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第2話 汚いぞ! 教師が脅迫なんてして良いのか⁉

 南棟3階(俺たち2年の教室がある場所)から階段を駆け下りて2階へ。

 まだ下校途中の生徒たちも多い。

 生徒たちの合間を縫って、渡り廊下のほうへとダッシュする。


 生徒指導室は、渡り廊下を抜けた先、隣の特別棟――通称、部室棟2階奥に位置している。


 と、渡り廊下の真ん中辺りに、1人の生徒が立っているのが見えた。

 女性生徒が、窓の外をぼんやりと眺めている。時折周りをキョロキョロして……何か困っているのか? 今日から試験勉強期間だし、基本的には部室棟への生徒の立ち入りは禁止されているはずなんだが、こんなところで何をしてるんだろうな?


 少し近づいてみると見覚えがある女子だった。

 先月うちのクラスに転入してきた……≪セカイ≫からやってきた天使族の留学生の……名前は忘れたわ。たぶん天使さんとか、そんな名前だった気がする。


 うちの学校は積極的に≪セカイ≫からの留学生を受け入れているので、クラスには何人も天使族や悪魔族の生徒がいる。まあ、街にはもっと溢れているし、別に今さら偏見とかもないしな。見た目も俺たち人族(人間)とそう変わらないし。アイツらのほうが異能力アビリティを使って、俺たちに合わせてくれているんだろうけど。


 でも、この転校生――天使さん(仮)は、ソイツらとはちょっと違う。


 なんていうか、顔の造りが違い過ぎる。

 顔だけじゃないな。全身が違う?

 気品溢れるというか、浮世離れしているというか。俺の語彙ではうまく表現できないが、とにかく美人過ぎるんだ。手が届かない系の美人な。陽キャなクラスメイトの女子でも声を掛けるのを躊躇するくらいにはオーラが半端ない。


 言うなれば、THE・天使?


 転校の時の挨拶によると、天使族の中でも序列がかなり高いとかで? 要はとんでもないお嬢様らしく、特例で付き人の帯同が許可されているんだとか。なぜか今は傍にいないみたいだけどな。


 しかしまあ、陰キャな俺が近寄ったら灰になりそうなので、スピードを上げて華麗にスルー。

 同じクラスながら、これまで一度も話をしたこともないしな。

 妹のミウが何度か天使さん(仮)に話しかけているのを見たことがある。我が妹ながらすげえなって思う。人間もコミュ力次第で人生変わるよなあ。ミウ、お兄ちゃんの分まで出世しろよ!

 ま、これからもずっと無能力者アンチの血を売って生活保護を受けて暮らす予定の俺には関係ない話だが。



***


「うぃーっす。失礼しまーす」


 生徒指導室のドアを軽くノックしてから、引き戸を開ける。

 と、ドアを開けた目の前には、俺の視界を塞ぐ――2つの白くて柔らかそうなメロン。


「遅いぞ、竹井カケル! 貴様、3秒以内に来いと命じたのに何をダラダラしとるか⁉」


 ふぅ、一旦ドアを閉めよう。

 何でドアの前に仁王立ち?



 TAKE2。

「遅くなりました! 竹井カケル入ります!」


 ドアの前で挨拶。

 それから引き戸を勢いよく開ける。


「遅いぞ、竹井カケル! 貴様、3秒以内に来いと命じたのに何をダラダラしとるか⁉」


 ふむ。

 やっぱりメロンが邪魔で生徒指導室の中には入れないな。

 もう1回ドアを閉めよう。


 咲坂先生サッキーはゲームのNPCか何かなの?

 この強制イベントは、どの選択肢を選んだら先に進めるんだ……?



 TAKE3。

 今度は無言で、さっきよりもさらにスピードを上げてドアを開ける。


「遅いぞ、竹井カケル! 貴様、3秒以内に来いと命じたのに何をダラダラしとるか⁉」


 無言で2つのメロンを鷲掴み。

 OH! 指が沈み込む……。硬そうに見えたのに大福より柔らかい……。これが悪魔の力かっ!


 って、咲坂先生サッキーは何で無反応なんだ?

 俺、ガッツリ胸を揉んじゃってますけどー?

 普通は怒ったりとか、恥ずかしがったりとか……なんかリアクションがほしいところなんですが?


 しっかしすごいな……。

 男の体にはこんな柔らかい部位はないからな……。


 うむ……。

 下から持ち上げると……すごい重量だ。

 巨乳は肩が凝るって聞くが、そりゃそうだよな。こんな水風船みたいなものがついていたら重いに決まっている。


 それであのー。

 俺はいつまで揉んでいれば良いんですかね?


 チラリと見上げてみる。

 無表情で俺のことを見降ろしている咲坂先生サッキーと目が合った。


 合ってしまった。

 殺されるっ⁉


「竹井カケル、満足したか? 終わったなら席につけ」


「あ、はい……。ありがとうございました……」


 指に吸い付くような柔肌から手を離す。

 すると、咲坂先生サッキーはくるりと体を反転、生徒指導室の奥へと入っていった。俺も続いて部屋の中へ。後ろ手にゆっくりと引き戸を閉める。


 いや、俺はなんでお礼を言っているんだ……。

 あんなに好き勝手揉みしだいたのに、怒られなくて良いのか?


