「この夏休み、皆で“強化合宿”をしないか?」
不意に告げられた提案に、皆が一瞬だけ固まる。だが、次の瞬間――
「合宿!? 泊まり込みで特訓ってことか!? それ、めっちゃ燃えるじゃん!」
ガイが勢いよく前のめりになった。目を輝かせ、拳をぶんと振り上げる。
「私も、やるべきだと思う。……さすがに今日の結果には納得いかないし」
ララが静かに頷く。悔しさを内に秘めたまま、どこか冷静な瞳でルークを見つめている。
「僕も賛成だ。全員で力を上げられるなら、それ以上の方法はないと思う!」
メイジスは口元に微笑を浮かべながらも、その目は真剣そのものだった。
「わ、私も!」
モニカが勢いよく手を挙げる。小柄な体に力を込めるように、背筋を伸ばした。
ミレーナは皆の様子を眺めつつ、やがて静かに笑う。
「当然、参加するわ。……このままじゃ終われないもの」
彼女の声は静かだが、その言葉の端々に揺るがぬ意思が感じられた。
その中で、ひとりだけ複雑な表情を浮かべていたのは――リオだった。
彼はゆっくりと手を挙げる。どこか申し訳なさそうな仕草だった。
「……すまない。私は、今回参加できない」
「えっ……?」
モニカが振り返る。ガイも驚いたように目を見開いた。
リオは少し困ったように、けれど目だけは真っすぐにルークを見据えて言葉を続けた。
「夏休みは実家に戻らないといけない。剣聖になるために指南をつけてくれる人がくるんだ。今度来る人は、父の戦友だったらしくて……“剣聖”の名を継ぐなら、ちゃんと学んでおけって言われてるんだ」
申し訳なさそうな表情をしながら、更に言葉を繋ぐ。
「でも、模擬戦で痛感したよ。自分の甘さとか、判断の遅さとか――全部、自覚した。だから私は私で、できる限り鍛えるつもりだ。ちゃんと強くなって、合流する。……それが今の私にできることだと思う!」
リオの口調に言い訳じみたものはなかった。ただ、自分を律する誠実さと、悔しさがあった。
ガイは拳を握りしめながら言う。
「そっか……なら、こっちも手を抜けねぇな。お前が戻ってきたとき、ビビらせてやるくらい強くなってやるよ」
「そうだね。帰ってきたとき、全員が見違えるほど成長してたら――それって、最高じゃん!」
ララが頷き、メイジスも満足そうに目を細める。
「僕たち全員がそれぞれの場所で努力して、それを“ひとつ”にできたら、きっと勝てる!」
「うん! 私も……頑張る!」
モニカの声に、リオは小さく笑ってうなずいた。
そんな中、ガイがふと思い出したようにルークへ問いかけた。
「で、合宿って……どこでやるんだ? 寮じゃスペース足りないし、泊まり込みってなると、結構大変だと思うけど?」
皆の視線がルークに集まる。ルークは軽く息を吐き、短く告げた。
「エルーラに行こうと思っている」
その一言に、今度は本当に静寂が訪れた。
鳥のさえずりさえ遠のいたかのような数秒間の後――
「……エルーラって、あの北東の小さな街よね? たしか、ギルド“金獅子”がある街だったような」
ララが思い出すように呟く。
「ああ。俺が所属してるギルド《金獅子》の本拠地だ。施設の一部を使わせてもらえるよう、手配してもらう」
ルークの言葉に、一同はさらにざわめいた。
「じゃあルークが所属してるギルドに行けるってことか……すげぇ!」
ガイが興奮気味に声を上げる。
「お姉ちゃんが所属してるギルド……私も、気になる」
モニカがぽつりとつぶやく。
「そうだな。他のメンバーにも、色々聞いてみるといい。サシャさんは人気だったから、きっといろんな話が聞けると思う」
ルークの言葉に、モニカはぱっと顔を輝かせて頷いた。
「エルーラは首都から少し離れてるけど自然が多く、設備も整ってる。静かだけど、研ぎ澄まされた緊張感が漂ってる場所で、実戦的な雰囲気もあって訓練に集中しやすい場所だよ」
「え、えっと……その、ギルドの人って、怖くないのか……?」
ガイが少し緊張気味に聞くと、ルークはくすっと笑った。
「まぁ、厳しい人は多い。けど、皆まっすぐだ。努力する者には、ちゃんと応えてくれる。安心していいさ」
「うわー、ちょっと楽しみになってきたな……でも怖いのも本音だぜ……」
「ふふ……ガイらしいね」
ララが肩をすくめながら笑うと、皆の緊張も少し和らいだ。
そして、改めてルークが言う。
「今回、師匠――ギルド《金獅子》のギルドマスターは不在だけど、ギルドの環境自体は申し分ない。思う存分、鍛錬できる場所になるはずだ」
その声には、確かな決意が込められていた。
誰もがそれを感じ取ったのだろう。沈黙の後――
「よっしゃあ! 決まりだな!」
ガイが勢いよく拳を振り上げた。
「……地獄を見る気しかしないけど、今のままじゃ勝てないしね」
ララが呟き、他の皆もそれぞれの覚悟を胸に、うなずいた。
こうして、ルークたちの“強化合宿”は正式に始動する。
燃えるような夏が、いま幕を開けようとしていた。
目指すは、ただ一つ。
――学年別闘技大会、優勝。