しても?」


「ああ……そうだな。みんな、少し寄っていってくれ」


「どこへ?」


「ギルドマスターの部屋だ」


 ルークの言葉に、一同はぎょっとした顔を見せた。


「え、ええっ!? ギルマス不在なのに、そんな場所に入っていいの……!?」


 ララが戸惑いながら問いかける。


「安心していい。中を見せたいだけさ。それに……話しておきたいこともある」



 ◆



 階段を上がり、重厚な扉を開けると、静寂な空気に満たされた一室が現れた。


 壁一面の本棚、丁寧に磨かれたソファセット。ギルドの心臓部たる場所は、思いのほか整然としていて落ち着いた雰囲気を持っていた。


「これが……エイネシアさんの部屋……」


「なんだか、感慨深いものがありますわね……」


 ララとミレーナが目を細めて周囲を見渡す。


 ふいに、シエルが一歩前に出る。


「それでは、ルーク様。どうぞ」


 その言葉と同時に、ルークがギルドマスターの椅子に腰を下ろすと、皆の顔に驚きが走る。


「えっ……?」


「ちょ、ちょっと待てルーク。なんでお前がそこの席に座ってんだよ!?」


 ガイの叫びが響いた。


「じゃあ改めて、ギルドマスター代理のルークだ。ようこそ《金獅子》へ」


 不敵な笑みを浮かべながら、仲間たちを見渡す。


「ええええええ!?!?」


 一同の叫びが部屋に響いた。


「なんでルークがギルドマスター!? 代理って何!? どういうこと!?!?」


「色々あってな。今は師匠――エイネシアさんが不在で、その間だけ代理を任されてるんだ」


 ざわつく一同に、ルークは落ち着いた声で続ける。


 そのとき、扉が勢いよく開いた。


「ルーーークッ!! 帰ってきたと聞いたぞ!」


 扉を勢いよく開けて、筋骨隆々の大男が飛び込んできた。短く刈り込まれた銀髪、どこか豪放な笑顔。彼こそ、ギルドマスター・エイネシアのチームの一員、ダグラスだった。


「お? こいつらは?」


「ダグ兄、ただいま。俺の仲間たちだ。しばらくここで修行させてもらう」


「ルークにツレか! がっはは! いいじゃねぇか! エイネシアが聞いたら、泣いて喜ぶぞ!」


 そう言って豪快に笑い飛ばすダグラスに、仲間たちの表情が少しだけ緩んだ。


「さて……話を戻そうか」


 ルークは皆を見渡し、真剣な声で言った。その声に空気が変わる。


「俺たちがここに来たのは、学年別闘技大会で優勝し、“世界樹の実り”を手に入れるためだ。そして、そのためには――さらなる力が必要になる」


 静まり返る室内で、ルークの瞳は仲間たちを真っすぐに捉えていた。


「この街でなら、それが掴めるはずだ。俺の原点でもあるこの場所で、皆を鍛える。お前たちも――覚悟してついてきてくれ」


 誰も言葉を返さなかった。けれど、それは否定ではない。


 ただ、拳を強く握る者。頷く者。瞳に火を灯す者。


 それぞれの心には強い意思と覚悟が宿っていた。


「ダグ兄、シエル。訓練の手ほどきを頼みたい。俺と三人で、全員の底上げをする」


「任せろ! いっちょ、しごいてやらあ!」


 ダグラスが歯を見せて笑った。


「ふふ……ルーク様のお手伝いができるなら、喜んで」


 シエルも頷く。


「絶対に強くなってやるぜ!」


 ガイが立ち上がり、ララも立ち上がった。


 そのとき――ルークは最後にもう一つ、皆に向かって告げた。


「――優勝して、必ずモニカのお姉さんを救うぞ」


「ルーク……」


 モニカが、感極まったように唇を震わせた。

 仲間たちの胸にも、改めて強い火が灯る。


 ――この夏、それぞれが己を超える。


 それは、逃げ場のない戦い。

 試されるのは技でも力でもない、“覚悟”だ。

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