「さて、竹井カケル。そこに腰かけろ」


「は、はいっ!」


 部屋の真ん中にぽつんと置かれた1人用の机とイス。

 急いで腰を下ろす。


「よろしい。それでは生活指導を始める」


 咲坂先生サッキーは立ったままだ。



***


 咲坂先生サッキーが仁王立ちのまま、説教が始まってしまった。


「まずは1つ、貴様に言っておくことがある。緊急呼び出しを受けた時には嘘でも良いから息を切らしてドアから駆け込んで来い。そして――」



 10分後。


「――であるからして、貴様のような社会を舐め腐った態度の生徒を野放しにするわけには行かず――」



 30分後。


「――そもそも将来の目標設定というものは、短期的な積み重ねによって手に入れられそうなものと、努力しても手に届きそうもないものに対しての上向きな――」



 1時間後。


「――貴様からはやる気も根性も感じられず、ただ流されるままに生きて行けば良いという自堕落な――」



 3時間後。


「――目標というものは立てるだけで意識が変わるものであり、自分を見つめ直す良い機会となるため、定期的な――」



 5時間後。


「――わかったか?」


「は、はひ!」


 長すぎて何も頭に入ってこなかった……。

 腹が減ってめまいがするし。

 しかし……目標の話と俺の根性がどうのって話が何回かループしてなかったか……?


「よろしい。ではこの入部届にサインをし、まずはその根性を叩き直すところから始めよう」


 机の上に置かれる1枚のコピー用紙。

 入部届……?


「なんですか、これ?」


「だから今言った通りだ。まさか聴いていなかったのか⁉ もう一度だけ言おう。竹井カケル、貴様には私が顧問を務める『占い魔術研究部』に入部してもらう」


「『占い魔術研究部』……? 俺、2年なんですけど」


「我が部は、年中部員を募集している。つい先日にも2年の新入部員が入った実績もある。問題ない」


 そっち側に問題がなくても、こっち側には問題があるんですが?

 部活動ってたしか2年の夏までで引退。たしかそんな感じですよね?

 それだとあと半年もないっていうか、2年の俺がこんな中途半端な時期に入部して、周りに馴染めるわけないっていうか……。


「部長は貴様もよく知っている人物だ。問題ない」


「俺が知っている人物?」


 自慢じゃないが、陰キャの俺には知り合いが少ない。

 そもそも俺が無能力者アンチっていうだけで、みんな若干距離を取ってくるしな。

 そう、俺は、この≪特別自治区≫にいる人なら誰もが持つ異能力アビリティを持たない無能力者アンチと呼ばれる特異体質だ。

 非常に珍しい体質らしく、≪特別自治区≫が誕生して20年。無能力者アンチの存在は3人しか確認されていない。



 今から20年前。

 俺たちの≪世界≫と≪セカイ≫が交差した。

 その時に、俺たちの狭い世界――≪特別自治区≫は誕生した。


 まあ、俺が生まれる前の出来事だけどな。

 この世界の中で生まれた俺たちは、一生あの巨大なバリケードを超えることはない。

 10キロ平方メートルにも満たないこの小さな箱庭の中で、俺たちは一生を過ごさなければいけないのだ。


 ≪セカイ≫と交差する前の俺たちの≪世界≫には、天使族も悪魔族もいなくて、≪世界≫は俺たち人間だけのものだったらしい。

 そして大地はもっと広く、もっと自由だったのだとか。なんでもこのバリケードの外には、広大な土地が広がっているという……。地球と呼ばれるこの≪世界≫には、100兆もの人が住んでいて――教科書に書かれている絵空事だ。


 ≪特別自治区≫と外の≪世界≫は物理的にも情報的にも断絶されている。


 外の≪世界≫には俺のような無能力者アンチで溢れているらしいということは聞いているが……まあさすがにそれは話を盛っているんだろうな。そんなに溢れるほどいっぱいいるなら、さっさと無能力者アンチを連れてくればいい。そうしたらここで無能力者アンチの血を取り合う必要もなくなるし、みんな制限なく異能力アビリティを使い放題になるんだろう?



「おい、竹井カケル。さっさと入部届にサインをしろ。そして部室に顔を出して、部長に挨拶してこい」


 咲坂先生サッキーの声で、意識が引き戻される。


「え? 今からですか? 今日は試験勉強期間だから部活動禁止なのでは……?」


「私が許可をしている。何か問題があるか?」


「いえ、何も……」


 学年主任自らルールを破って良いんですか? とは思ったけれど、口に出すのはやめておく。

 ここは素直に従っておかないと、さらに追加で説教をされても困るし。 


「だったらすぐに行け」


「でももう18時過ぎて……」


 さすがに帰りたいんですけど。


「ああ、そういえばさっきのあれな。見てみろ。よく撮れているだろう?」


 咲坂先生サッキーがノートパソコンの画面を開いて見せてくる。

 そこに映っていたのは、咲坂先生サッキーの胸を揉みしだく俺の姿――。


「脅迫だ!」


 やり方が汚い!

 これを撮影するためにドアの前に仁王立ちになって、俺に胸を揉ませたのか……。


「脅迫などしていないぞ? 間違って全生徒の連絡網にこの映像が流れてしまう前に、入部届にサインをして部室に行け」


 それをね、脅迫って言うんですよ!

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